書籍の詳細

被爆から60年目の夏に、この物語は生まれました。ある小学校で実際に行われた、平和を考える授業。そこで語られた一枚の写真にまつわるお話です。家族で、そして学校で。子どもたちといっしょに読み、考えてください。4年生の男の子の目を通して平和と家族の尊さを描く1冊の本。……実話に基づくお話です。

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いわたくんちのおばあちゃんのレビュー一覧

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  • 2012年8月の67回目の「原爆の日」は、これまでの66回とは大きく異なるものとなりました。2年前からはアメリカ政府代表が平和記念式に参列していましたが、2012年は原爆投下を命じたトルーマン元米大統領の孫のクリフトン・トルーマン・ダニエルさんが初めて参列しました。日本と戦った連合国側、特にアメリカ側では原爆投下を戦争終結のために有効な手段だったという考え方が根強く、人道上の問題としての「原爆」を直視しない風潮さえありました。そのことはノーベル文学賞を受賞したチャーチル元イギリス首相も回想録『第二次世界大戦』で率直に語っていますが、それが長い時間の経過の中で少しずつ、少しずつ変わってきました。アメリカ政府を代表して駐日大使が参列するようになったのは3年前です。今年は核保有国であるイギリス、フランス大使も参列し、そして原爆投下を命じたトルーマン元大統領の孫も広島を訪れ、遺族と手をつないで、犠牲になった人々に思いをはせたのです。それはまだ小さな一歩で、私たちの未来を楽観するわけにはいかないのでしょうが、多くの人々が「原爆体験」を語り継いできた、その積み重ねの上に刻まれた「変化」です。今回紹介する『いわたくんちのおばあちゃん』も被爆体験を語り継ごうという広島の人々の活動がきっかけとなって、被爆から60年目の夏に生まれた物語です。そして67年目の2012年8月、電子書籍になってイーブックジャパンからリリースされました。著者は広島在住の作家・天野夏美さん、絵を担当したはまのゆかさんは1979年生まれの気鋭のイラストレーター。協力者として名を連ねる岩田美穂さんは被爆体験を後世に語り継ぐボランティア活動を行っている広島の女性です。その活動の一環として岩田さんは一葉の写真――写っているのは岩田さんの母・智津子さん、父母、3人の妹たち――にまつわる母・智津子さんの体験を子どもが通う小学校の平和学習の時間に語りました。この岩田さんの話がきっかけとなって、絵本が作られたのです。だから書名は――『いわたくんちのおばあちゃん』。こんなくだりがあります。原爆爆心地近くの小学校で開かれた運動会の場面です。〈「おばあちゃんも/どうぞ ごいっしょに」/ところが/いわたくんちのおばあちゃんは/「いやーよ」/にこにこしながら そう言って/手をふって ことわる。/「そうお? どうしても おいや?」/「いやーよ」/お兄ちゃんも ごいっしょに、/こっち向いて、はい、ピース!」/カシャ!/ほーら、やっぱりね。/いわたくんのおばあちゃんは/ぜったいに/家族と いっしょに 写真をとらん。/やっぱりね。/ぼく、/いわたくんのおばあちゃんが/なんで いっしょに 写真をとらんのか/知っとるんよ。〉ここから物語は、いわたくんのおばあちゃん、智津子さんが戦後60年たったいまもなお、家族写真に一緒に入らないのはなぜなのか――原爆が広島に投下された8月6日の朝の出来事にさかのぼっていきます。父と母、4人姉妹の家族6人のうち、生き残ったのは智津子さん一人でした。〈八月六日。/ちづこさんは ひとりぼっちに なりました。/(中略)/「家族みんなで 写真をとった あの日。/でも、写真を 見ることが できたのは/ちづこさん ただひとり だったのです」〉空襲が激しくなってきた8月始め、智津子さんの家族は疎開することにして、家財道具を運び出した家に近所の写真館の人を呼んで記念の家族写真をとりました。戦後、智津子さんが大事にしてきた奇跡の一葉ですが、そこに写っていた家族は、智津子さんをのぞいてその写真を見ることなく、8月6日の朝、原爆の犠牲となりました。この残酷でかなしい家族の物語を、しかし二人の著者、天野夏美さんとはまのゆかさんは、不安を昇華させた希望の物語として、子どもたちに語りかける絵本に仕上げることに成功しています。天野さんは本書のあとがきにこう記しています。〈いわたくんのお母さんは、子どもたちに原爆の話を伝えるとき、こんなふうに結びます。「『戦争なんてずっとむかしの話』、なんて思わんでね。ひょっとしたら、『未来の話』になるかもしれんのよ。『未来』、それは、君たちみんながつくっていくものだからね」〉同感です。このあとがきの隣のページには、物語の元となった一葉の家族写真がそれぞれの名前・年齢とともに添えられています。父・重美45歳、母・光子39歳、智津子16歳、香代子14歳、裕乃6歳、君乃3歳。一瞬にして5人の家族をなくした智津子さんは、戦後、家族を、孫を得ますが、家族写真にはけっして入りません。その理由(わけ)を優しい語り口と絵によって表現した絵本。子どもとともに、ぜひ大人にも向き合ってほしい絵本です。(2012/8/24)
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    投稿日:2012年08月24日