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謎の「国家」の正体に迫るイスラーム国はなぜ不気味なのか?どこが新しいのか?組織原理、根本思想、資金源、メディア戦略から、その実態を明らかにする。

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イスラーム国の衝撃のレビュー一覧

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  • 2015年2月1日早朝、「イスラム国」に拘束されていた後藤健二さんが殺害される様子を映した動画がインターネット上に公開されました。映像の画面左上の所定の位置には、「イスラム国」メディア部門のロゴが映し出されていました。なぜ湯川遥菜(はるな)さん(42歳、千葉市)と後藤健二さんの人質事件は、二人の命が奪われるという最悪の結果となってしまったのか。公開された映像で、オレンジ色の囚人服姿でひざまずかされた後藤さんの横にナイフを手に立った黒ずくめの男はロンドン訛りの英語で、「日本政府よ。邪悪な有志連合を構成する愚かな同盟諸国のように、お前たちはまだ、我々がアラーの加護により、権威と力を持ったカリフ(引用者注:ムハンマド亡き後のイスラム国家の指導者、最高権威者に与えられる称号)国家であることを理解していない。軍すべてがお前たちの血に飢えている。安倍(首相)よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう」と、言明しています。「殺害映像」公開の二日前の1月30日、衆院予算委員会で「イスラム国」の呼称について質問された安倍首相は、政府が「イスラム国」とは言わずに、ISIS(アイシル、Islamic State of Iraq and Syria)で統一している理由を「(「イスラム国」は)まるで国として存在しているかの印象を与える。国として国際社会から認められている、あるいはイスラムの代表であるかの印象を与え、イスラムの人々にとってはきわめて不快な話になっている」と説明しました。「イスラム国」は、彼らが現在自称する英語表記[Islamic State]をそのまま和訳したもので、ISIS(Islamic State of Iraq and Syria)は過去の名称で、現在は使われていません。ここに日本政府が今回の問題を読み間違えた理由――そもそも「イスラム国」の本質を見ようとしない――が示されているのではないでしょうか。イスラム政治思想を専門とする東京大学の池内恵准教授は緊急出版した『イスラーム国の衝撃』(文春新書)で、こう指摘しています。〈「イスラーム国」が世界を驚かせたのは、二〇一四年六月にイラクで広範な地域を制圧した時である。当時「イラクとシャームのイスラーム国(ISIS)」と名乗っていたこの集団は、六月一〇日にイラクの第二の都市モースルを制圧した。その後の数日間でティクリートやバイジといった北部の主要都市を制圧し、さらに南下してバグダード近郊に迫った。 二〇一一年の「アラブの春」以来、国際社会の関心の外となっていたイラク問題に再び光が当たった。「イスラーム国」は、イラク北部と西部を制圧しただけでなく、西に国境を接するシリアの北東部・北部にも勢力範囲を広げていた。シリア北部ラッカを制圧し、「シャーム(拡大シリア)州」の州都と定めて、シリア北東部での領域奪取を進めた。シリア北部の主要都市アレッポ北部の反体制諸勢力支配地域にも進出し、他の反体制勢力との戦闘を激化させた。(中略)衝撃は支配領域の拡大に留まらなかった。六月二九日には、名称を「イラクとシャームのイスラーム国」から、「イスラーム国」に改め、指導者のアブー・バクル・アルバグダーディーがカリフに就任したと宣言した。指導者がカリフを名乗ったということは、イスラーム法の理念からは、イラクとシリアで実際に制圧した領域だけでなく、全世界のイスラーム教徒(ムスリム)の政治的指導者としての地位を主張したことになる。〉現段階で世界中のムスリムが、バグダーディーあるいは「イスラーム国」の指導者を自らのカリフとして認めたというわけでありません。しかし「カリフ制が復活し自らがカリフである」と主張し、その主張が周囲から認められる人物が出現したこと、イラクとシリアの地方・辺境地帯に限られているとはいえ、一定の支配領域を確保し、しかも二つの国家にまたがって運動を拡大させ、既存の国境を有名無実化して自由に往来することを可能にしたことは衝撃的でした。既存の近代国家の枠組みに挑戦し、一定の実効性を備えていると見られたからですが、こうした「イスラーム国」についての池内准教授の認識は、残念ながら安倍政権内部で理解・共有されてはいなかったようです。「国家」であることを高らかに宣言したものたちに対して、その歴史的プロセスを知ろうとすることなく「国家」と認めずに対峙することの無力ぶりを安倍首相はさらけだしたのではなかったか。池内准教授は、本書で「イスラーム国」成立に至る歴史を6段階に整理しています。(1)1919年 第一次世界大戦後の中東秩序の形成:「イスラーム国」がイラクとシリアの広範囲に領域支配を行った、2014年から振り返って、ちょうど100年前の1914年に第一次世界大戦が始まりました。第一次世界大戦と、その戦後処理は、現在に至る中東の近代の国際秩序の原型をもたらしました。ドイツ・オーストリアの同盟国側について敗北したオスマン帝国の支配領域のうち、オスマン帝国の崩壊過程で軍人たちを中心に民族国家建設を果たしたトルコを別として、非トルコ諸民族が主に居住する地域は解体・分割され、英仏の植民地支配下に組み入れられました。その後、米国のウィルソン大統領が唱えた民族自決の原則を背景にアラブ人は独立への闘争や交渉を通じて国家を形成していくのですが、単一の国家にまとまることはできずに分裂した状態で独立していきます。他方、中東の四つの国に少数派として住むクルド人は、一つも国家を得ることはできませんでした。その状況は現在もそのままで、この地域の混乱の大きな要因となっています。(2)1952年 ナセルのクーデターと民族主義:アラブ諸国で植民地主義に対抗する民族主義の高揚の時期を代表するのが、1952年にエジプトのナセル中佐が指導した、自由将校団によるクーデターです。ナセルのクーデターは、王政を打倒し、実質上の支配を維持してきた英国軍の排除を導きました。そこから、アラブ世界全体に民族主義と反植民地主義の理念と運動を伝播させ、軍将校・民族主義政党による新興エリート主導のクーデターと革命を連鎖させました。この時期に成立した共和制諸国は、その後、独裁・長期政権化して腐敗を進めるに至ります。2011年の「アラブの春」は、そのような形骸化した共和制諸国の指導層の支配を根本から揺るがしました。チュニジア、エジプト、リビア、イエメンといった共和制諸国では、政権が退場を迫られました。(3)1979年 イラン革命とイスラーム主義:イランでイスラーム革命により王政が打倒され、他のアラブ諸国でもイスラーム主義運動が活性化し、一部は武力闘争による体制打倒を志向するようになります。79年末にソ連がアフガニスタンに侵攻、無神論者の侵略者と戦うジハード(聖戦)が唱えられ、世界から義勇兵が流入。その中に、ビン・ラーディンら後のグローバル・ジハード運動の中核となる人物たちが多くいました。「イスラーム国」もその流れを汲むものです。そして(4)1991年 湾岸戦争と米国覇権、(5)2001年 9・11事件と対テロ戦争の時代を経て、中東は(6)2011年 「アラブの春」とイスラーム国の伸張の時代に至ったということができます。池内准教授はこう続けます。〈「一九一四」はアラブ世界に民族と宗派に分断された複数の国家を残した。それを超えると称する「イスラーム国」は、「一九五二」や「一九七九」に掲げられたイデオロギーの断片を振りかざすが、独裁や抑圧や宗教的過激主義・原理主義といった、それらの画期に伸張した勢力の負の側面を受け継いでさらに強めた。「一九九一」に確立された米中心の中東秩序に挑戦したのが「二〇〇一」だが、それに対する対テロ戦争の追撃を受けて世界に拡散した過激思想と組織が、米国の覇権の希薄化と「二〇一一」の「アラブの春」をきっかけに、「イスラーム国」という形でイラクとシリアの地に活動の場を見いだした。それが「二〇一四」という新たな画期である。〉2014年に新たな段階に入ったアラブ世界。2015年に入って最初に舞台に立たされたのは日本でした。「イスラム国」は後藤さん殺害の様子を映した映像で「安倍よ。……お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう」と宣言しました。どう受けとめるべきなのか。〈「イスラーム国」は、中東近代史の節目ごとに強硬に発進されてきた、反植民地主義や民族主義、そして宗教原理主義といったイデオロギーを現実に実践して、その負の側面や限界、そして危険性をあからさまに体現してしまった。アラブ民族主義や「イスラーム復興」といったイデオロギー的枠組みを用いて行われてきた日本の中東論も、「イスラーム国」の現実を直視して再考することを迫られているのではないだろうか。〉池内准教授は本書第7章「思想とシンボル――メディア戦略」のなかで、「オレンジ色の囚人服を着せて」の項をたてて、残虐な公開処刑のビデオの配信にどのような意図があるのか、その効果はどのようなものか、どのような演出と映像技術が駆使されているのか、について詳細に分析しています。なお、本書のほかにイスラム国について詳述している書籍として、池内准教授が共著者として名を連ねている『「イスラム国」の正体 なぜ、空爆が効かないのか』(ウェッジ刊)『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』(ロレッタ・ナポリオーニ著、文藝春秋刊)『イスラム国の正体』(国枝昌樹著、朝日新聞出版刊)があります。あわせてお読みください。(2015/2/6)
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    投稿日:2015年02月06日