書籍の詳細

建設コンサルタント・二宮啓之が、産業廃棄物処理場をめぐるトラブルに巻き込まれた。依頼人の失踪。たび重なる妨害。事件を追う中で見えてきたのは、数十億もの利権に群がる金の亡者たちだ。なりゆきでコンビを組むことになったのは、桑原保彦。だが、二宮の〈相棒〉は、一筋縄でいく男ではなかった――。関西を舞台に、欲望と暴力が蠢く世界を描く、圧倒的長編エンターテインメント!

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疫病神のレビュー一覧

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  •  第151回(2014年上期)直木賞受賞作、黒川博行『破門』の“最凶コンビ”――建設コンサルタント・二宮啓之(にのみや・けいすけ)とイケイケのヤクザ、二蝶興業(二蝶会=神戸川坂会の系列)の桑原保彦(くわはら・やすひこ)のコンビが初めて登場したのが、本書『疫病神』(新潮社)です。単行本出版は1997年。二人のキャラクターが黒川博行によって生み出されてから17年の年月を経ての直木賞受賞ということになります。この間、〈疫病神〉シリーズは多くの読者を得て、『国境』(2001年、文藝春秋、上・下)、『暗礁』(2005年、幻冬舎、上・下)、『螻蛄』(2009年、新潮社)と出版社をまたいで続き、2014年1月に第5作目『破門』(角川書店)が出て、直木賞受賞に至ります。「通常の人間社会の常識が通用しない異世界を見事に描いている。会話の練り方も半端ではない」(東野圭吾)、「この小説を楽しく味わい、テンポのいい会話にころころ笑った」(宮部みゆき)、「普通会話体が多い小説はダレてくるが、この作品では会話体が描写になっていて、そのあたりも独特の技である。私は『国境』のころからこだわっていたので、受賞作となった時、安堵で大きく息を吐いた」(北方謙三)、「この作品を裏社会の世界の特殊な物語とくくるのは間違っている。現実はもっと辛酸に満ち、哀しいものだ。哀しいものを面白く、愚かなことを懸命に、という一級のペーソスを書いてきた作家のようやくの受賞である」(伊集院静)――直木賞選考委員も大阪を舞台に関西弁の会話で描かれる黒川ワールドを高く評価していましたが、それは『破門』に至って初めてそなわったわけではありません。伊集院静の「一級のペーソスを書いてきた作家のようやくの受賞」という指摘に示されているように、シリーズ第1作の本書『疫病神』は、いま改めて読み直されていいのではないでしょうか。2月に入って始まったBSスカパーの連続ドラマ「破門」が、原作を『破門』と『疫病神』の2作品としているのもうなずけます。主人公の二宮は大阪中央区西心斎橋にある古ぼけた貸しビルに事務所をもつ建設コンサルタント。カタギではあるが、大手ゼネコンを頂点とする建設土木業界の末端で、組筋と渡り合いながら生きている一匹狼です。事務所の煤けた窓の外に見えるのは、隣のラブホテルのネオンと高速道路の防音壁だけだ。黒川博行はその生態をこんなふうに描いています。7月10日、月曜。じりじりと炙るような日射の中、外出先から戻った二宮が電話を引き寄せ、「連絡をほしい」と伝言のあった守口の解体業者、山本組の短縮ボタンを押した。〈──どうも、二宮です。 ──ああ、待ってたんや。 ──なにか? ──ついさっき、舟越の現場主任から電話が入った。古川橋の現場で、ややこしいのが二人、いやがらせをしてるらしい。 ──いやがらせ? ──二人とも、見るからに堅気やない。事務所に顔を出して、掘削でも鳶(とび)でもええ、下請工事がしたいというたらしい。主任は丁重に断ったけど、現場前にベンツを駐(と)めたまま帰らへんから、ダンプの出入りができんで弱ってる。 ──搬入路は駐車禁止でしょ。退(ど)くようにいえんのですか。 ──現場主任にそんな怖いことがいえるかいな。警察に知らせてこじらせたら、かえってあとが面倒や。 ──その二人、なにものです。 ──主任の受け取った名刺には、鳥飼(とりかい)市網池の大沢土木、営業部長、原田と書いてあるそうや。──鳥飼の網池、大沢土木、原田……。 復唱しながらメモをして、──分かりました。なんとかします。〉二宮はファイリングケースから『建設業者信用調査要覧』を取り出し、繰った。鳥飼市網池の大沢土木は記載されていなかった。やはり、なんの実績もないダミー会社だ……。二蝶(にちょう)会に電話をいれます。〈──二宮企画です。桑原さん、いてはりますか。 ──お待ちください。 しばらく待って、桑原に代わった。──二宮です。わるいけど、門真までつきあってくれませんか。舟越建設の古川橋の現場です。 ──なんや、揉めごとか。 ──ベンツが道をふさいでるんです。鳥飼の大沢土木というてます。 ──大沢土木? 聞いたことないな。 ──仕事がほしいみたいです。原田という営業部長が現場に顔を出しました。 ──大沢土木の原田ね……。 ──これからそちらへ行きます。 ──ええやろ。待ってる。〉二代目・二蝶会の事務所に桑原を訪ねた二宮は、桑原と共に古川橋の現場に向かいます。車中の会話――。〈「──鳥飼の大沢土木を調べた」 桑原はカーステレオのボリュームを落とした。「ばりばりの極道や」「やっぱり……」「オーナーの岩永は若瀬町の玄地(げんじ)組の大幹部で、三年前に大沢土木の整理をした。倒れる前の大沢はまともな会社で公共工事もけっこう請けてたけど、先代の社長が死んだ途端、相続争いでがたがたになったところを、岩永に食われたらしい。もちろん、そのころの職人はひとりも残ってへんから、まともな施工能力はない」 仮に仕事を請けても自ら工事はせず、抜けるだけのマージンを抜いて、息のかかった業者に丸投げするのだ──。「玄地組は確か、神戸川坂会の直系でしたね」二蝶会も同じく川坂会の系列だ。「そう。兵隊が五十人もいて、鳥飼ではいちばんの大名や」「同じ川坂の枝やと、面倒やないんですか」「古川橋のサバキは二蝶会が受けた。けじめはわしがとる」桑原は見得をきる。〉東証一部上場、資本金250億円、舟越建設ほどの大手ゼネコンは、ヤクザにとって「ブランド」です。ブランドはカネになると思っているので、ヤクザは執拗(しつよう)にまとわりつく。暴力団対策法施行後は、露骨なゆすりやたかりは減ったものの、あらゆるいやがらせで工事の進行を妨げる妨害工作は続いています。工事の遅延は多大な損害もたらしますから、ゼネコンにとってヤクザ対策は欠かせないというのが現実というわけです。毒は毒をもって制す──ヤクザをつかってヤクザを抑える事前工作を業界では「前捌き」と呼んでいるそうです。略してサバキ。建設会社とヤクザをつなぐのがコンサルタントとしての二宮の仕事です。〈ひと月前、二宮は舟越建設の名義人(一次下請)である解体掘削業者の山本組から依頼され、古川橋共同住宅建設工事のサバキに二蝶会を仲介した。桑原の要求額は八百万。サバキの金は、いわゆる近隣対策費とは別勘定で、舟越建設は山本組に裏金として工事費八百万円の上乗せをし、山本組は『B勘屋』と呼ばれる赤字会社に十パーセントの手数料を払って八百万円分の領収証を作る。仮に暴力団との関係が表沙汰になっても、それは二宮企画を介した山本組と二蝶会の契約であって、舟越建設の関知するところではない。ゼネコンの下請の中で最初に現場作業をはじめるのが解体掘削業者であり、多かれ少なかれ前捌きのできない解体屋は淘汰されるのである。二蝶会がサバキを受けた時点で、二宮は半金の四百万円を山本組から受け取り、それを桑原に渡した。仲介手数料は四十万。ほんの二、三日だけ懐が暖かかった。〉ゼネコンのもうひとつの顔が透けて見えてくるようです。「コンプライアンス」(法令遵守)の建前の裏側では、自らの手は汚さずに「毒」を利用して利益を求めていく姿。二宮と桑原が古川橋の工事現場に到着しました。〈二宮はベンツの後ろに、少し離れてBMWを停めた。旧型の560SEL、リアバンパーが凹んで、ナンバープレートが歪んでいる。車内に二人の男がいた。「話はわしがする。ええな」 桑原はルームミラーに姿を映し、襟元を直してから車外へ出た。二宮も出る。 ゆっくり歩いて、桑原はガードレール越しにベンツのリアフェンダーを叩いた。運転席の男がウインドーを下ろす。メタルフレームのサングラスをかけた若い男だった。「なんや、おまえ」「ここ、駐禁なんや」「それがどないした」「工事の邪魔になる。移動してくれるか」「あんた、何者や。交通指導員かい」助手席の男が飲みかけの缶ビールをダッシュボードに置いた。パンチパーマに金縁眼鏡、眉が薄く頬が削げている。「この現場の関係者ですわ」桑原は指先で前髪を上げた。「関係者ならヘルメットでもかぶらんかい」「おたくは」「だれでもええやろ」「大沢土木の原田さんやね」「ほう、どこでわしの名前を聞いた?」「蛇(じゃ)の道はヘビとかいいまっしゃろ」「なんやと……」(中略)「――誰や、おまえ」「桑原保彦。二蝶興業の営業担当や」「二蝶興業……? 毛馬の二蝶会か」「この現場は二蝶興業がさばいた。なんぼ押しても、あかんもんはあかんのや」「へへ、吹いてくれるやないか」原田は唇をゆがめた。「わしも安う見られたもんや。そんなカマシで、丸めてころがせるとでも思うとんのかい「わしは極道面(ごくどうづら)で銭をつまむにゃ相手がわるいというとるんや」「代紋かけて込み合うつもりか」「あんたがその気ならね」〉工事現場のサバキをめぐってヤクザ同士が火花を散らすシーン。これはしかし、まだ序の口です。ここを起点に二宮と桑原の最凶コンビと産業廃棄物処理場建設の巨大利権に群がる市議会議員、極道(舎弟企業)との生き詰まる抗争が始まります。そして、その背後で巨大利権を手にしていくのはいったい誰なのか。裏で絵を描いているのは誰なのか。そこにピカレスク小説を超えた黒川博行の世界が見えてきます。(2015/2/27)
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    投稿日:2015年02月27日