書籍の詳細

「夢破れても人生だ。夢破れてから、人生だ。」13人のタクシー運転手を見つめた、現代日本ノンフィクション。全国各紙の書評に取り上げられ、絶賛の嵐を呼んだ単行本の文庫化。2014年新潮ドキュメント賞候補作。

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東京タクシードライバーのレビュー一覧

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  •  書店の平台に並んだ多くの新刊書のなかで、海側から撮影された東京の夜景を全面に敷いたブックカバーに目がとまったのは、梅雨が明けた7月半ばでした。『東京タクシードライバー』(朝日新聞出版刊)。奥付を見ると初刷り発行が2月末で、手にした本は3刷り、6月20日の発行とあります。出版不況が長期化する中にあって4か月あまりで3刷りまで版を重ね、9月には電子書籍にもなりました。ノンフィクションの本としては好調と言ってよいでしょう。書名から、タクシー運転手が見聞きした客の話をまとめるといったよくある趣向の本を連想しましたが、その予想は見事にはずれました。乗せた客とのやりとりも出ては来ますが、著者が狙ったのはあくまでもタクシードライバーの「人生」です。高校や大学を卒業後、タクシーの運転手として社会人生活の第一歩を踏み出したという人はあまりいません。不況になると新人のタクシードライバーが増えるとよく言われます。仕事に行き詰まったり、家庭生活が破綻したり、様々な問題を抱えたあげく、とにかく生き続けるために入り込んでくるのがタクシーの世界です。ノンフィクション・ライターの山田清機はそこに現代ニッポンの「人生」を見ていき、一冊の本にまとめ上げました。紙版のオビには「夢破れても人生だ。夢破れてから、人生だ」とあります。本書に登場する13人は13通りの人生を生きてきて、いまタクシードライバーとして東京という町を走り続けています。その13人の、13の物語――。国際自動車の台東本社は日比谷線南千住駅から吉野通りを南に300メートルほど下り、泪橋交叉点を左折したところにあります。泪橋とは現在では暗渠になっている黒川にかかっていた橋の名前で、江戸時代、小塚原刑場で処刑される罪人たちがこの橋の手前で家族や友人に別れを告げて涙を流したところからこの名前がつけられたそうです。ちなみにその数20万人にのぼると言われています。また、漫画『あしたのジョー』で、矢吹丈(ジョー)の育ての親、丹下段平は丹下拳闘クラブ旗揚げのとき、丈に向かって「いつか泪橋を逆に渡ろう」と語りかけています。著者は、〈江戸時代には、罪人たちが泪橋を渡って刑場に向かい、昭和の時代には、丹下段平やジョーのような住人がいつか泪橋を逆向きに渡ることを夢見て、人生一発逆転を企図した。泪橋は生と死、成功と挫折の境界線に架かる橋だった〉と書いていますが、その泪橋近くに位置する国際自動車本社でインタビューした元俳優のタクシードライバーN(52歳)の物語を紹介しましょう。〈身長一八〇センチ。肩幅が広く、脚が長い。そして、甘い声と甘いマスクの持ち主である。国際自動車のトレードマークであるチャコールグレーのスーツと、山吹色のレジメンタルタイがよく似合っている。聞けばNは元俳優で、オダギリジョーや浅野忠信と一緒に映画に出演したこともあるという。〉高校を卒業してアパレル会社に就職、洋服を売りまくっていた頃、Nは「ジョン・ローンという香港出身の俳優がサンフランシスコに密航してアメリカでデビューを果たした」という話を小耳にはさみ、本気でアメリカ密航を考えるようになります。〈Nは、そのオーナー社長が中古のアメ車を買い付けるため、定期的にカリフォルニアに出張しているという情報を掴んだのだ。ジョン・ローンが密航でたどり着いたのも、まさにカリフォルニアである。「短絡的なんで、社長、僕をカリフォルニアに連れてってくださいって直接頼み込んだんです。そうしたら、いいよって、渡航費用をポンと全額出してくれました」密航でなく正規のルートではあったけれど、とりあえずアメリカにタダで渡るという夢は現実のものになった。しかも、行き先はカリフォルニアだ。ジョン・ローンのエピソードをわがものとする旅の第一歩を、Nは踏み出した。〉Nが渡った最初の橋でしたが、夢は長続きはしません。〈……カリフォルニアの日本人社会の現実も見えるようになってきた。それは夢を抱いて太平洋を渡ってきたNにとって、あまり見たくない現実だった。カリフォルニアの日本人社会に棲息している人間の多くは、マリファナやコカインの常習者だった。「日本で失敗して、落ちぶれて逃げてきた人ばっかりでしたね。そういう人たちが麻薬に耽っているというのが、僕が見たカリフォルニアの日本人社会の実態でした。肌の色で住む場所がはっきりと分かれていることにも、失望しました。ちっとも自由の国なんかじゃないじゃないかって……」Nはついぞ現地の日本人社会に溶け込むことができず、わずか三カ月間滞在しただけでカリフォルニアを後にすることを決意した。「このままカリフォルニアにいたらダメになると思いました。たぶん、そこが僕の凡人たるゆえんなんだと思うけど、いつもぎりぎりのところで踏みとどまってしまうんです。そのへんが、人間としてつまらないところなんでしょうね」〉日本に帰ったNは劇団のオーディションに受かり、そこでの活動にのめり込んでいきます。生活費は運転のアルバイトで稼ぎました。芝居の主役級を演じたこともありましたが、40歳を少し過ぎたとき、劇団からすっぱり足を洗って、タクシドライバーに転身します。なぜ、Nは芝居を辞めてしまったのか。決定的だったのは映画『アカルイミライ』に出演したことだったという。〈二〇〇三年に公開された黒沢清監督のこの映画は、カンヌ国際映画祭にも正式出品されている。主演はオダギリジョー。オダギリの初主演作品であり、他に浅野忠信や藤竜也なども出演していた。Nは浅野忠信が刑務所に収監された一場面に出演している。『アカルイミライ』のDVDを借りて見てみると、たしかにNの名前がエンドロールに出てくる。「台本にもエンドロールにも初めて自分の名前が入ったので嬉しかったですけれど、浅野さんやオダギリさんは、撮影現場でもなにかが違って見えました。きっと僕は、画面を通して彼らを眺める側にいたんです。撮影現場はテレビの現場なんかと違ってとても熱気がありましたけれど、ずっと違和感を抱えながら、それを傍観している自分がいました。正直言って、居心地が悪かったですね」『アカルイミライ』の中のNには、やはりセリフがない。制帽を目深にかぶり、やや背中を丸め気味にして終始うつむいているため、表情もはっきりとは見えない。浅野忠信の後ろで面会の内容をメモに取り、時折、激昂した浅野を背後から羽交い締めにしたりするのだが、一切声は出さない。どこか、チーフ・ブロムデン(引用者注:大阪の萬劇場で上演された芝居『カッコーの巣』でNが演じたネイティブ・アメリカンの大男。ロボトミー手術で廃人にされた主人公のマクマーフィーを窒息死させることによって、彼を解放してあげる)に通じる役回りである。撮影中の「居心地が悪い」という感覚は、結婚を決めて、芝居を辞める決心をするまでNから離れることがなかった。〉そして深夜、客を乗せて走るNが語る言葉に、著者は橋を渡って向こう側を見てきた人間のつよさを感じとっています。〈「挫折ではないですよ。芝居はやり切ったので、いまはもう単なる通過点に過ぎません。あそこは、自分にふさわしい居場所ではなかったと思うだけです。タクシーの仕事を憐れむお客さんもいるけれど、そんなことはないですよ。運転は好きだし、たまに面倒なこともありますが、お客さんとの出会いも好きだし……。少々納得が行かないことがあっても飲み込むようになってしまったのはちょっと悲しいけれど、それを覚えないと大人にはなれませんからね」Nが心から解放されたと感じるのは、逗子や茅ヶ崎へ長距離客を送り届けた後、コンビニで缶コーヒーを買い、海辺でタバコを一本ふかすときだ。「深夜に逗子マリーナなんかに行くと、誰もいない港でヨットの帆がカラーンカラーンと鳴って、夜の夜中にそんなところで潮の香りを嗅いでいると、ナルシスティックかもしれませんけれど、何で自分はこんなところにいるんだろうって、なにか特別な感じがしますね」〉なまやさしい仕事ではありません。昼も夜も、運転手と客という関係性のなかで、見知らぬ他人と出会い、時には1時間も2時間も時を共有する仕事です。「夢破れて」その人生をいま生きている13人の物語。客との間で交わされた、とっておきの「いい話」もあります。目白通りの学習院前で石原裕次郎を乗せたタクシードライバーと裕次郎の間で起きた、一瞬の出来事。ドライバーは裕次郎の粋な人柄にしびれた、と懐かしんでいます。(2014/10/10)
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    投稿日:2014年10月10日