重松清

講談社/文芸

ジャンル:文芸

648円 (税別)

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eBookJapan発売日:2016年01月29日

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 14歳の少年が自殺した。自宅庭の柿の木にぶらさがった彼を発見したのは父親でした。
 遺書には4人の名前があった。
 一人は、主人公の真田裕。物語は「僕」の視点、「僕」の語りで描かれていきます。
〈真田裕様。親友になってくれてありがとう。ユウちゃんの幸せな人生を祈っています〉
 二人目と三人目は、少年――藤井俊介(ふじい・しゅんすけ)だから「フジシュン」と呼ばれていた――をいじめたグループの中心にいた二人。
〈三島武大(みしま・たけひろ)。根本晋哉(ねもと・しんや)。永遠にゆるさない。呪ってやる。地獄に落ちろ〉
 四人目は、女子。中川小百合(なかがわ・さゆり)です。フジシュンは、彼女には謝っていた。遺書の終わりに、P・S――追伸として小さな字で書き込んであった。
〈中川小百合さん。迷惑をおかけして、ごめんなさい。誕生日おめでとうございます。幸せになってください〉

「ありがとう」、「ゆるさない」、「ごめんなさい」
〈その三つの思いを書きのこして、フジシュンは死んでしまった。
 遺書に名前を出された四人は、一方的にフジシュンの思いを背負わされたまま、その後の人生を歩むことになった。〉

 第44回吉川英治文学賞(2010年)を受賞した本書『十字架』(講談社文庫、2016年1月29日配信開始)で著者の重松清は、中学2年のとき遺書に名前を書きのこされたことから、自殺した同級生の思いを背負うことになった真田裕と中川小百合、そして「あのひと」という遠い呼称で描かれるフジシュンの父親と母親のその後の20年を語っていきます。昂まる感情を内に留めた静かな語り口と抑制の利いた文章が、思いもよらない十字架を背負うことになった人たちの、とまどいながらもそれに向き合って正直に生きていく姿と苦悩の深さを鮮やかに浮かびあがらせていきます。

 中学2年の夏休みが終わり2学期が始まった9月4日に自殺したフジシュンとの関わりを真田裕――「僕」はこう思いおこします。

〈確かに僕とあいつは幼なじみだった。小学生の頃はしょっちゅう一緒に遊んでいた。でも、親友というほど深く付き合っていたかどうかは、よくわからない。少なくとも、あの頃──中学二年生の僕が、誰かに「きみの親友は?」と訊かれたら、たぶんあいつの名前は挙げなかっただろう。
 でも、あいつにとって僕は親友だったらしい。それも、たった一人の。
 釣り合っていない。男同士の友情にも片思いというものはあるのだろうか。あるのだとすれば、僕はあいつを手ひどく振ってしまったことになるのかもしれない。(中略)
 素直で明るい性格だが、ちょっと幼い。中学生になっても変わらなかった。だから僕は少しずつあいつと遊ばなくなり、会っても話はすぐに途切れるようになって、同じクラスだった二年生のときも、特に親しいという関係にはならなかった。(中略)
 なにより釣り合っていないのは、あいつが僕に〈ありがとう〉と書いていたことだった。それは違う。絶対に違う。「ありがとう」と言われたら、ふつうは「どういたしまして」と返す。でも、僕には言えない。僕がフジシュンの「ありがとう」に応えられる言葉は、「ごめんな」以外にはありえないはずだ。
 フジシュンはなぜ、あんなことを手紙に書いたのだろう。どんなに考えてもわからない。
 でも、それを本人には訊けない。〉

 遺書に名前のあった女子、中川小百合は、部活から帰った6時半頃フジシュンから電話があって、少し話をした。フジシュンが自殺したのは、その直後のことだった。

〈フジシュンは電話に出たのが中川さんだと知るとほっとしたように息をつき、自分の名前を名乗ってから、言った。
「誕生日おめでとう」
 その日は中川さんの十四歳の誕生日だった。
 でも、クラスの違うフジシュンにいきなり「おめでとう」と言われると、ただびっくりするしかない。中川さんは「あ、どうも……」と応えただけだったが、フジシュンは中川さんの反応など最初から気にしていなかったのか、すぐにつづけた。
「プレゼント、いまから中川さんの家に持って行っていい?」
 驚いた、というより気味が悪くなった、と中川さんはあとで教えてくれた。
「困ります」
 迷う間もなく断った。フジシュンは「プレゼント渡したら、すぐに帰るから」とねばったが、中川さんが「そういうの、やめてください」と強い口調で言うと、意外とあっさり「ごめん……」と謝って、「じゃあ」と中川さんが電話を切るときにもなにも言わなかった。
 もしもフジシュンが強引にウチに来たらどうしよう、と中川さんはしばらく不安だったという。そうなったらプレゼントを受け取ったほうがいいのか突き返したほうがいいのか、迷っているうちに誕生日の浮き立った気分はすっかり冷めてしまった。代わりに、なんともいえず落ち着かなくなった。Tシャツを前後逆さに着てしまったときのような違和感がずっとつきまとった。虫の知らせだったのかもしれない、と中川さんはあとで僕に言った。〉

 フジシュンは、電話を終えたあとコンビニに行くと言って家を出ます。そして誕生日プレゼントの小さな箱を宅配便で中川小百合の自宅宛に送った。中身は古い郵便ポストの形をした鋳物の貯金箱だった。そのあと――食事時間の7時半を過ぎてもフジシュンが帰ってこないことを不審に思った母親が部屋の机の上に置かれた遺書を見つけ、ほぼ同時に父親が庭の柿の木にぶら下がっているフジシュンを見つけた。

 遺書の中に〈ぼくは皆さんのいけにえになりました〉とあったところから、マスコミはフジシュンの自殺を〈いけにえ自殺〉と名づけ、大きく取り上げた。9月7日、市営斎場で営まれた告別式には報道陣が詰めかけていた。同級生とともに参列した真田裕は、ただ一人ホールに入ってくるように言われ、そこで初めてフジシュンの父親と向き合います。

〈挨拶をしようとしたら、お父さんは差し出しかけた花を途中で止めて、低い声で言った。
「親友だったのか」
 僕を見つめる。健介くん(引用者注:フジシュンの弟)ほど険しくはなかったが、暗い目をしていた。(中略)
「親友だったら……なんで、助けなかった……」
 花を持った手が震えた。
「親友だったんだろう……だったら、なんで……」
 花が手からぽとりと落ちた──と気づく間もなく、胸ぐらをつかまれ、体を揺さぶられた。
「俊介を……なんで、助けてくれなかったんだ……」
 一瞬、目の前が真っ白になった。まぶしくてからっぽな、光だけの世界に放り出されたような感覚だった。(中略)
 お父さんが僕を見ていた。怒りに満ちた目でにらまれるのは覚悟していたが、違った。お父さんのまなざしは、ぞっとするほど暗くて、悲しそうで、なにより、すぐ近くにいるのに遠かった。星の光がはてしなく遠い距離から放たれているように、お父さんのまなざしも、手を伸ばせば触れられそうでいながら、決して届かない、という気がした。
 フジシュンのお父さんは、その瞬間、「あのひと」になった。〉

 重松清は、本書巻末に収録されている「文庫版のためのあとがき」で、この物語の核となる現実の出来事があったことを明かしています。NHK教育テレビのドキュメント番組の取材でインタビューしたOさん。中学2年生だった息子さんをいじめを苦にした自殺で亡くした経験の持ち主です。命日にはいまも息子さんをいじめた人も、それを止めなかった人も線香をあげにOさんの家を訪ねてくるという。
「彼らのことを、いまはもう、ゆるしているのですか?」――重松清が訊いたとき、Oさんは、小さくかぶりを振って、静かに、しかしきっぱりした声で、
「いや……それは、ないですね」
 と答えたそうです。
 その瞬間、重松清の胸の奥に「核」が宿った。それから一篇の物語として完成するまでに4年近い時間が必要だったという。そしてその『十字架』がいま、人びとが人生の新しいページへと進む春に似合う物語として私たちの前にあります。小出恵介、木村文乃、永瀬正敏、富田靖子主演、五十嵐匠監督によって映画化され、2016年2月公開されました。(2016/4/1)
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