書籍の詳細

三田村慎平は転職先の児童養護施設で働き始めて早々、壁にぶつかる。生活態度も成績も良好、職員との関係もいい“問題のない子供”として知られる16歳の谷村奏子が、なぜか慎平にだけ心を固く閉ざしてしまったのだ。想いがつらなり響く時、昨日と違う明日がやってくる。先輩職員らに囲まれて成長する日々を優しい目線で描くドラマティック長篇。

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明日の子供たちのレビュー一覧

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  • 〈九十人の子供が住んでいる家がある。『あしたの家』──天城市立三日月小学校から程近い場所に存在する児童養護施設だ。 様々の事情で親と一緒に住めない子供たちが、一つ屋根の下に暮らしている。〉有川浩の新刊『明日の子供たち』の書き出しです。親と一緒に暮らせない子供たち90人が住んでいる家――児童養護施設で子供たちはどんな生活を送っていて、そこでの日常は親と一緒に暮らす“普通の子供たち”の場合とどこか違っているのか、変わりないのか……有川浩は行政や政治家たちが声高に振りまく「高説」とはまったく異なる、そこで息をし、悩み、困り果てた人たちの声に耳を傾け、ドラマティックな物語を紡ぎ出しました。有川浩のエンタテイメント作品はその軽さ、読みやすさ全開が特長だということは誰もが認めるところです。しかし、彼女の魅力はそれだけではありません。井上ひさしさんは「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」と言い続けていましたが、有川浩もこの井上流を感じさせる若手小説家のひとりです。有川浩は冒頭に紹介した書き出しのあと、次のように続けます。〈施設には子供たちから「先生」と呼ばれる児童指導職員が宿直制で二十四時間常駐している。そしてその日、三田村慎平(みたむらしんぺい)は希望に溢(あふ)れて『あしたの家』に着任した。残暑がようやく過ぎた秋晴れの一日だった。 グラウンドがない学校、という風情の建物だった。まるで昇降口のような玄関には壁一面に靴箱が備え付けられ、一つのボックスに何足もの靴が押し込まれている。その雑然とした様子が学校とは一線を画する生活感を醸し出していた。(中略)低学年男子が使っているらしい区画は完全なる無法地帯だ。小さなスニーカーがむやみやたらとボックスに詰め込まれている。普通の家なら三和土(たたき)に子供の靴が出ていてもご愛敬(あいきょう)だが、九十人の子供にそれを許すと玄関が溢れかえってしまう。きっと靴箱に収まるだけの靴しか持つことを許されないのだろう。不自由な生活を思うと何とも忍びない。三田村は靴がこぼれ落ちそうになっているボックスをいくつか片付けはじめた。「何やってるの」背中からかかった声に振り向くと、ジャージを着たショートカットの女性が立っていた。「和泉(いずみ)先生」赴任前の研修で顔は見知っている。施設職員の和泉和恵(かずえ)だ。子供たちからは確かいずみちゃんというニックネームで呼ばれていた。年齢は二十六歳の三田村より一つ二つ上だったはずだ。「こんにちは、今日からお世話になります」「知ってる。それより、何やってるの」元々フレンドリーなタイプではないようだったが、それにしてもこの咎(とが)めるような口調は何だ。三田村のほうも自然と怪訝(けげん)な顔になった。「何って……子供たちの靴を片付けてあげようと思って」「勝手なことをしないで」三田村としては親切心からやったことである。それを勝手呼ばわりされてカチンと来た。「そんな言い方ないでしょう、僕は子供たちのために……」「その『ために』が余計なことだって言ってるの」「余計って、そんな」畳みかけられるきつい言葉に目を白黒させていると、和泉はつかつかこちらに歩み寄ってきた。思わず身構えた三田村を完全スルー、三田村が整頓したばかりのボックスを引っ掻く(か)き回して元のとおりに散らかしてしまう。(中略)靴底がこちらを向いているような無茶な靴の突っ込み方まで忠実に再現されてしまった。「ひっでえなぁ……」思わず呟(つぶや)くと、和泉がくるりとこちらを向き直った。「誰の物に触ったのかも覚えていられないなら、余計に手を出さないで」静かだがむやみな迫力に溢れた声に、ぐっと呑(の)まれた。──その呑まれたことが悔しく、半ば反射のように言い返した。「これくらい片付けてあげてもいいじゃないですか。こんなぐちゃぐちゃなんだから」「こんなぐちゃぐちゃだけど、」和泉はことさらに声を張り上げたわけではない。だが、三田村の肩は勝手に縮んだ。その勝手に自分の意志を裏切った肩に腹が立つ。「やっと靴箱の中に靴を入れるようになったの。担当の先生が毎日毎日注意して、やっと」和泉の静かな声が、ねじ込むような重さで玄関に響く。「今度は、靴箱の中を整頓しなさいって毎日注意しなきゃいけないの。誰かがやってくれたら、絶対自分でやるようにならない」「でも、かわいそうじゃないですか」分がないことはそろそろ分かっていたが、退(ひ)くに退けなくなっていた。自分なりの思いやりを全否定されたことが三田村を意固地にしていた。「普通の家庭だったら、ちょっとくらい散らかしてたってお母さんが靴を揃(そろ)えてくれるでしょ? だったら、施設の子供たちだって、ちょっとくらい甘やかしてくれる人がいたって……」「あなたが毎日甘やかしてやれるの」苛立(いらだ)ちの混じった声と一緒に、和泉の目もきつくなった。「九十人を毎日ちょっとくらい甘やかしてやれるの」ぐうの音も出なかった。「ここは普通の家じゃないし、わたしたちは親にはなれない。わきまえて」「分かってますよ、そんなこと……」口の中でもごもご呟いた完全に負け惜しみだ。>ソフトウエア会社で営業の仕事をしていた三田村慎平は、児童養護施設を舞台とするテレビドラマに触発されて施設職員に転じました。やる気は人一倍、子供たちの靴が散乱しているのを見るや、「お母さんがいないのだから誰も靴を揃えてくれない、かわいそ うに」と思うや、あとさきなしに靴を整理し始める新人です。「慎平ちゃん」と呼んでくれと自分から言い出せる、ベタな性格。慎平の新人らしい「おもいやり」を「その『(子供たちの)ために』が余計なこと」と全否定する和泉和恵は3年目、愛想はないが涙もろい先輩。「和泉ちゃん」と呼ばれ、子供たちの信頼も厚い。新人時代の和泉を指導した猪俣吉行(いのまたよしゆき)は、子供たちから「イノっち」と呼ばれているベテラン熱血漢。かつて高校を卒業して施設から巣立っていった女子生徒が、せっかく入った大学を経済的な理由から途中退学、連絡が途絶えてしまったことを自らの責任と悔いています。成績の良かった女子生徒に対し経済的条件をシビアに考えずに安易に名門大学への進学を勧めた結果、彼女の人生を狂わせてしまったと思い込んでいるわけですが、猪俣が味わった過去の不幸な出来事を知らない和泉は担当している女子生徒の進学希望について相談を持ちかけます。しかしなぜか猪俣はその女子生徒の進学には賛成できないと思いがけない姿勢を貫きます。谷村奏子(たにむらかなこ)がその女子生徒。小学3年の時、母親の育児放棄が発覚して保護され「あしたの家」に入ったから、施設の経験は和泉よりもずっと長い。読書好きで生活態度も成績も良好なカナは、「問題のない子供」の典型。高校2年で、大学進学を希望しています。奏子が「問題のない子供」の女子代表だとすれば、男子代表は大人より大人びている平田久志。久志の入所は奏子より1年先でしたが、聞き分けのいい子供同士で、昔から気が合っていたという。同じ歳で、高校2年の二人はともに読書好き、一番の仲良しだ。担当の猪俣は、進学を希望する久志を積極的に後押しています。施設の子供たちは、高校を卒業すると施設を出て自活していかなければなりません。巣立っていった子供たち、施設出身者には帰っていく場所がありません。そういう彼ら彼女らが気兼ねなく帰っていける場をつくろうと活動を始めた元商社マンの真山と和泉、慎平、そして久志、奏子が出会います。「必要なものしか存在しない人生って味気ないでしょう」という真山がつくった『サロン・ド・日だまり』。目的を持たない、誰でも自由気ままに過ごせる場所です。和泉は高校の時、好きだったが、児童施設で暮らす自分とは住む世界が違うといって去っていった渡会と「日だまり」で再会します。そのことが、和泉が児童施設で働くことになる動機だということを知っていたのは猪俣だけです。三田村と和泉は猪俣に「日だまり」での一部始終を伝えます。〈猪俣はひとつひとつ、身じろぎもしないで聞いていた。そして、安堵のような深い深い溜息をついた。「そんな施設があってくれたらとずっと思っていました」「そんな、というのは……」尋ねた和泉に、猪俣は目頭を揉みながら答えた。見ようによっては滲んだ涙をごまかしているようにも見えた。「退所した子供たちの受け皿になってくれるような施設です。何の理由も目的もなく立ち寄れる場所が一つあってくれるだけで、どんなにか……」思いがあふれたように声が立ち消えた。どれほど雄弁に語るより『日だまり』の存在を喜んでいることが窺えた。〉その「日だまり」の存続が危ぶまれている。退所後支援の重要性を理解する行政や政治家は少なく、関心さえ持ってもらえない中で、せっかく始まった活動も予算を削られて廃止の危機に直面していることがわかります。しかも「あしたの家」のナンバー2、唯一愛称で呼ばれることのない梨田先生が「日だまり不要論」を主張していて、それが廃止論の大きな根拠となっているという。そのことを知った、「あしたの家」のメンバーたち、久志、奏子、和泉、慎平、そして猪俣は「日だまり」を守るための行動にでます。職員会議に全面対決の覚悟で臨みます。思わず、「ガンバレ」と胸のうちで声を上げていました。(2014/10/17)
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    投稿日:2014年10月17日