書籍の詳細

1972年「赤旗」平壌特派員となった私は、大阪の定時制高校で席を並べた親友の尹元一(ユンウォニル)を訪ねた。友は「地上の楽園」で幸せに暮らしているはずだった──なぜ金日成は帰国運動を必要としたのか。書かれざる日本共産党と在日朝鮮人運動の関係とは。「突出する力作」(深田祐介氏)、「人を動かす力をそなえた作品」(立花隆氏)。明らかにされる重大事実とともに理想を信じて北へ帰った人々の悲劇を描き、満票で第30回大宅壮一ノンフィクション賞に輝いた記念碑的名作。

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北朝鮮に消えた友と私の物語のレビュー一覧

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  • 横田めぐみさんら日本人拉致問題は「北朝鮮」という国家の不気味さを露わにしたが、その闇の部分はさらに暗い。本書は日本共産党の「赤旗」特派員として平壌に渡った著者が、かつて北朝鮮に帰国した高校同級生の消息を訪ね回る経緯を、北朝鮮と日本共産党の戦後関係史を背景に綴ったドキュメント。1960年、当時朝鮮総連によって展開されていた「地上の楽園に帰って社会主義国家建設に貢献しよう」という北朝鮮への帰国運動に加わった友人の消息は、1960年代半ばに外科医になったという手紙が最後の情報だった。平壌でさまざまな伝手をたどった赤旗特派員のもとに一度は、同級生が来ているという連絡が入るが、その時会うことができないままに姿を消す。著者はその後まもなく当局から「退去令」をうけて日本へ帰国。同級生はその後20年以上、消息がぷっつりと途絶えてしまいます。猜疑に満ち、人を見たらスパイと疑えと全人民に強制している国、北朝鮮。ここまで異常な国であることをしらないままに、懐旧の情から消息を探したことで同級生の身にいったい何が起きたのか、著者は悔やむ気持ちをこう記しています。1959年12月に始まった帰国運動で北朝鮮に渡った人はおよそ10万人。それから半世紀たった今、北朝鮮の闇に消えた人々は、3万人とも1万人ともいわれているそうです。(2010/3/12)
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    投稿日:2010年03月12日