書籍の詳細

古代日本人は、朝鮮半島から船で馬もろとも海を渡って来たのか。気鋭の考古学者が、積年の「騎馬民族征服王朝説」に果敢に挑み、食・去勢・犠牲の考証から、画期的な答えを導き出す。

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騎馬民族は来なかったのレビュー一覧

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  • 日本人はどこから来たのか――第2次世界大戦が終わり、皇国史観のくびきから解放された1948年に若き江上波夫が「騎馬民族説」を発表しました。東北アジアの騎馬民族、辰王朝が北方から南下、4世紀末から5世紀初めにかけて農耕民族を征服して統一国家をつくりあげた。それが大和朝廷の始まりだとした江上説は大反響を呼び、民俗学界、考古学界を巻き込んだ大論争が繰り広げられました。マスメディアもロマンあふれる仮説ということで大きく取り上げた結果、「騎馬民族説」は江上没後8年たった今も日本人の間に根強く残っています。本書は、江上説に真っ向から異を唱えて論争を挑んだ考古学者・佐原真が、江上波夫との対談(小学館刊『騎馬民族は来た!?来ない!?-<激論>-江上波夫VS佐原真』)を経て、問題点を整理、まとめた一冊。「ウマとヒトの出会い」から説き起こし、「騎馬民族は日本に来なかった」ことをわかりやすく説明していきます。多岐にわたる論証のなかでも興味深いのが「去勢」に関する探究です(第5章 去勢の文化誌)。畜産民(遊牧民や食用の家畜を飼っている農民)にとって、去勢は家畜を管理するために極めて重要な技術であり、欠かせない知識だったという。ところが大和言葉には去勢をさす言葉がなかったそうです。1725年(享保10年)徳川吉宗の時代にオランダから輸入される洋馬と一緒に日本に来た獣医が伝えるまで、日本には去勢の知識も技術もまったくなかったのだと著者は指摘しています。すなわち日本は騎馬民族の文化ではないというわけです。先日亡くなった梅棹忠夫さんが生前、筆者に「騎馬民族は来なかったというあなたの説に賛成です。去勢を始めて遊牧が始まった」と激励していたという一節が印象に残っています。(2010/07/16)
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    投稿日:2010年07月16日