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奇跡の美貌を持つ女 vs. 世の中を悪くする男たち常に男達の争いの的になる「災いの女」でありながら、貪欲に幸せを追い求めた白草千春――。絶妙の女一人語りによる現代版・好色一代女。

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  •  主人公は、白草千春(しらくさ・ちはる)。色恋の道を極めた絶世の美女の物語です。
    〈誰よりも深く恋に悩み、幸せを求め続けた。人は彼女を淫乱とか、欲深い女とか、地雷女(じらいおんな)などというけれど、自分に正直に生きれば、誰でもそうなる〉
     第1章に、千春の人生がこう要約されているくだりがあります。
     多額の借金を抱えた日本画家の父親によって友人の小児科医、花岡時雄に「売られた」時、千春の男を巡る遍歴は始まります。
     13歳の秋――千春は世田谷の豪徳寺にある花岡時雄の家に母とともに移り住みます。小さい病院を経営する花岡は、自宅に一人で暮らし、二人の家政婦が通いで身の回りの世話をしています。病院は自宅から歩いてすぐのところにあります。
     花岡、母、千春の三人の生活が始まり、千春の14歳の誕生日が過ぎたある日、花岡が千春を書斎に呼び出します。

    〈――(前略)彼(引用者注:千春の父、白草蔵人)の借金は整理したから、君たちが借金取りに追いかけられる心配はない。生活の面倒も見るし、学校にも行かせてあげよう。君が私のいうことに従ってくれるなら。
    ──オジサマの望みは何ですか?
    ──私は君を愛する。だから、千春ちゃんも私を愛して欲しい。
    ──オジサマには母がいるじゃないですか。母を愛してください。
    ──これからは君だ。
    ──私はまだ子どもです。オジサマ好みの女じゃありません。
    ──いやいや、子どもでも大人でもない今だからこその魅力がある。
     私は脳裏に不意に父のコトバが蘇(よみがえ)りました。自分を安売りしちゃいけないよ。そう父はいいました。
    ──私と母はどっちの価値が高いんですか?
    ──もちろん、君だ。
    ──何倍の価値がありますか?
    ──三倍。
    ──だったら、母の三倍おカネをください。
     花岡は首を傾げ、斜めから私の顔を見て、いいました。
    ──あの友達(引用者注:千春の親友、甲田由里。入浴中の千春を盗撮した写真を花岡の書斎で見つけ、花岡に突きつける。千春とともに口止め料を受けとる)に入れ知恵されたのか?
    ──違います。父にいわれたんです。自分を安売りするなって。
    ──娘にしたたかになって欲しいんだな。
    ──オジサマが誠意を示してくれたら、私もお返しをします。
    ──じゃあ、キスをしてくれるかい?
    ──頬にはタダでしてあげます。でも、唇にして欲しければ、二万円です。
     花岡は苦笑いしながら、「裸を見るのも二万円か?」と確かめるので、「一回二万円です」と答えました。もちろん、私は自分の相場がいくらくらいなのか、知りませんでした。
    ──体に触るのは?
    ──四万円。おっぱいに触るのは六万円です。
    ──じゃあ、君の処女は?
    ──二百万円。
    ──高校進学の費用と引き換えというわけだな。まあ、考えておこう。
     いずれ、私は花岡の家を出てゆく身です。それまでのあいだどれだけのおカネを花岡から引き出せるか、知恵を絞ることにしました。〉

     千春は花岡時雄との間に、中学生最後の日と高校の入学式のある4月2日のあいだ、つまり4月1日に花岡に体をゆだねるという“契約”を強いられます。下北沢で出会い恋をした高校生ジョーと駆け落ちして一夜を過ごした罰でした。

    〈──なぜ男は穴に入れたがるの?
    ──そこに穴があるから。入れるのが難しい穴に入れた時の快感がたまらないらしいよ。
    ──ゴルフと同じか。
    ──男は立たなければ、入れられない。でも、女はいつでも受け入れられる。どっちが有利かっていえば、それは女の方だ。この立場を利用すれば、千春は花岡を思い通りに操ることができる。〉

     千春は由里の励ましの言葉を胸に、4月1日を迎えます。

    〈鎌首をもたげた顔のない蛇の頭が目の前にありました。その蛇は私の内股をなぞりながら、這い上がってくると、しっとりと湿った叢(くさむら)の奥の穴に潜(もぐ)り込もうとしていました。その生きものは獰猛(どうもう)に突進してくると、杭のように私を穿(うが)ち、左右に首を振りました。肉の襞(ひだ)に蛇の頭が食い込むと、感電したように股間が痺れました。花岡が機関車のピストンみたいに上体を前後に動かすと、私の体は軋み、激痛が全身を駆け巡りました。
     そのあとのことは覚えていません。ふと我に返ると、私はベッドにうつ伏せに寝ていました。こめかみと股間が疼き、鉛のおもりをつけられたみたいに体が重く、だるかった。花岡は風呂上がりなのか、バスローブを着て、ビールを飲みながら、テレビなんて見ていました。
     私の純潔は確かに花岡に譲渡されたようです。その証拠の血の痕跡がシーツについていました。一度、奪われ、汚されたので、もう二度と奪われることも、汚されることもないでしょう。男を恐れる必要もなくなりました。(中略)
     私は痛みや恥じらいとともに、かすかな快楽も味わいました。私が熱い寒気に上体を仰け反らせる時、邪悪な何かがあの濡れた花弁から飛び出してくるのです。

     花岡は私の体の内なるパンドラの箱をこじ開けたのです。〉

     以来、千春は色恋の道を極めていきます。
    ・ヤノケン(矢野健二):暴力団組員。「おめーは売れる。でも売らん。おめーはオレだけの朝顔じゃけん」千春を本気で愛しながらも、「兄貴役」をかって出る。
    ・檀新一:京都に住む政財界フィクサー。「この地球を転がしてるのは、実質、三、四十人てとこや」15歳で自死を選んだ一人息子に代わる後継者出産を高校生の千春に依頼する。その時、55歳。「よく孕んでくれた。必ず期待に応えてくれる子だと思った」
    ・般若先生:千春が入学した東京女子大学で哲学を講義する助教授。「ぼくはいつも君一人のために講義している気分だよ。ほかの子たちは時々、草を食(は)む馬に見えちゃってね」千春をめぐって、現職総理の息子、慶大生の小平進一郎とぶつかる。
    ・小平進一郎:幼稚舎からの生え抜きの慶大生。小平総理の息子。「画家の前では脱ぐが、ぼくの前では脱げないのか」
    ・織田信孝:衆議院議員。将来の首相候補。「結婚するとしても、相手は君じゃない」

     織田代議士との関係が終わり、千春は大きな曲がり角を曲がりました。銀座の超がつく高級クラブのNO.1として君臨していながらも、愛人として織田の“性欲”に尽くしてきた3年間――使い捨ての悲しみ、使い捨ての怒り。便利なだけの女じゃない。使い方を誤れば、大きな災いとなることを知らないのですか? 百円ライターは煙草に火をつける道具である限り、誰も傷つけません。しかし、使い方次第では、町に火をつけることだってできるのです・・・・・・。
     織田代議士が用意した手切れ金を受け取らず、名残りのセックスも拒み、ホテルの部屋を出ていった千春の行きつく先は? そして、絶世の美女に溺れた男たちがたどる道は?

     著者の島田雅彦は、デビュー作『優しいサヨクのための嬉遊曲』で芥川賞候補となって以来、6度候補となりながらすべて落選するという経験をしながら、2010年下期より芥川賞選考委員を務めています。その島田雅彦が、女を武器に悪い男を淘汰していった傾国の美女の戦いの軌跡を、自分の欲望に忠実に生きる女の数奇な運命を描く物語『傾国子女』――「好色一代女トゥディ」で島田雅彦は、世の中では自分の意志や欲望よりもはるかに強い不可抗力が働いていて、私たちはそれに支配されているという、逃れることのできない現実をも浮き彫りにしました――。
    「枯れ美女」になるまで転がり続ける千春にハッピーエンドは訪れるのか?(2015/10/2)
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    投稿日:2015年10月02日