書籍の詳細

ソマリアの国境付近で活動する陸上自衛隊第一空挺団の精鋭達。そこに命を狙われている女性が駆け込んだ時、自衛官達の命を賭けた戦闘が始まった。一人の女性を守ることは自分達の誇りを取り戻すことでもあった。極限状況での男達の確執と友情。次々と試練が降りかかる中、生きて帰ることはできるか? 一気読み必至の日本推理作家協会賞受賞作!

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土漠の花のレビュー一覧

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  • 〈未だかつて戦ったことのない軍隊〉である自衛隊が、突然、武装集団に襲われ、5人の戦死者を出した――第68回日本推理作家協会賞(2015年)受賞作『土漠の花』(幻冬舎、2016年8月5日配信)の舞台は、動物の角(つの)のような形でインド洋に突き出しているため「アフリカの角」と呼ばれるソマリア、ジブチ、エチオピアの国境地帯。
     ジブチには実際にソマリア沖の海賊対処のために派遣されている海・陸の自衛隊の活動拠点が置かれ、2016年8月15日には新任の稲田防衛大臣が現地視察に訪れました。月村了衛の作品世界はいうまでもなくフィクションですが、限りなく現実に即して設定されており、そこから生み出される迫真性、臨場感あふれる活劇シーンが大きな魅力となっています。
     いったい、どんなところなのか。8月26日配信のドキュメント写真集『アコロ 喰うものをくれ』(三留理男著、具象舎)をご覧いただきたい。砂漠・半砂漠――緑のない土漠の風土の過酷な状況を国際報道カメラマン・三留理男が写し撮った記録。飢えの極限を生きるアフリカの人びとの姿。舞台となるソマリアの現実を知れば知るほど、冒険活劇の傑作『土漠の花』の世界は何倍にも膨らんでいくはずです。

     物語は、墜落したCMF(有志連合海上部隊)ヘリの捜索救助に向かった陸上自衛隊第一空挺団の精鋭12名が翌日の遺体収容のために野営態勢に入ったところへ、命を狙われたビヨマール・カダン小氏族のスルタン(氏族長)の娘アスキラ・エルミが助けを求めてきたことから始まります。時刻は午前零時を過ぎていた。対応しているのは吉松隊長(3尉)。

    〈「私達は国境を越えて走り続けました。それでも奴らは追ってきました。私はスルタン直系の血を引く最後の生き残りです。ワーズデーンは何があっても私を殺してビヨマール・カダンを根絶やしにするつもりなのです。お願いです、助けて下さい。奴らはすぐにやってきます」(中略)
    「日本では諺(ことわざ)にこう言います。窮鳥懐に入れば……」
     そう言いかけたとき──
     四方から銃声が轟(とどろ)き、隊員二人が鮮血を噴いて倒れた。戸川1士と佐々木(ささき)1士だ。〉

    〈指揮官は背後に向かって顎をしゃくった。西瓜(すいか)のような丸い物をぶら下げた兵士が前に進み出て、それを吉松の足許(あしもと)に投げ出した。
    「あっ」
     鈍い音とともに土の上に転がった物。動哨に出ていた原田1士の首であった。
     開かれたままの両眼はぼんやりと白く濁って、ただ夜更けの夢に寝惚けているようにも見えた。〉

    〈「貴様──」
     怒りの日本語を発しながら顔を上げた吉松の額を、指揮官が無造作にトカレフで撃ち抜いた。
     吉松の体が呆気なくその場にくたりと崩れ落ちる。
     その頭部から広がった黒い液体が、見る見るうちに乾き切った土漠に染み込んでいく。〉

    〈指揮官が声を張り上げた。兵士達が銃の照準を合わせる。
     悪寒と言うにはあまりにおぞましい感覚が全身を走り抜けた。銃を向けられるというのはこういう感覚なのか。訓練時は言うまでもなく、紛争地帯で武器は日常的に目にしていたが、圧倒的な死が間近に在(あ)るという実感は、実際に己の身で体験するまで分からなかった。違う。分かったつもりになっていて、その実まるで分かっていなかったのだ。
     抵抗するすべは何もない。すべてが突然の出来事だった。〉

    〈激しい銃声がした。対面に並んだ十人の兵士がばたばたと倒れる。右側方の岩陰から銃火。89式小銃の銃声。味方だ。
     友永は横にいるアスキラの手をつかみ、火線を遮(さえぎ)らぬように注意しながら味方の方に向かって走り出した。他の者も一斉に後に続く。
     不意を衝かれた敵は端から次々と倒れていく。地に伏した指揮官が何か喚いている。態勢を立て直した敵がこちらに向かって銃撃を浴びせてくる。
     四〇メートルほどの距離を夢中で走り抜けた友永はアスキラとともに岩陰に飛び込んだ。続けて新開ら生き残った隊員達が次々と飛び込んでくる。岩に辿り着く前に一人が腰を撃たれて倒れた。徳本(とくもと)1曹だ。助けに飛び出せる距離ではなかった。激しい銃撃が岩を抉る。一同は岩陰で身を縮める。
     89式を撃っていたのは市ノ瀬浩太(こうた)1士であった。(中略)
    「未(いま)だかつて戦ったことのない軍隊」である自衛隊が、こんな成り行きで戦うことになろうとは──〉

     戦死者5名。生き残ったのは7名――
     友永芳彦曹長、35歳。
     新開譲曹長、35歳。
     朝比奈満雄1曹、37歳。
     由利和馬1曹。
     津久田宗一曹。
     梶谷伸次郎士長、25歳。
     市ノ瀬浩太1士、23歳。

     活動拠点への帰投を目指す陸上自衛隊第一空挺団の精鋭7名とスルタン(氏族長)の娘アスキラ。およそ70キロ。歩けない距離ではないが、酷暑のソマリアだ。一日で到達できるはずもない。時間をかけていれば、たちまちのうちに追っ手に発見されてしまう。友永と新開は武装集団ワーズデーン小士族の兵員輸送車の奪取を決意。武器は89式小銃だけだ。
     二手に分かれた隊員たちがトラックに近づくシーン――。

    〈友永は頭を振って小銃を構え直す。今はそんなことを考えている場合ではなかった。どこに敵兵が潜んでいるか分からない。目の前の岩陰から、強力な火器で武装した敵が飛び出してきてもおかしくない状況だ。注意力と集中力を途切れさせてはならない。(中略)
     傾斜が急に緩くなって、ほとんど水平となった。岩山の基部に到達したのだ。奇岩群が尽きる手前の岩陰に身を隠し、様子を窺(うかが)う。峠から見下ろした位置にトラックがそのまま停まっていた。
    「キーがなくても簡単に動かせます」
     梶谷が自信ありげに囁(ささや)いた。自動車工場の倅だ。それくらいは易々(やすやす)とやってのけるだろう。
    「待て」
     友永は慎重に周囲を確認する。誰か見張りでもいれば、そして銃撃戦にでもなれば、たちまちこちらの居場所を知られてしまう──〉

    〈息を殺して敵の接近を待つ。ソマリ語らしい話し声も聞こえてきた。
     やがてAK-47を構えた敵兵の姿が見えた。全部で四人。朝比奈、そして新開の隠れている岩の前を通り過ぎ、津久田、由利の潜む方へと向かう。(中略)
     最後尾の男が目の前を通過する寸前を見計らって岩陰から躍り出る。同時に他の三人も動く。
     朝比奈は驚いて銃口を向けてきた眼前の男の側面に入身(いりみ)する。体が自然と動いていた。当て身を入れると同時に銃身をつかみ、転換しつつ体を開いて相手を投げ飛ばす。
     できた──
     銃はごく自然に朝比奈の手の中に移っていた。(中略)
     急いで振り返ると、敵と同じ向きになった新開が、相手のAK-47を左脇に挟み込み、右の掌底で相手の顔面を背後の岩に押しつけたところだった。後頭部を岩で強打した男は銃を放して崩れ落ちる。足場の悪い状況下で新開曹長が訓練通りに動けたところはさすがと言えた。それでも初めての実戦に曹長の顔色は蒼白(そうはく)を通り越したものとなっている。〉

     残る二人――津久田と由利はそれぞれの敵と格闘していた。由利を押しまくるソマリ人を背後から締め落とした朝比奈が津久田に助勢しようと動き出した時、AK-47が暴発した。
     敵に悟られることなく友永たちがトラックを1台確保したまさにその瞬間の銃声だった。もはや猶予はできない。岩山の中腹で銃火が閃く。足許に着弾。ハンドルを握った梶谷がアクセルを踏み込んだ時――押し寄せてきた敵のうち、先頭を走っていた数人の兵が血を噴いて倒れるのが見えた。奇岩の合間から新開達が飛び出し、AK-47を乱射しながらまっすぐにこちらへと走ってくる。

    〈「待て梶谷!」
    「分かってます!」
     梶谷がハンドルを切り、トラックを新開達の方に向けた。
     新開と朝比奈が立ち止まって応戦する。その間に由利と津久田が後部に乗り込み、新開と朝比奈も身を翻して素早く飛び乗った。
    「全員乗った! 行け!」
     新開が叫ぶ前に梶谷は車を急発進させている。間一髪で合流した四人は、追ってくる敵に向かって車の後部から銃撃を続ける。数人が倒れたところで弾を撃ち尽くした新開が、横にいる津久田を見て驚いたように叫んだ。
    「おい、貴様、何をやってるんだ」
     津久田は銃をただ構えているだけで、まったく発砲していなかった。その体が小刻みに震えている。
    「撃てないんです」
    「なんだって?」
    「撃てません……どうしても……」
     泣きながら津久田が答える。全員が唖然とした。〉

     トップクラスの射撃の名手として知られていた津久田2曹。しかし、射撃の名手は初めての実戦で引き金を引くことができなかった。皮肉にも、この状況下で最も戦力になりそうな津久田の腕前が期待できない……。

     世界で最も危険な地帯とされるソマリア。一人の女性を守って武装勢力と対峙する自衛官たち。予想もしなかった極限状況での脱出行。自衛官たちの生死を賭けた戦闘が始まった。
     手に汗握る戦闘シーンが続き、まぎれもない冒険活劇小説の系譜に属する作品ですが、月村了衞は修羅場の中に時代へのメッセージを実に自然にさりげなくおいてみせた。「撃てません」と泣きながら訴えた津久田2曹。「自分の帰りを待っている小学2年生のわが子を人殺しの娘にするなんて……」というのが、撃てない理由だった。
     全員が揃って処刑される寸前に銃を乱射して窮地を救った最年少の市ノ瀬1士は、ショックによるヒステリー症状を起こした。「みんなが一列に並ばされて……やるしかないと思ったんです、もうやるしかないって……それで撃ちました。命令、ありませんでしたけど、撃ちました。自分、殺しちゃいました。何人も、何人も……」と泣いた。幼子のように。

     2015年7月に安倍政権が強行採決によって成立させた「安保法」とは何か。国民の意識や思いとは別に、「戦争のできる国」への道を急ぐ政権の下、自衛隊は「安保法」によって可能となった新任務に備えた訓練を開始するという。
     過去71年の間、日本は戦争で一人も殺されていないし、一人も殺していません。「未だかつて戦ったことのない軍隊」である自衛隊と「戦う自衛隊」との間には広くて深い溝がある――。
     自衛官たちの命を賭けた脱出行。『土漠の花』は、まさに「安保法」状況を先取りした〝戦記〟なのだ。一気に読み終えた時、なぜか、野坂昭如『絶筆』(新潮社、2016年7月8日配信)の最後の一行が胸の内に浮かんだ。
    「この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう」(2016/9/2)
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    投稿日:2016年09月02日