幸田泉

講談社/文芸

ジャンル:文芸

1200円 (税別)

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eBookJapan発売日:2015年09月25日

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小説 新聞社販売局の内容

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 読売新聞912万部、朝日新聞679万部、毎日新聞327万部、日経新聞273万部、産経新聞161万部――2015年前期の大新聞朝刊販売数です(Garbage NEWS.com調べ)。2011年を境に読売が1000万部の大台を割り、2015前半で朝日が700万部を割りました。全紙マイナス成長という厳しい状況が続いているとのことですが、新聞社自体の経営に関わる「販売(店)問題」について大新聞が報道することはほとんどありません。資本系列関係にあるテレビ局も同様です。わずかに雑誌メディアが取り上げることがあるくらいですが、情報源は業界紙や研究者が多く、新聞社内部からの声が文字になることはきわめて稀です。
 じつは大新聞の発行部数には、読者の手に届けられることのない新聞が多数含まれており、驚くべきことに販売店はその仕入れ代金――読者からは代金を徴収できない新聞です――を負担することになっています。業界内部では「押し紙」といわれていて、見せかけとはいえ部数を確保しておくことによって折り込みチラシで増収が見込めるという理屈で販売店に負担を強いるやり方がまかりとおっているわけです。新聞業界ではこうした状況が長い間、変わることなく続いてきたのですが、大新聞の暗部ともいうべきその実態を内部から明らかにした本が評判を呼んでいます。
 幸田泉著『小説 新聞社販売局』(講談社)です。単行本発行は2015年9月8日、電子版も9月25日にリリースされました。著者の幸田泉氏は、元全国紙の社会部記者。大阪本社社会部で大阪府警、大阪地検などを担当、編集局社会部デスクの時に販売局への異動を命じられました。2年後の2014年退社。幸田氏は、講談社が運営する会員制サービス「現代ビジネス」掲載のエッセイ(「新聞を愛するみなさんへ」)で、〈新聞社に記者として入社した私は、中間管理職の歳になってから、販売局に異動を命じられた。販売局で私を迎えた上司は、冗談めかしてこう言った。「伏魔殿にようこそ」と。〉と、新聞社在職時代のエピソードを明かしています。その後の2年間、〝伏魔殿(ふくまでん)〟で見聞きし、自ら体験したであろう数々の〝事実〟が、あえてタイトルに「小説」と付した本書に投影されていることは想像に難くありません。こんな一節があります。記者志望で大和新聞に入社して、社会部記者として何本ものスクープをものにして実績をあげていたにもかかわらず、編集局長とぶつかって販売局に異動させられた神田亮一が、担当員として初めて「大和新聞高石中央販売所」の浜崎所長を訪ねた5月1日のことです。浜崎所長は大阪府専売会の要職を歴任した有力者です。

〈神田は何が飛び出して来るかと恐る恐るガラガラと戸を開けて店内に入ると、一〇畳ほどの作業場にはビニールにくるまれ、ブルーのバンドで縛られた新聞が壁際にぎっしりとうずたかく積まれていた。扉が開く音を聞いて、奥の事務室から「おう、来たか」と浜崎が出てきた。
「しょ、しょ、所長ーっ、今日の朝刊、配達しなかったんですかっ」
 新聞の山を見てわなわなと震える神田に、浜崎は「あほう、ご愛読者様にはちゃんと朝刊は届けとるわい。新聞屋がそんなストライキしてどうすんねん」とあきれたように言った。
「じゃ、この新聞は何……? あれ? ひょっとしてこれ、全部、残紙ですか」。あわてた神田は同期社員の上條類の忠告を忘れ、「残紙」という言葉を使って「しまった」と思った。
「その通りや。お前に見せたろ思てな、今朝は残紙屋に渡さんと置いとったんや。どうや、これ見て何も思わんか?」〉

「残紙屋」とは、毎朝、トラックで新聞販売店を回り、残紙を回収する専門の業者です。毎日、回収してもらわなければ、店はあっという間に残紙で埋め尽くされてしまうとか。「所長! 今日の朝刊、配達しなかったんですかっ」と思わず口走った神田の仰天ぶりから残紙で埋め尽くされた販売店の有り様が鮮やかに浮かび上がってきます。

〈「これ何部あるんですか?」。そう聞いてから、神田はまた「しまった、よけいなことを聞いてしまった」と悔やんだが、もう手遅れだ。
「だいたい一三〇〇部や」。浜崎は即座に答えた。
 高石中央の送り部数は四四五〇部なので、約三割が残紙ということになる。一三〇〇部という部数は多いが、割合からすれば販売店の中ではかなりましな方だ。なのに、浜崎はなぜこんなに怒り狂っているのか。
「お前は記者やっとったんやろ? 記者は社会正義とかえらそうなことを言うとるやないか」と、浜崎は山積みの残紙をばんばん叩き、「これが社会正義か? 本社に支払う一三〇〇部の新聞代は月三〇〇万円やぞ。本社は毎月三〇〇万円も根拠のない金を販売店から搾り取っとるんや。弱い者いじめや。第一、読まれもせん新聞をようさん印刷して、紙の無駄遣いや、環境破壊や」とまくし立てた。
「送り部数を減らせということですか?」
 神田はそう言うのが精一杯だった。
「そうや、一三〇〇部減らせ。これは読者のおらん、販売店にとっちゃいらん紙や」〉

 販売店の要求に応じて送り部数を減らしていったら、新聞の発行部数はどんどん減っていってしまいます。当然売上げも激減です。そのため、送り部数を減らす場合には、減数分の新聞原価代と同額の補助金をカットするのが原則となっています。新聞社側が販売店に押しつけている読者のいない紙――押し紙の代金相当額を補助金の名目で新聞社が販売店に支払っているケースがあるのですが、浜崎店は約3000部もの発証部数(実際にきちんと購読料を支払っている読者のいる部数)を持つ超優良店なので、補助金はまったく支給されていません。新聞社側からすれば、カットすべき補助金がないのですから送り部数を減らすことはできないということになるのですが、販売店にとっては、配る読者のいない1300部もの原価300万円を負担させられているということになります。大新聞の経営が抱えこんだ矛盾です。
 予想だにしなかった浜崎所長の剣幕にどうしていいのか分からないまま、電話連絡もせず、訪店もしなかった神田がさらに驚愕する事態が発生します。

 ゴールデンウィーク明け、5月度の入金の締め切り日――。
〈夕方、神田が自分のパソコンで販売店からの入金状況の画面に入り、高石中央販売所の入金を見たところ、請求の金額より三〇〇万円少なかった。ぎょっとして高石中央販売所の浜崎にすぐ電話した。
「所長、入金額が間違ってます」
「間違ごうとらん。押し紙には金は払わん」
「それって、入金拒否じゃないですか」
「何とでも言え。約束を守らん会社に金は払わんっ」。そこで電話はぶちっと切れた。
 デスクの吉武が外出中だったので、神田は仕方なく近畿販売一部長の安藤富士夫の席に行き「あのう、ちょっと問題が起こっているんですが。高石中央販売所の入金が足りないんです」と打ち明けた。
「ああん? 高石中央で問題?」と安藤は事態が飲み込めないようだった。
「一三〇〇部ぐらいの入金がないんです。さっき電話したら、浜崎所長から『押し紙に金は払わん』と言われました」
「ぐわっ、押し紙だと? 浜崎が? ちっ、神田、お前なあ、担当員がそんなこと販売店に言わせんなよ」
「それが……、浜崎所長の意思はかなり固いみたいでして。こないだ初めて訪店した時は、残紙屋に渡さず店に取っておいた残紙の山を見せつけられました」
「げげっ、浜崎のやつ。そんなしょうもないことしとるんか」
 安藤はしばし呆然としていたが、我に返り、「しかし、そこを何とかすんのが担当員や。分かっとるやろうな」と神田をにらみ付けた。〉

 左遷人事で記者から複数の販売店を束ねる担当員になって日も浅い神田にふりかかってきた「入金拒否」問題。担当デスクは「手配入金締め切り日の15日までに入金がなかったら、自分で立て替えとけ。入金の帳尻をあわせておけばいいんだ」とこともなげに言い放ちます。
 元スクープ記者の神田亮一が入り込んでしまった大新聞販売局という名の伏魔殿。暗躍する拡張団。カネを巡る不正の噂も聞こえてきます。「てんぷらカード」「抜き取り」「ゴミ出し」「預け」「ピンサン「ピンピン」――記者時代には知り得なかった隠語の数々。すべて大新聞の「販売」についてまわる不正(もどきの)行為、ルール違反、嫌がらせ行為にまつわる業界用語です。一例をあげれば、「抜き取り」とはライバル店が配達した新聞をこっそり抜き取る行為。不配の苦情を殺到させ、あわよくば「止め」、つまり購読中止につながればいいというわけです。大の大人がここまでやるかと思う人も少なくないのではないでしょうか。
 新聞の販売競争の熾烈さと同時にその次元の低さも浮かびあがってくる話です。大新聞の「下半身問題」と揶揄される販売戦争と販売局の闇に元社会部記者が迫る物語は、構造化された腐敗にメスが入る衝撃の結末に向かって一気に加速します。大新聞の知られざる暗部をあますところなく描き出したリアル小説。新聞記者が「新聞社」を辞めてでも書きたかった(に違いない)渾身作の誕生です。(2015/11/13)
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