書籍の詳細

あなたの旅、代行します! 売れない崖っぷちアラサータレント“おかえり”こと丘えりか。スポンサーの名前を間違えて連呼したことが原因でテレビの旅番組を打ち切られた彼女が始めたのは、人の代わりに旅をする仕事だった――。満開の桜を求めて秋田県角館へ、依頼人の姪を探して愛媛県内子町へ。おかえりは行く先々で出会った人々を笑顔に変えていく。感涙必至の“旅”物語。

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旅屋おかえりのレビュー一覧

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  • 「旅」って、なんだろう? 「旅をする」って、なんだろう? これまでいろんな“旅人”が「旅に出る」ことを「日常」から「非日常」への一瞬の解放と関連づけて語ってきましたが、原田マハが本書『旅屋おかえり』で綴るのは、送る人、迎える人との気持の通い合いを大事にする“旅”の物語です。
     自分で旅に出られない人のために、代わって旅をする旅代理人――前代未聞の「旅屋」は偶然の積み重ねの結果、生まれます。

     元アイドルの丘えりか(おか・えりか)こと“旅人おかえり”は唯一のレギュラー番組「ちょびっ旅」であろうことか、スポンサーの商品名をいうべきところで誤ってライバルメーカー名を連呼してしまった。

    〈『ああ、あっつーい。汗かいちゃった。でもほんと、おいしーい。つゆの中でも焼きそばのエゾソースがぴりっと効いてて、たまらない味です。やっぱ隠し味はエゾソースかな』(中略)
    「まあ、どうあれ、もうオンエアされてしまったわけですよね、これは」
     眼鏡の縁をくっと持ち上げて言葉をはさんだのは、大手広告代理店「番通」営業課長、徳田さんだ。「ちょびっ旅」番組スポンサー担当で、番組開始以来徐々に減っていくスポンサーをなんとか食い止め、存続に一役買っている人物だ。会議室でこの人が何かものを言うときがいちばんぞっとする。
    「真実がどうあれ、今回の丘さんの発言で、スポンサーの『江戸ソース』さんは相当なご立腹です。『何も昭和元年創立以来のライバル〝エゾソース〟の社名を連発することはないだろう』と」
     そうなのだ。現在、「ちょびっ旅」のスポンサーはウスターソースの老舗企業「江戸ソース」一社のみ。この不況で次々とスポンサーが降板していく中で、「『ちょびっ旅』を見たあとは土曜日のランチに焼きそばを食べよう」をスローガンとし、スポンサーを続けてくれていた。この四月からの放送期間も、「江戸ソースさんが降りたら打ち切り」と言われていただけに、スポンサー継続宣言は神の声のように聞こえた。そんなこともあって、今回の「やきそばのまち黒石」は、番組クルー全員が張り切ってセッティングした。土曜の昼に焼きそばを食べる視聴者がもっと増えてくれるように、と。だからこそ私も、サービス精神全開で連呼したのだ。「やっぱ隠し味は江戸ソースかな」と。
     ああ、それなのに。信じられないことが起こってしまったのだ。
     オンエア直後から、視聴者からの問い合わせが殺到したという。「黒石の焼きそばは『エゾソース』を使ってるんですか?」「スポンサーは『江戸ソース』なのに、なんで『エゾソース』なんですか?」「おかえりは北海道出身らしいから、やっぱり地元の『エゾソース』イチオシなんですね」等々。
    「ライバル社の『エゾソース』は、この五日間の売り上げが前年比三パーセントアップだそうです」
     能面のように冷ややかな顔で、徳田さんが言う。〉

     ただちに番組は打ち切り。収入ゼロに追い込まれた、おかえりに残された道は、“脱ぐ”か“クニへ帰る”か、二つに一つでした。
     ところが第三の道が思わぬところからもたらされます。突然の番組終了におかえりの身を案じる熱心なファンからの手紙を読みふけっていた傷心のおかえりは、「赤坂」のアナウンスに大慌てで地下鉄千代田線を降りた時、全財産の入ったバッグを座席に忘れてしまいます。地下鉄の忘れ物総合取扱所にも問い合わせましたが、バッグは見つかりません。あきらめかけた5日目――結果の出ない営業から事務所に戻ったおかえりを和装の婦人が待っていました。少し長くなりますが、引用します。
    〈「お留守のところ上がりこんでしまいまして、失礼いたしました。わたくし、鵜野と申します。あの、実は、おかえりさんにお願いごとがございまして、参上いたしました」
    はあ、と私はちっとも事態がのみこめず、生ぬるい返事をした。鵜野さんは、上品な笑顔で、
    「そのまえに、お渡ししなければならないものがございますの」
     そう言って身を屈め、ソファの上に置いてあった大きなあずき色の風呂敷包みを取り上げると、テーブルの上に置き直した。私は、鵜野さんの前に向かい合って座ると、その包みをみつめた。
    「なんでしょうか」
     尋ねると、どうぞ開けてください、というように、手のひらをかたちよく差し出した。なおも不審に思いつつ、風呂敷の結び目をほどく。はらりと開いた布の中から現れたのは、社長に買ってもらったヴィトン、全財産入りのバッグだった。
    「あ!」とひと声叫んで、私は絶句した。鵜野さんはその様子を見て、いっそう微笑んだ。「今週の月曜日、わたくし、乗り合わせましたの。あなたが乗っていらっしゃった千代田線に。そして、あなたの真向かいに座っておりました」
     鵜野さんは、膝の上に手紙らしきものを広げて懸命に読む私を見て、(この方、おかえりさんじゃないのかしら?)と気づいたという。手紙を夢中で読んで、ひとりでうなずいたりため息をついたり微笑んだりしている私を、息を凝らして観察していたと。なんとも恥ずかしいことに、私のほうは豊田キヨ子さんのファンレターに熱中するあまり、そんなふうに誰かに見られていたことになどまったく気づいていなかった。
     そして赤坂駅に到着したとき、はっとして飛び出した私のあとには、ルイ・ヴィトンのバッグが残された。鵜野さんはびっくりして、すぐに立ち上がりバッグを取り上げたが、すでに電車は動き出していた。そのままバッグを胸に抱いて、お忘れ物総合取扱所に届けなければ、と思ったのだが、芸能人だし、騒ぎになってはいけない、自分で事務所へ届けてさしあげよう、と自宅まで持ち帰った。そのあとばたばたしてしまって、届けるのが今日になってしまった。この数日さぞやはらはら過ごされたことでしょう、余計なおせっかいを働かせてしまって心からお詫びを申し上げます、と鵜野さんはあらためて頭を下げた。私は、「とんでもない」と言った。
    「ほんとうにありがとうございました。このバッグ、時代遅れのヴィトンですけど、すごく大事なものだったんです。こうしてていねいに包んでお持ちいただいて、なんだか、とっても嬉しいです」
     むき出しでもなく、紙袋に入れるでもなく、美しい風呂敷に包んで返してくれたことに、鵜野さんの真心がうかがわれた。鵜野さんは顔を上げて、正面から私をみつめると、
    「やっぱり」
     ひと言、つぶやいた。
    「あなたは、私の思った通りの……娘が思っていた通りの方ですわね。すなおで、まっすぐな方」
     それから、何か祈るように一瞬、目を伏せた。〉

     鵜野さんは華道「鵜野流」四代目家元・鵜野華伝氏夫人で、その日、娘のことで家元といさかってしまい、地下鉄に飛び乗って自宅に向かい、おかえりと偶然乗り合わせたのだという。再び、引用します。

    〈「旅をしていただけませんでしょうか。わたしの娘の代わりに」
     言われて、私は固まってしまった。だって、ほかにリアクションのしようがない。それほどまでに、鵜野さんの申し出は突拍子もないものだった。
    「旅……ですか? 娘さんの代わりに、私が?」
     鵜野さんはうなずいた。そして、ひとり娘の真与(まよ)さんが、私に旅の代理人を依頼したいと望んでいる事情を話し始めた。
     真与さんは、全身の筋肉が次第に萎縮していく難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気になり、闘病生活を続けている。私と同い年の真与さんは、二十九歳のときに発病し、去年入院したきり、まったく外へ出かけられなくなってしまった。話すことはできるが、自力で歩いたり座ったりすることはできない。ベッドに寝たきりで、唯一の楽しみは音楽を聴いたりテレビを見たりすることだった。(中略)
    「たった一度きりでいいのです。娘のために、やっていただけませんでしょうか。──『旅屋』を」〉

     鵜野さんの話は、まっすぐにおかえりの胸を打った。そして、美しく、すこし悲しい音を響かせた――と原田マハは綴ります。
     夫といさかい、普段使わない地下鉄に乗った。そしておかえりに会った。おまけに忘れ物を拾得した。できすぎ。現実にはそんな偶然の重なりはめったにあるものではありません。しかし――そんなありえない偶然が重なっていくストーリーさえもいつのまにか、気がついてみれば心地よい必然に変わっています。
     人と人の出会い、そこから生まれる心の中の“化学変化”を、原田マハはあたたかい言葉で紡いでいきます。人が旅に出ることの楽しさはつまるところ、そこに凝縮されていると、原田マハは訴えているようです。

     しだれ桜が咲き誇る山形の角館へ――4月25日、旅屋おかえりは、家元のひとり娘の代わりに旅に出ます。
     角館に着いた途端、おかえりを見舞った突然の雨、温泉宿に降る雪、そして翌朝の青空……ドキドキの分だけ達成感は大きくなるのでしょうか。真与さんへ届けられた旅の『成果物』ビデオのエンディングは――
    「私は今日、旅をしました。
    あなたがもう一度旅立つ日のために。」

     旅屋おかえりを支える「ちょびっ旅」のスタッフたち、温泉宿の主人ファミリー、そしてプロダクションの鉄壁社長……みんなの思いがこめられたビデオは、「誰よりも不器用な父親」の心に届くのか。
     そして、番組を降りたスポンサー「江戸ソース」の江田悦子会長から依頼された、旅屋おかえりのふたつめの旅。幼い時に生き別れた妹の娘を訪ね、妹の墓に供えてきて欲しいと袱紗を渡されます。成果物は“空になった袱紗”――愛媛県内子町から戻ったおかえりが持ち帰った“成果物”とは? 原田マハが紡ぐ感動の物語を堪能してください。もし、涙があふれてきたら、がまんしないでください。その“味”を一人静かにかみしめてみてください。本を読む楽しさにゆっくりひたってください。(2015/5/1)
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    投稿日:2015年05月01日