書籍の詳細

1979年から2006年、夏の高校野球大会の全試合を、作詞家・阿久 悠が観戦し、一日一試合を、詩に詠む、「スポニチ」紙の名物連載27年分を、全収録し、試合のスコア表と各大会のトーナメント表をつけた完全版。球児たちの美しさとはかなさを讃えた感動の記録。底本付録の阿久悠の短編小説「ガラスの小びん」は電子書籍版では割愛しています。また、甲子園球場での試合の写真も電子書籍版には収録されていません。

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完全版 甲子園の詩 敗れざる君たちへのレビュー一覧

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  •  朝日新聞の土曜日別刷りに「be ランキング」というシリーズがあります。11月14日は「心に残る阿久悠の歌」。「3分の歌に込めた感動の密度」の見出しがあって、1位「五番街のマリーへ」(ペドロ&カプリシャス)、2位「北の宿から」(都はるみ)、3位「勝手にしやがれ」(沢田研二)を皮切りに、日本人の心に刻まれた作詞家・阿久悠作詞の歌20曲がランキング表示されていました。ベスト3に続いてランクインしたのは4位「津軽海峡・冬景色」(石川さゆり)、5位「宇宙戦艦ヤマト」(ささきいさお ミュージカル・アカデミー)、6位「もしもピアノが弾けたなら」(西田敏行)、7位「また逢う日まで」(尾崎紀世彦)、8位「ジョニーへの伝言」(ペドロ&カプリシャス)、9位「舟歌」(八代亜紀)、10位「青春時代」(森田公一とトップギャラン)などなど。プロデューサーとしての阿久悠最高の成功事例、ピンク・レディも「UFO」(15位)、「ペッパー警部」(17位)、「ウォンテッド(指名手配)」(18位)の3曲が入り、その幅の広さが阿久悠の多才ぶりを示しています。
    「3分の歌も2時間の映画も感動の密度は同じである」――阿久悠が残した名言です。大の野球好きで、自伝的小説『瀬戸内少年野球団』の著作もある阿久悠は、1979年の夏(第61回大会)、甲子園の一戦一戦を見つめて詩を書き、翌日の新聞に載せるという新しい試みを始めました。それはスポーツニッポン新聞の名物シリーズとなり、2006年第88回大会まで27年間にわたって続けられました。阿久悠が亡くなったのは、第89回大会開幕を1週間後に控えた2007年8月1日です。詩人の観戦詩作も前年の第88回大会が最後となりました。阿久悠は人生の最後まで甲子園の全試合、少年たちの目撃者として生き、362の詩を残しました。その362の詩が一冊の本になりました。『完全版 甲子園の詩 敗れざる君たちへ』(幻戯書房)――2013年に単行本が出版され、先頃電子書籍版もリリースされました。観戦して詩作する、そして翌日の新聞に掲載する。稀代のヒットメーカーは締め切りに追われながら、この離れ業を27年間続けました。そのなかで生まれた詩は、人を見る確かな目と少年たちの喜怒哀楽を受けとめる類い希な感性によるジャーナリズムであり、「甲子園」の記録です。そして詩がもたらす感動の密度は、阿久悠が語っているように、2時間の映画と変わりありません――。

     1992(平成4)年8月16日 2回戦。怪物と呼ばれた星陵高校の4番打者、松井秀喜選手は、明徳義塾の5打席連続敬遠という〝作戦〟にあい、一度もバットを振ることなく甲子園を去りました。その日、「無念の夏か」と題して松井青年に捧げられた阿久悠の言葉の数々は20年以上の時を経た今も私たちの胸をうちます。

      無念の夏か
     あなたは たぶん
     怨みごと云ったり
     作戦を誹謗したりはしないだろう
     無念さは おそらく
     青春期の総決算のような形で
     猛々しく噴出を待っているだろうが
     あなたは それを制御し
     次なる人生への勲章にし
     エネルギーにしてしまうに違いない
     感情を小出しに爆発させ
     その時その時の微調整をくり返し
     如何(いか)にも活力あり気に振舞う人とは
     あなたはスケールが違う
     ドンと受けとめて
     いつか やがて
     まるでこの日の不運が
     最大の幸運であったかのように
     変えてしまうことだろう

     バッターボックスの中で
     微動だにしなかった態度を称える
     ブーイングに便乗しなかった克己心を
     何よりも立派だと賞める
     照れたり くさったり 呆れたり
     同情を求めるしぐさを
     欠片(かけら)も見せなかったことを賛美する
     一振りも出来ないまま
     一塁ベースに立ち
     瞑想していた男の顔を
     惚れ惚れと見る

     あなたの夏は
     いま 無念の夏かもしれないが
     流れの中で自分を見失わない
     堂々の人間を証明してみせた
     圧倒的に
     輝く夏だったのだ

     阿久悠が「堂々の人間を証明してみせた」と最大級の賛辞を贈った松井青年は、3か月後の11月、プロ野球ドラフト会議で4球団から指名を受けます。交渉権を引きあてたのは、その年巨人軍監督に復帰した長嶋茂雄。松井青年は巨人軍に入団、長嶋監督との〝師弟コンビ〟で日本を代表する長距離ヒッターに成長。2003年、米メジャーリーグの名門ニューヨーク・ヤンキースに移り、主力打者として活躍する姿は多くのファンの心に残っています。先日放送されたNHK「100年インタビュー」で、長嶋茂雄は有働由美子アナウンサーのインタビューに応えて「(連続敬遠の)あのときの松井君の姿を見て、この人をとろう、彼にプロ野球でやってもらいたいと思った」と語っていました。一振りもすることなく甲子園を去った松井選手を見つめる阿久悠の眼には、後に巨人軍で、そしてヤンキースで輝くことになる松井秀喜の姿が映っていたのではないか。そう思えてしかたありません。

     死力をつくして戦った甲子園の球児たち。その美しさ、儚さを詠(うた)った阿久悠。「詩」という名の記録『甲子園の詩』には、27年間の球児の姿が鮮やかに刻み込まれています。
     1980年第62回大会――大阪の強豪・北陽高校戦のマウンドには早稲田実業1年生ピッチャー荒木大輔がいました。2015年の甲子園を湧かせた早実の1年生3番バッター清宮幸太郎の大先輩にあたります。阿久悠は詩をこんな言葉で締めくくりました。

     おそれを知らない子供たちは
     百戦錬磨をしのぎ
     そして勝った
     ゲームセットのコールの時
     初めて
     おそれを知る子供の顔になり
     少年という緊張の美しさを見せた


     1983年第65回大会――蔦監督に率いられてV3を目指した池田高校やまびこ打線がPLの1年生ピッチャー桑田真澄の前に沈黙。阿久悠はその衝撃を「やまびこが消えた日」と題して記録した。

     まさに、それは事件だった
     池田が敗れた瞬間
     超満員の観衆は
     勝者への拍手を忘れ
     まるで母国の敗戦の報を聴くように
     重苦しい沈黙を漂わせた
     雲の多い夏空に
     麦わらのようなとんぼが飛び
     季節は静かに移ろうとしていた

     1998年第80回大会――決勝でノーヒット・ノーラン。横浜高校・松坂大輔の夏だった。1980年の荒木大輔から18年たって現れた同じ「大輔」の名をもつ投手。阿久悠は「怪物の夏」を「少年はやさしい顔をしていた」と書き始めた。

     もちろん 闘志もあった
     それなのに
     ギラギラと誇示しないのが
     新しい怪物の凄さであった
     横浜高校 松坂大輔投手
     この夏は彼とともにあった
     それは同時に
     彼を信じ彼とともに戦った
     仲間たちとともにあったことであり
     彼を標的にし彼にぶつかった
     対戦相手と
     ともにあったことでもある
     決勝戦は静かだった
     五万五千の大観衆がいながら
     どよめきが固まっていた
     そして あろうことか彼は
     ノーヒット・ノーランで幕を閉めた
     怪物の夏であった

     そして、阿久悠が残した記録の最後となったのは、早実・斎藤佑樹と駒大苫小牧・田中将大が投げ合った2006年第88回大会決勝、決勝再試合の2連戦。阿久悠は決勝を「終わりなき名勝負」とし、再試合となった再びの決勝を「二〇〇六年 いい夏」と題して、こう書き始めます。

     昨日から持ち越した興奮が
     超低周波の音のように
     甲子園球場に満ちた

     そして、結びの言葉へ――。

     本来なら
     全精力を消化し尽くして
     悲壮に見える筈の少年たちが
     まさに 疲れを知らない
     昂揚の美を示して
     ただの一度も崩れることなく
     毅然として闘った
     顔を歪めなかった
     肩で息をすることもなかった
     コントロールも乱れなかった
     球威も落ちなかった
     脚力ももつれなかった
     最後までベストであった
     二〇〇六年 いい夏
     人々は日記に きっとそう書く

     この他にも工藤公康(名古屋電気)がいました。PLのKKコンビ桑田真澄、清原和博もいました・・・・・・しかし、「甲子園」を見つめる阿久悠のまなざしは、プロ野球で名をなした選手たち以上に、頂点に立つことなく甲子園を去っていった球児たちに向けられていました。
    〈高校野球は、等身大に心うたれるのです。それを(等身大を)数センチ超えようとする懸命の努力がうかがわれる時に心が浄化されるものです〉
     勝者も敗者もありません。副題の「敗れざる君たち」には、そんな阿久悠の思いが投影されているように思います。
     彼ら甲子園の少年たち一人一人の必死のまなざしが詩人の言葉を通して、私たちの胸に沁み入ってくるのは何故でしょうか。本書巻頭の「序にかえて 君よ八月に熱くなれ」にこんな一節があります。スポニチ連載の端緒となった1976年8月21日掲載のコラムを収録したものです。
    〈なぜにぼくらはこれ程までに高校野球に熱くなるのだろう。
     縁もゆかりもない少年たちの技術未熟な野球に、それこそ宗教とでもいうべき熱い想い声援を送るのは何故なのだろう。〉
     阿久悠の自問です。362の「甲子園の詩」は、阿久悠の答えです。あなたはどう答えますか。(2015/11/27)
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    投稿日:2015年11月27日