書籍の詳細

御前会議──天皇の前で開かれるため最高の権威をもつ。が、その天皇は一切の責任の外にあった。昭和十六年、四回の御前会議の結果、日本は勝算なき太平洋戦争に突入した。この会議の経緯を詳細に辿り直し、改めて御前会議のもつ奇怪な本質を抉る迫真のドキュメントが本書である。陸軍と海軍の権力抗争、開戦のために工作される非合理的な数字、参戦を疑問視しながら、しだいに口を閉ざしてゆく重臣たち。著者は言う、“恐るべき傲慢と惰性が日本を破滅させた”と。

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御前会議のレビュー一覧

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  • 日本がアメリカ、イギリス、オランダとの開戦に踏み切った1941年(昭和16年)12月8日の直前、12月1日にその年最後の「御前会議」が開かれた。7月2日、9月6日、11月5日に続く4回目の御前会議でした。天皇の御前で重要決定を行う会議で、この時は時の内閣(東条英機首相)の全閣僚が出席し、対米英蘭開戦が正式に決定されました。1300万部のベストセラーとなった「戦争文学」の金字塔「人間の条件」で知られる五味川純平が、勝算なき戦争に突入していく過程を4度の御前会議とそこへ付議する案件を事実上決定する場である大本営政府連絡会議の記録を軸に克明に描き出しています。なぜ海軍は非戦論を貫くことができなかったのか――を問い続けることによって浮かび上がってくる指導層の姿は、アメリカを代表するジャーナリスト、デイヴィッド・ハルバースタムが「ベスト・アンド・ブライテスト」(最良の、もっとも聡明な人々)で描き出したアメリカをベトナム戦争の泥沼に引きずり込んでいったケネディ、ジョンソン政権下の政治エリートの姿、ホワイトハウスの内情と重なってきます。(2009/12/11)
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    投稿日:2009年12月11日