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「四十八手」はたんなる体位の解説ではなく、出逢いから始まる色恋の物語である。最初の浮世絵師と呼ばれる菱川師宣が描いた「四十八手」を一手ずつていねいに紐解きながら、西川祐信、鈴木春信、喜多川歌麿、葛飾北斎など、後世の浮世絵師たちがそれらをどう描いたか、表現の変遷をたどる。著者の春画研究の集大成にして、渾身の名著! 図版250点以上、カラー口絵付き。(解説・浅野秀剛)(講談社学術文庫)

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春画の色恋 江戸のむつごと「四十八手」の世界のレビュー一覧

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  •  これは――まさに、事件です。東京文京区の目白台にある永青文庫(細川護煕理事長)で開かれている「春画展」(2015年9月19日~12月23日)に男性、女性の区別なく、また中高年も若い人も、予想を超えた数の人々が連日詰めかけ、主催者側は開館時間を延長するなどの対応に追われているようです。私は11月中旬の金曜日の午後2時過ぎに行ってみたのですが、平日の午後にもかかわらず、列をなした男女がガラスの陳列棚、ケースに額を押しつけるようにして喜多川歌麿や菱川師宣などの名作、また細川家に伝わる名品に見入っていました。いうまでもなく、そうして見入っているのは春画ですから男女の性愛シーンが描かれています。またグッズショップに山と積まれた「春画展図録」(オールカラー、620ページを超す大冊。定価4000円)や春画をプリントしたTシャツやエコバッグ、和手拭いなどを記念に求める人もけっこう目につきました。ちなみに私が買い求めた図録は第2刷で、開幕から1か月ほどの日付がありました。
     繰り返しますが、「春画」は2015という年の刻印となる文化的事件となりました。出版物も相次いで刊行され、電子書籍になりました。今回は、講談社の『春画の色恋』を中心に、2015年秋に配信が始まった春画本3冊を紹介します。

    『錦絵春画』(平凡社・別冊太陽):近年の春画ブームの先駆けとなった別冊太陽の平凡社から、『錦絵春画』電子版が配信開始となったのは、10月9日。2012年12月リリースの『国芳の春画』に続く別冊太陽春画シリーズの電子版第2弾です。別冊太陽はビジュアル志向の大判雑誌の草分け的存在。オールカラーで展開されるデジタル錦絵春画の世界は、まさに自分だけの「春画展」です。

    『春画入門』(車浮代著、文春新書):『錦絵春画』と同じ10月9日に配信が始まった『春画入門』は、9月18日新刊の文春新書を底本に電子化された、文字通りの入門書。著者の車浮代さんは、グラフィックデザイナー出身ということもあって、彫りや摺りなどの技巧についての解説は類書にはない独自のものです。たとえば〈一ミリの間に髪の毛三本を彫り、それを目詰まりさせずに摺ることのできる技術がこの時代(引用者注:江戸時代)にはありました〉という記述に春画文化の成熟と奥深さが感じられます。「春画を観ずして、浮世絵の真の凄さは語れない」――常々こう語ってきた著者が浮世絵の基礎から春画の見方まで、初心者向けにすべてを網羅した本書。カラー春画90点収録の入門書です。文藝春秋発行の週刊誌「週刊文春」10月8日号は、自社出版物のプロモーションも兼ねてか、折からの春画ブームをグラビアと記事で大特集しましたが、それを見た社長が編集長に3か月の休養を命じる事態に発展しました。2015年の「春画」のもうひとつの記録されるべき「事件」です(事の顛末は、雑誌「創」2015年12月号の2本の記事〈『週刊文春』編集長「休養」 編集会議での社長と現場の緊迫応酬〉と〈『週刊文春』春画事件と警視庁の週刊誌〝指導〟〉を参照してください)。

    『春画の色恋』(白倉敬彦著、講談社学術文庫):底本となった紙書籍が9月10日に発売になり、2週間後の9月25日に電子版配信が始まった『春画の色恋』には〈江戸のむつごと「四十八手」の世界〉という副題がついています。著者の白倉敬彦氏は、わが国屈指の浮世絵春画研究者、海外での評価も高い。250点を超す図版、カラー口絵も収録された本書。巻頭の「はじめに」にこうあります。

    〈・・・・・・江戸期にはおびただしい数の「色道指南書」が出版されている。これはまさにその名のとおり、「色道」であって、いまでいうハウツーセックスものである。そこには交合体位をはじめとし、交接の技巧、男女性器の品定め、性具のこと、男色の技法、などなど性戯に就いての解説が盛り沢山に書かれている。しかし、そこにあるのは非常に限定されたかたちでの色事であって、色恋ではない。(中略)
     ・・・・・・享保の改革(引用者注:享保7年〈1722年〉の好色本の禁止)ののちに出た多くの色道指南書は、ほとんど色に集中していて、恋を語ってはいない。たぶんそこに何らかの変質があったのであろうと考えられる。〉

     実際、享保7年11月に、以下のような町触が出されたようです。
     一、只今迄有来候板行物之内、好色本之類ハ風俗之為にもよろしからさる儀ニ候間、段々相改、絶板可仕事

     著者は、こう指摘しています。

    〈この条文が名指しにしたものは何か。それは、まぎれもなく色恋のうちの「色」である。
     禁令とか取締りとか、全ての規制は、いまだ潜在的であったものを顕在化せしめるのだ。禁じられたものが地下に潜れば、その部分は当然尖鋭化するであろう。色道指南書というのは、そうした流れの上での所産である。(中略)
     その一つの具体的な例を挙げておこう。それは、組物にしろ、艶本(えほん。絵本)にしろ、それを構成する図柄群において、非交合図と交合図との割合比率が変わっていることである。
     享保の改革以前は、ほとんどの作品に刊記(奥付)がついていて、画師名、年号、版元名が列記されていたし、それを規制するものは何もなかった。にもかかわらず、非交合図の割合が高く、改革以後はそれが減少する。規制が生じることによって逆に交合図=色が増加するのである。〉

     浮世絵師たちは、どのような性愛(色恋)図を描き、それらの図柄は、時代によってどのような変遷をたどったのか――を追究する著者が刮目したのは、菱川師宣の『恋のむつごと四十八手』です。師宣は、いうまでもなく浮世絵の始祖であり、同時に春画木版画の創始者として知られています。しかし、師宣の春画の重要さは、版画様式の春画を創始したということにとどまらない、色恋のかたち、その趣向の多くを創始した点こそ、大事なのだと、著者はこう記しています。

    〈彼の描いた趣向の全てが彼の創始になるものではないが、彼はそれまでの春画の図柄、趣向を集大成しつつ、じつに多くの〝かたち〟を作り上げた。〉

     師宣の春画作品の大半は絵本類です。全部で60点ほどの絵本のうち、春画本は20点ほどですが、かなりの比率で非交合図が入っています。著者はそこに師宣の性愛=色恋についての考え方を読み取っています。

    〈師宣以前の肉筆画巻は、交合体位すなわち閨事(ねやごと)を描くことを目的としたものだが、師宣の新しさは、色恋のかたちを描いたことにある。そのためには要素として、情景も必要であり、男女の取組にも変化が必要だし、交合の前後の佇(たたず)まいも必要になってくる。それらの要素をひっくるめて色恋なのである。〉

     著者は、師宣の色恋観と色恋表現のスタイルを集大成した感のある『恋のむつごと四十八手』の解説に多くをさいています。一般的には、交合体位を集めたものと考えられていますが、著者によれば、それほど限定されているわけではなく、「色恋の四十八手」といったくらいの意味合いだそうです。
     世界を驚かせたSHUNGA――江戸期の「色恋の世界」にとっぷりと浸ってください。(2015/12/4)
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    投稿日:2015年12月04日