ぼくらの民主主義なんだぜ

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日本人に民主主義はムリなのか? 絶望しないための48か条。「論壇時評」はくしくも3月11日の東日本大震災直後からはじまり、震災と原発はこの国の民主主義に潜んでいる重大な欠陥を炙り出した。若者の就活、ヘイトスピーチ、特定秘密保護法、従軍慰安婦、表現の自由…… さまざまな問題を取り上げながら、課題の解決に必要な柔らかい思考の根がとらえる、みんなで作る「ぼくらの民主主義」のためのエッセイ48。大きな声より小さな声に耳をすませた、著者の前人未到の傑作。2011年4月から2015年3月まで、朝日新聞に大好評連載された「論壇時評」に加筆して新書化。

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日本人に民主主義はムリなのか? 絶望しないための48か条。「論壇時評」はくしくも3月11日の東日本大震災直後からはじまり、震災と原発はこの国の民主主義に潜んでいる重大な欠陥を炙り出した。若者の就活、ヘイトスピーチ、特定秘密保護法、従軍慰安婦、表現の自由…… さまざまな問題を取り上げながら、課題の解決に必要な柔らかい思考の根がとらえる、みんなで作る「ぼくらの民主主義」のためのエッセイ48。大きな声より小さな声に耳をすませた、著者の前人未到の傑作。2011年4月から2015年3月まで、朝日新聞に大好評連載された「論壇時評」に加筆して新書化。

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書籍の詳細

書店員のレビュー

 それは、東日本大震災から一ヶ月あまりが経過した2011年4月28日に始まりました。記事のタイトルは〈ことばもまた「復興」されなければならない(新聞掲載時の見出し:震災とことば 身の丈超えぬ発言に希望〉。そして、2015年3月26日に掲載された原稿〈「知らない」から始まる(新聞掲載時の見出し:菅原文太の知性 健全な「まだ知らない」〉まで、作家・高橋源一郎が4年間、日本という国の「いま」を見つめ続け記録してきた48本の原稿――毎月第4木曜日に朝日新聞に掲載された「論壇時評」が一冊の本にまとめられました。
 5月30日第1版発行、6月5日には電子書籍がリリースされた注目の書『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日新書)です。「作家」である自分がなぜ、論壇時評に取り組んだのか――について高橋源一郎は、本書「あとがき」に〈「民主主義」を探して〉と題して次のように述べています。

〈結局、ぼくは「論壇時評」を引き受けた。ぼくが生きている、この国、この時代のことを知りたい、知って、それを誰かに伝えたい、と思った。どんなことができるのか、は皆目わからなかったが。
連載のスタートは2011年4月と決まっていた。そのひと月前に「東日本大震災」が起こった。この国は、(おそらく)かつて一度も体験したことのない未知の混乱に入りこんでいったように見えた。だから、ぼくは、一回一回の「時評」を、ほんとうに手探りするように書いていくしかなかった。大きな声、大きな音が、この社会に響いていた。だからこそ、可能な限り耳を澄まし、小さな声や音を聞きとろうと努めた。もう若々しくはなくなったのかもしれないけれど、できるだけ、自分の感受性を開き、微細な電波をキャッチしようと思った。
 次々と大きな事件が起こり、そのたびに社会は揺れ動いた。そして、ぼくも揺れ動いた。この本の最初と終わりで、考えが変わったこともある。もちろん、いまも、ぼくは揺れつづけている。〉

 社会や政治について語ることばを、実は、誰も持っていないのではないか、と思うようになった高橋源一郎は、社会や政治のことを書くためのことばを探しながら、「論壇時評」を書いていった。そのなかで高橋源一郎はそのことばなら、知っているような気がしたという。小説のことば、文学のことばは、こんなとき、こんな場合にこそ、その力をもっと発揮できるように思えたとして、こう続けます。

〈最後に、この本のタイトルを『ぼくらの民主主義なんだぜ』にした理由について書く。ぼくは、この国のいまをずっと見つめていた。もちろん、「いま」を知るためには過去も知らなきゃならない。未来もまた。
 やがて、ひとつのことばが浮かび上がってきた。「民主主義」ということばだ。ぼくにとって、それは、通常使われているのとは、少し違った(でも、そんなには違わない)意味を持つことばだった。
「民主主義」とは、たくさんの、異なった意見や感覚や習慣を持った人たちが、一つの場所で一緒にやっていくためのシステムのことだ。だから、ものすごく小さな場所(たったふたりだけ)から、ものすごく大きな場所(世界全体)まで、それぞれに違った「民主主義」があるはずだ。ぼくたちはひとりで生きていくことはできない。でも、他人と生きることはとても難しい。だから、「民主主義」はいつも困難で、いつも危険と隣り合わせなものだ。誰でも使える、誰にでもわかる、「民主主義」なんてものは存在しない。
 ぼくたちは、ぼくたちの「民主主義」を自分で作らなきゃならない。
他人と一緒にやってゆくこと……それは、ぜんぜん特殊なことじゃないし、政治家たちの占有物でもない。いろんな場所でいろんな人たちがいろんなやり方で、「民主主義」を実現している。(中略)
 そうだ。ぼくたちは、ひとりで、何種類もの「民主主義」に参加している。政治家たち、ジャーナリズムがいう「民主主義」は、その中の一つにすぎない。そして、その実現の仕方は、無数にあるはずだ。ひとりひとりの「ぼくらの民主主義」が。〉

 民主主義とは何か。さまざまな答え方が可能です。高橋源一郎はしかし、ただ一つのことをもの静かに語りかけるのです。大陸中国との間で飲食業、金融サービスなどの市場を相互開放しようという「中台サービス貿易協定」に反対して、2014年3月から4月にかけて議会を24日にわたって占拠した学生の闘いを取材したNHKの特番に触発された高橋の痛切な思いです。

〈占拠が20日を過ぎ、学生たちの疲労が限界に達した頃、立法院長(議長)から魅力的な妥協案が提示された。葛藤とためらいの気分が、占拠している学生たちの間に流れた。その時、ひとりの学生が、手を挙げ、壇上に登り「撤退するかどうかについて幹部だけで決めるのは納得できません」といった。
 この後、リーダーの林飛帆がとった行動は驚くべきものだった。彼は丸一日かけて、占拠に参加した学生たちの意見を個別に訊(き)いて回ったのである。
 最後に、林は、妥協案の受け入れを正式に表明した。すると、再度、前日の学生が壇上に上がった。固唾(かたず)をのんで様子を見守る学生たちの前で、彼は次のように語った後、静かに壇上から降りた。
「撤退の方針は個人的には受け入れ難いです。でも、ぼくの意見を聞いてくれたことを、感謝します。ありがとう」
 それから、2日をかけ、院内を隅々まで清掃すると、運動のシンボルとなったヒマワリの花を一輪ずつ手に持って、学生たちは静かに立法院を去っていった。〉

 民主主義の本質が浮かびあがってくるエピソードです。
 民主主義が「民意」によって、なにかを決定するシステムだとすれば、「民意」をどうやってはかればいいのか。「多数派」がすべてを決定し、「少数派」はそれに従うしかないのだろうか。そうではありません。著者はこう続けます。

〈学生たちがわたしたちに教えてくれたのは、「民主主義とは、意見が通らなかった少数派が、それでも、『ありがとう』ということのできるシステム」だという考え方だった。彼らが見せてくれた光景は、彼らが勝ち取った政治的成果よりも、重要だったように、わたしには思えた。〉

 意見の違う他人と、その違いを受け入れて一緒にやっていくこと。それが民主主義の要諦だとしたら、いまの日本に「民主主義がある」と胸を張って言えるのだろうか。国会の場で、安保法案について質問の前提となる考え方を述べている野党議員の発言を遮るように安倍首相が「早く質問をしろよ」とヤジを飛ばしてみせたのは、つい先日のことです。
 4年間にわたって、日本の「いま」を、さまざまなメディアを鏡にして映し出してきた48本の記録。朝日新書の帯には「絶望しないための48か条」とあります。戦後70年を迎えたいま、高橋源一郎が目に留め思いをはせた、そのひとつひとつの考えに眼を通し、たちどまって考えてみたいと思います。(2015/6/12)
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