書籍の詳細

「被害者女児死亡」 ――世紀の大誤報を打ち、飛ばされた3人の記者。その七年後、児童連続誘拐事件が発生。さいたま支局の関口豪太郎はかつての事件との関連性を疑う。東京本社の藤瀬郁美は豪太郎の応援に合流し、整理部員となった松本博史は二人を冷めた目で見る。間違っているのかもしれない。無意味なのかもしれない。だが豪太郎は諦めない。タネを撒き、ネタに育てる。特別な結果を出すのは、いつだって、本気の人間だ。

まだユーザーレビューはありません。最初のレビューを書いてみませんか?

ミッドナイト・ジャーナルのレビュー一覧

絞込み条件
  • レビュアー絞込み
表示形式
  • 表示件数
  • 表示順
  •  日常生活では、思いがけないことが起きることがあります。
     3月27日、2年前に行方不明となっていた埼玉県朝霞市の女子中学生が東京・東中野駅の公衆電話から母親に連絡をして、警察によって保護されたというニュースが流れたとき、私は本城雅人著『ミッドナイト・ジャーナル』(講談社、紙書籍と同時に2016年2月24日配信開始)のクライマックスにさしかかっていました。

     埼玉県内で小学生の女児連れ去り未遂事件が2件連続して発生し、川を挟んだ対岸の東京・足立区綾瀬では小学6年の女児が連れ去られ、江戸川区で遺体となって発見された。中央新聞社会部遊軍記者・藤瀬祐里(ふじせ・ゆり)は、7年前の女児連続誘拐事件の被害者・清川愛梨(きよかわ・あいり)に話を聞くために下校時間にミッション系高校の校門前に立った。
     友達と会話をしながら歩いてくる背の高い美少女を目の輪郭に残る7年前の面影と口元の小さなほくろから清川愛梨と確信したものの、〈自分に彼女が必死に取り戻そうと戦ってきた普通の生活を壊す権利はない――〉と声をかけることをためらって帰りかけた藤瀬の背後から「……あのう……新聞記者さんですよね」と愛梨が声をかけてきたのだ。近くの公園のベンチに座って、藤瀬が愛梨に「事件」のことを確かめていきます。

    〈「藤瀬さんが聞きたいと思った事件のことってなんですか?」
     彼女の方から話を戻した。
     ここで事件の話をすると、彼女の幸せな時間を壊してしまう気もした。だけどこうして時間を作ってくれ、彼氏がいることまで話してくれたのだ。聞くべきことはしっかり聞こう。祐里は甘すぎるロイヤルミルクティーに口をつけてから、「実はね」と切り出した。
    「今になって、あんな嫌な事件のこと思い出したくもないと思うけど、あの四日間の話をもう一度だけ聞かせてほしいと思ってここに来たの。私、今起きている事件を担当しているんだけど、実は私たち、七年前の時の事件には、もう一人犯人がいたんじゃないかと思ってるの。愛梨ちゃんはそう感じたことはなかった?」
     彼女はミルクティーの缶を握りしめたまま黙ってしまった。細くて色白な手に力が入っているのが分かった。やはり聞くべきではなかったのか。空気がまた重たくなった。彼女が顔を上げた。
    「……実は私もそうなのかなと思ったことがあるんです」
    「本当?」
     聞いておきながらまさかそんな言葉が返ってくるとは想像もしてなかっただけに思わず大声になった。その声に愛梨は驚いていた。
    「ごめん、大声だして。でもまさか愛梨ちゃんがそう思っていたとは考えてなかったから」
    「はっきりと断定できるわけではないですよ。なんとなくそんな気がするなっていうだけで……」
    「でも感じたのよね」
    「だけど、あの時のことは、あまり覚えていなくて。小屋みたいなところに入れられたのは感じましたけど、ずっと目隠しされてたし、手足は縛られていたし……」〉

     7年前の事件を必死に忘れようとしてきた愛梨の記憶を呼び覚ましたのは、今回の事件がきっかけでした。

    〈「今回の事件で、女の子が殺されて、その少し前に二人組の連れ去り未遂事件があったってネットで読んだ時、あっ、と思ったんです」
    「思い当たることがあったということ」
    「思い当たるっていうほどでは……」
     また会話が止まってしまう。〉

     愛梨の心の内にある疑念は目隠しをされ、手足を縛れた状態で、喉の渇きを覚えてペットボトルを手探りで探したことはあるけれど、空腹感はまったくなかった。だけど、監禁されて二日目か、三日目かよくわからないが、パンをちょっとだけ囓ったことがあった。自分から探しはしなかった……。

    〈「愛梨ちゃんはどう思っているの? さっきはなんとなくって言ったけど、一人だったか、二人だったか、どっちかと聞かれたらなんて答える?」
     不安な愛梨の心をすべて受け止めるつもりで言った。
    「愛梨ちゃんがどう思ったかは新聞に書いたりはしない。警察にも言わない。絶対に私が愛梨ちゃんを守るから」目を見つめてはっきりと言った。
    「私は……」愛梨はそこで言葉を止めた。だが彼女は意を決したように言葉を継いだ。「私はもう一人いた気がします」〉

     7年前、関口豪太郎(入社8年目)、藤瀬祐里(入社5年目)、松本博史(入社4年目)の三人は警視庁捜査一課担当として、神奈川県で起きた連続女児誘拐殺害事件を追っていた。そして、犯人逮捕をスクープしたが、その後愛梨が救出される直前に脇見出しを「不明女児、遺体発見か」とした誤報を打ち、さらに彼らが打ち出した「犯人二人組説」も、結局は警察が単独犯と結論づけて誤りだったとされてきていた。さいたま支局に飛ばされていた関口は、今回の事件と7年前の事件の関連性を疑い、持ち前の執念で取材を続けていた。合流した藤瀬は、清川愛梨に当たり、「もう一人いた気がします」という証言を引き出したとき、2件の連れ去り未遂事件、そして綾瀬の女児殺害事件が追及を逃れた7年前の事件と同一犯による犯行だと確信し、さいたま支局の関口に電話を入れた――。

    〈「……その人間が今回の事件に関わっていても不思議はないってことだな」
    「不思議はない、じゃないです。その男が関わってるんです!」
     耳をつんざくほどの大きな声だった。
    「あの時の嫌な記憶を思い起こしてまで、そこまで話してくれたんです。事件のことはもう忘れて、完全に立ち直っていたのに、これ以上悲しむ女の子が出てほしくないと、必死に思い出してくれたんです。だから絶対に捕まえなきゃいけません。絶対です。今回だけは絶対に逃したらダメです」〉

     7年前にはとらえきれなかった男の存在をついにつかんだ記者たちの緊迫感と必死さに引きこまれていたその時でした。朝霞の不明中学生保護のニュースが飛び込んできたのは。
     物語の世界とリアルな世界で〝同時進行〟する女児連れ去り事件。2年もの間、監禁されてきた少女の思いはいかばかりか。未だ語られていないその苦痛と恐怖を、物語は映しだしているように思えます。

     著者の本城雅人は、産経新聞記者を経て『ノーバディノウズ』(文藝春秋、第1回「サムライジャパン野球文学賞」大賞受賞、2013年6月14日配信)で作家デビュー。記者歴20年の著者が浦和総局経験も生かして書き下ろした本作品は、特ダネを求めて「真実」に迫る新聞記者たちを描いた仕事小説です。
    「被害者女児死亡」――〝世紀の大誤報〟を打ち、飛ばされた三人の記者。各地の支局を転々としてきたさいたま支局の豪腕記者、関口豪太郎は埼玉県内で相次いで起きた女子小学生連れ去り未遂事件で出てきた「犯人は二人いた」との被害児童の証言に、忘れもしない7年前の事件との関連性を疑う。支局の新人記者を鍛え、育てながらの事件取材が始まります。これはという刑事がいたら、自宅を調べ、顔を覚えてもらい、さらに信頼を得るまで何度でも夜討ち朝駆けを繰り返させます。社会部遊軍記者、藤瀬祐里が合流したさいたまの記者たちが取材を進めれば進めるほど、東京の社会部や警視庁捜査一課担当記者たちとの軋轢が表面化していきます。そして、他社との特ダネ競争も激化していく。
     そんななか、自ら望んで社会部から整理部に異動して一歩離れた位置に立って冷めた目で見つめていた松本博史が7年前の事件時の取材先の刑事を再訪して重要な感触をつかんで、かつては逃してしまった男に迫る糸口を藤瀬にもたらします。
     関口豪太郎、藤瀬祐里、松本博史――〝世紀の大誤報〟に関わった三人の記者の心の裡には、「犯人は二人組」の情報をつかみながら、もう一人の犯人を追いかけきれずに放置してしまった、その結果に対する「責任」が自分たち記者にはあるのだという強い思いがあるからです。記者魂といっていいのでしょう。
     ネット時代のいま、新聞は速報性でネットの後塵を拝して読者の新聞離れが進んでいます。しかし、取材・報道の原点にこだわる記者たちの存在があってはじめて、読むに値するニュースが私たちに届くのです。
     本書『ミッドナイト・ジャーナル』の記者たちは、もしかしたらいまや稀少な存在となってきているのかもしれません。そうだからこそ、関口豪太郎、藤瀬祐里、松本博史たちの〝記者魂〟――真実に迫る彼らの熱量が読むものの胸をも熱くしていくのだ。(2016/4/8)
    • 参考になった 3
    投稿日:2016年04月08日