書籍の詳細

「疫病神」コンビこと、建設コンサルタントの二宮と二蝶会幹部の桑原は北朝鮮に飛んだ。二宮は重機の輸出で、桑原は組の若頭がカジノ建設の投資話でそれぞれ詐欺に遭い、企んだ男を追ってのことだった。平壌に降り立った二人だが、そこには想像以上に厳しい現実と監視が待っていた。シリーズ最高傑作の呼び声高い超大作!

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国境のレビュー一覧

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  • 〈「平壌のパーマデブはなにをしとんのや」「いままでに三百万人もの同胞を餓死させたんです。何人死のうと知ったことではありません」李ははじめて感情をあらわにした。飢えて死んだのは李と同じ朝鮮族なのだ。「カチ込みや。平壌に攻め込んだれ」「それができなかったから、この国は壊れました。金王朝を倒せる人間はいません。政府の高官も二十四時間、監視されています。高官の電話はみんな盗聴されているし、どこへ行くにも国家安全保衛部や社会安全部のスパイがついてきます」「それやったら、保衛部や安全部の幹部が血判状をまわして、デブをいわしたれ。それぐらいの任侠はあるやろ」「保衛部員や安全員は権力をかさにきて市民の食糧や財産を奪ってきました。暴動や革命が起きたら、真っ先に殺されるのが彼らです」「もうええ。胸くそわるい」「ハンさん、広場には私服の安全員や保衛部員がいて、市民を見張っています。だから、日本語は絶対に喋らないでください」〉前回紹介した直木賞作家・黒川博行著『疫病神』に続くシリーズ第2弾、『国境』(2001年、電子書籍リリースは2015年1月)下巻の一節です。自分たちをはめて大金を搾取した詐欺師を追って北朝鮮に入った“最凶コンビ“――建設コンサルタント・二宮啓之(にのみや・けいすけ)とイケイケのヤクザ、二蝶興業(二蝶会=神戸川坂会の系列)の桑原保彦(くわはら・やすひこ)。漢族の行商人名で偽造した中朝辺境の通行証を手に入れて国境を越え、北朝鮮の経済特区に辿りついた桑原が目の前にある自由市場の現実に思わず怒りを爆発させたのが上記の会話です。「ハンさん」が桑原、李は中国国籍朝鮮族の通訳兼案内役です。「パンチデブ」はいうまでもなく、金王朝の2代目、あの金正日を指すのですが、300万人もの餓死者を出しておきながら……との思いから生まれた、黒川博行の関西弁会話小説ならではの譬(たとえ)。言い得て妙です。桑原の眼に映った北朝鮮の現実とは――。〈自由市場に着いたのは、ちょうど十一時。まわりにフェンスを巡らせた敷地は千坪ほどもあって、こんなにたくさんの人がどこにいたのかと思うほど賑わっていた。男は綿入れの上着か防寒コートにレーニン帽や鳥打ち帽、女は頭にネッカチーフかマフラーを巻きつけ、背中にはカーキ色の布製リュックを背負っている。「ここに来れば、食糧でも日用品でも、欲しいものはなんでも買えますよ」ゲートのそばに立って、李がいう。「子どもがぎょうさんいてますね」小学生くらいだろうか、坊主頭の小さな子どもが何人も敷地の中をうろついている。「あれはコッチェビです」「コッチェビ……?」「浮浪児です。親が餓死した子どもか、親に捨てられた子どもです。彼らは身寄りがありません」市場をうろついて食べ物を拾ったり、物乞いをしたりしているという。そういえば、みんな汚れた顔をし、垢じみた服を着て寒そうに震えている。「コッチェビにお金をやってはいけません。あっというまに囲まれて身動きができなくなります。つきまとわれて、ハンさんやペクさん(引用者注:二宮の偽名)の正体がばれてしまいます」「しかし、なんぞ食わんことには死んでしまうがな」桑原がいう。「だから、コッチェビは市場に集まるんです。ほかのところでは生きていけません」「あんな小さい子どもまでおるやないか」桑原の視線の先に、さっき見た幼稚園児と同じくらいの年格好の子どもがいた。紺のスカートをはいた女の子だ。栄養失調のせいだろう、髪は脱色したような薄茶色で、脚は痩せ細り、靴の代わりに雑巾のような布切れを巻きつけている。女の子はトウモロコシそばの屋台の前にじっとたたずんでいた。「いまにも倒れそうやぞ。あんな子どもに食い物をやろうというやつはおらんのか」「みんな、自分が食べるのに精いっぱいなんですよ。あの子に食べ物をやったら、自分の子どもが飢えてしまいます」〉で、「平壌のパーマデブはなにをしとんのや」となるわけです。巻末に初出誌「小説現代」担当編集者に対する現地取材協力への謝辞があります。黒川博行自身の目で確かめた北朝鮮の崩壊状況とその元凶である「独裁政権」への怒りが秀逸な風刺となって行間から滲み出てくるようです。中国人行商人に偽装したヤクザと経営コンサルの最凶コンビが北朝鮮に越境、行動の自由のない監視社会で逃げる詐欺師を追いかける筋立てですが、日本の常識がまったく通用しない社会を舞台に緊迫シーンが続くスリリングな展開は、掛け値なしに一級のエンタテイメント小説といっていい傑作です。銃撃されながら国境の川を渡る北朝鮮からの脱出行など迫力満点です。しかし、ただ面白いだけが魅力という作品ではありません。権力を握った人間の堕落・腐敗を撃つ強い怒りを秘めた風刺の精神がこの作品のもうひとつの大きな魅力となっています。再び、本書(上巻)から引用します。1泊20元、釜ヶ崎のドヤの5分の1という宿屋で一夜を明かした二宮と桑原が朝になって目覚めたシーンです。〈二宮は便所に行った。寒い。ブースに扉はついているが便器はなく、コンクリート床の真ん中に長方形の穴があいているだけだ。いかにも紙質のわるそうな新聞がインスタントコーヒーの空瓶に丸めて差してあった。部屋にもどって、「総書記の写真が載った新聞で尻を拭いたら、不敬罪ですかね」といったら、「写真は切りとってありますよ」と、李は笑い、「新聞で尻拭くのが、なんで不経済やねん」と、桑原はいった。〉黒川博行のパロディ精神にとんだ体制批判は北朝鮮に対して向けられたものだけではありません。日本の現状を見すえる眼は北朝鮮以上に厳しいかもしれません。桑原と二宮の会話を下巻から引用します。〈「朝鮮半島の地図を見てみい。国境は38度線を挟んで適当に線をひいただけや。それで北朝鮮と韓国は同じ民族でありながら、提灯と釣鐘になってしもた。国境てなもんは地形や民族で決まるもんやない。そのときどきの喧嘩の強さで上にも下にもずれるんや」「朝鮮戦争はアメリカとソ連の代理戦争です」「おまえはやっぱり変わっとる。自分の頭の蠅も追えんくせに、ややこしいこと考えんな」「けど、おれは納得できんのです」「おまえ、ひょっとして、日本のほうがこの国よりマシやと考えてへんか」「いや……」「日本はパーマデブに二十何人という国民をさらわれた。それを分かっていながら、政治屋どもは知らんふりや。国が国であるための根本はなんや。国境を守ることでも法を守ることでもない。国民の命を守ることやないけ。そんなあたりまえのこともできんようなヘタレの国がどこの世界にあるんじゃ。日本はとっくに腐ってる。頭が腐りゃ足の先まで腐るんや。そやからわしは誰の世話にもならんと裸一貫で生きると決めた。おまえもコンサルてなインチキ商売に見切りつけて、もっとまじめに働かんかい」支離滅裂だ。いうだけいって、桑原は横を向いた。〉多少の論理の飛躍は端(はな)から折り込み済み。とにかく実体のない権威、身勝手な権力者、腐敗政治に対する直感的な批判と痛打には思わず“パチパチ”なのです。とまれ出版社をまたいで書き続けられる「疫病神」シリーズ――『暗礁』(2005年、幻冬舎、上・下)、『螻蛄』(2009年、新潮社)、直木賞受賞作『破門』(角川書店)、そして同じシリーズではありませんが、直木賞受賞後に出版された話題作『後妻業』(文藝春秋)などもあわせてお読みください。(2015/3/6)
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    投稿日:2015年03月06日