藤沢周平

講談社/文芸

ジャンル:歴史・時代

800円 (税別)

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eBookJapan発売日:2015年11月13日

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レジェンド歴史時代小説 義民が駆けるの内容

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レジェンド歴史時代小説 義民が駆けるの詳細

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 藤沢周平の郷里に伝わる農民の一揆の物語です。明治維新(1868年)で日本の歴史が大きく変わるまであと20年あまりとなった江戸末期。ペリー率いる黒船が浦賀沖に姿を現すまで約10年。天保年間(1830年-1843年)に庄内藩(現在の山形県の日本海沿岸地域)で実際にあった領民による藩主国替え阻止の抵抗運動は、「天保一揆」、「天保義民」といった名で呼ばれ、庄内では人口に膾炙している話だそうです。
 藤沢周平は、子供の頃に一方的な美談として聞かされ、いつからともなく、その話に疑問もしくは反感を抱くようになったと、本書『義民が駆ける』(講談社文庫)巻末収録の「中公文庫版あとがき」で述懐しています。

〈たとえば百姓たちが旗印にした、百姓たりといえども二君に仕えずは、やり過ぎだと私には思えた。荘内藩は、藩政初期はともかく、その後は比較的善政を敷いた藩で、領内もよく治まっていた。それにしても、封建領主と領民の関係に変りがあるはずはない。そして封建時代の百姓ほど、苛酷な生き方を強いられた存在はないのだ。二君に仕えずには媚がある、とありていに言って私は不愉快だった。
 その気分のまま、長い間私はこの事件から遠ざかっていたようである。小説に書くようになったのは偶然にすぎない。だがそれで調べ直してみると、なかなかこれまで考えていたような単純な事件でないことに気づかされたのであった。たとえば、鶴岡工業高専教授斎藤正一氏の記述によると、私が子供の頃に聞いたような美談が成立するのは大正年代に入ってからであり、また私が疑問としたようなことには、すでに昭和十年代に郷里の史家黒田伝四郎氏が、氏の立場から答を出しておられたのである。私は自分の見方の浅薄さを恥じないわけにいかなかった。〉

 巻末に列記された郷土史家らによる研究書、歴史家による関連資料、書籍を渉猟した藤沢周平は、時の権力者である老中・水野忠邦(「天保の改革」で歴史に名を残しています)による幕命に抗して闘った農民たちの姿――幼少時に聞かされてきた〝伝説〟とはまったく異なる封建制下の百姓の生き様を描き出しました。
 天保12年10月の晦日(みそか)、庄内藩江戸屋敷に「留守居役が出頭せよ」との命令をもった使いが来て、江戸留守居役の一人矢口弥平衞がとるものもとりあえず城に登った。「藩主の名代として、どなたか一人明日登城せよ」月番老中から言い渡された矢口は、首をかしげながら江戸屋敷に戻り、荘内藩主酒井忠器(ただかた)の世子(せいし。大名のあとつぎ)酒井忠発(ただあき)に老中の下命を伝えます。
 翌日、城に上がった忠発は、思いも寄らぬ「国替え」の命を言い渡されます。
 荘内(21万石)酒井左衛門尉忠器を長岡(7万石)に。
 川越藩(15万石)松平大和守斉典を荘内(21万石)に。
 長岡藩(7万石)牧野備前守忠雅を川越(15万石)に。
 三方国替えでどこが得して、どこが貧乏くじをひくことになるのか、明白です。庄内藩はただちに対応策を求めて動き始めますが、影響を受けるのは武士だけではありません。先祖伝来の土地に生きる百姓にとっても、苛政を噂される領主に代わるということは暮らしの根底を揺るがしかねない大事なのです。
 藩主国替えという突然の幕命を受け入れるか、幕命に抗して行動を起こすかというぎりぎりの決断を迫れた庄内の百姓。12月18日、京田通西郷組書役本間辰之助(たつのすけ)の家に、西郷組内の肝煎、長人(おとな)20名が集まった――。

〈「実は……」
 辰之助の声が、その静寂を破ってひびいた。
「組の衆(しょ)さ、相談というのは、そのごどだども。行(え)がえでは困るていっても、俺方(おらほ)の殿さまさなんぼ願っても、これはその、無理だわげだ。殿さまは、なにすろ江戸の将軍家から使わえでいる人ださげ、向うの命令だば、やっぱり長岡さ行がねまねでだの。手向(てむげ)えは出来ね立場さある」
「…………」
「ンださげ、どうしても引き止めでえとなれば、我われが江戸さ行(え)って、訴(うって)るわけだの。将軍家さ訴(うって)るなだがって、さっけだ(さっき)久太郎どか誰が言ったども、命令は将軍家の名前(なめ)できたども、実際に決めだのはご老中ていう役人方ださげ……、ちょっと待ってくだんしょ」
 辰之助は、そばに置いてある書類の重なりの中から、一枚の半紙を探し出して読み上げた。
「井伊掃部頭さま、これは彦根の殿さまだの。この方が大老で、一番偉(えら)ぐで、それがら老中が水野越前守さま、これは浜松の殿さま、それがら、太田備後守さま、脇坂中務さま、太田さまは掛川、脇坂さまは、ええーと、播州竜野の殿さまですのう。それがら下総古河の殿さま土井大炊頭さま、と。俺方(おらほ)の殿さまを長岡に移すと決めだなは、この人方(ひとがた)だの」
「…………」
「ンださげ、江戸さ訴(うって)えで出はるというなは、この人方さ、願書上げるわげでがんす」
「…………」
「どげだもんだろ? 我われで、ひとつ江戸さ訴(うった)えさ行(え)ぐていうなは、無理だがのう。誰のためでもね、我われのためであるわけだどもの」
「それは、ええ考えだども、誰が行ぐや」
「行がえる人は、みんな行ぐわけだの。皆さん方の腹が決まれば、村の衆(しょ)さ話して、誰が行ぐが決めてもらい、その、路銀やだかしは、皆で出すど。そういうふうに持って行きでわげだどものう」
 人びとは互いに顔を見合わせたが、誰も進んで発言する者はいなかった。重苦しい空気が座敷の中に淀んだ。
「ンだども」
 一人が言った。
「百姓がお上さ訴るていうなは、罪になるわげだろの?」
「ンだ」
 と辰之助は言った。
「はっきり言って置ぎますども、江戸さ駕籠訴すっど、それは越訴ていって、重い罪になるわけですの。先ず牢屋さは間違(まちげ)ねぐ入(え)らえるだろし、その後のお裁ぎ次第では死罪も覚悟さねまねわけでがんす」
 水を打ったように、座敷の中は静かになった。
 辰之助の太い声だけがひびいた。
「怖(おっか)ね話です。私(わだし)も怖ね。ンだども黙っていれば、さっけだ話したようだわけで、荘内の百姓が潰れでしまう。何人、何十人、下手すっど何百人の百姓が、腹へって死ぬなは、目さ見(めえ)えでいるわげださげのう」〉

 老中水野忠邦から突然命じられた理不尽な三方国替え。越後長岡への転封を強いられた藩主を守ろうと、越訴を決意した百姓。その動きはまたたく間に庄内各地、組に拡がり、彼らは江戸を目指してあらゆるルートを黙々と歩き続けます。何が百姓たちを死罪をも覚悟した行動に駆り立てたのか。

 藤沢周平はその心情を精緻に描き出す一方、彼らに立ちはだかる権力を握る側――水野忠邦ら老中の策略、行動を起こした百姓に共感を覚えつつその動きを封じ込めるように動かざるを得ない庄内藩の武士の苦渋を鮮やかに対置して見せます。そして、二人の町奉行――北町奉行の遠山左衛門尉景元(「遠山の金さん」のモデルとなった名奉行)と南町奉行の矢部左近将監定謙が江戸にあがった百姓の取り調べ、吟味の局面で重要な役割を担うことになります。
 庄内百姓、庄内藩(藩主と武士たち)、そして幕府の三者が生存と威信の保持を賭けて熾烈に渡り合うゲーム。百姓をサラリーマンに、庄内藩を企業に、そして幕府をたとえば巨大金融グループ、メガバンクに置き換えてみれば、このゲームの構図がそのまま現代社会に通ずることがわかります。民衆のエネルギーこそが時代を動かす――藤沢歴史長篇は、その確信によって際立つ名作となった。(2015/12/25)
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