書籍の詳細

人を殺め、静かに刑期を終えた妻の本当の動機とは――。驚愕の結末で唸らせる表題作はじめ、交番勤務の警官や在外ビジネスマン、フリーライターなど、切実に生きる人々が遭遇する6つの奇妙な事件。入念に磨き上げられた流麗な文章と精緻なロジック。「日常の謎」の名手が描く、王道的ミステリの新たな傑作誕生!

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満願のレビュー一覧

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  •  米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)の短編集『満願』がミステリーファンの注目を集めています。第151回直木賞(2014年上期)ではノミネートされたものの受賞には至らなかったのですが、2014年末に相次いで発表されたミステリーランキング国内部門――「このミス」(宝島社「このミステリーがすごい!2015年版」)、「週刊文春2014ミステリーベスト10」、早川書房「ミステリが読みたい2015年版」ですべて1位、3冠獲得。米澤穂信は1978年生まれ、2001年に『氷菓』で角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞してデビュー。以来、〈古典部〉シリーズ『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』『遠まわりする雛』『ふたりの距離の概算』、〈小市民〉シリーズ『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』を発表、多くのファンを獲得。2011年、『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞し、そして2014年には『満願』で第27回山本周五郎賞を受賞、ミステリーランキング3冠達成です。3冠制覇は、あの東野圭吾でさえなしえなかった(『新参者』が2冠)快挙です。今年36歳の若手ながら米澤穂信がデビュー10年あまりで実力派の評価を確立したということに異論はないでしょう。まずは、ミステリー界からの喝采の声を紹介しましょう。書評家・福井健太(「このミステリーがすごい!」選評より)「多彩なセンスの持ち主が横山や連城に連なる心理劇を紡いだ珠玉集」ミステリ書評家・村上貴史(「週刊文春ミステリーベスト10」選評より)「人の心の闇の濃淡を、人の心の闇の多様さを体感させてくれる作品集。観察力、表現力、想像力。いずれも一級品である」筑波大学ミステリー研究会(「ミステリが読みたい!」選評より)「人間の、暗く、どこかリアルな一面が垣間見える。収録作品の数だけ、腹の底が冷える感覚が味わえる」作家・角田光代は山本周五郎賞の選評で「大胆だったり繊細だったりする罠が仕掛けられていて、かならず毎回、思わぬところで驚かされる」と高い評価を与え、また直木賞の選考にあたった作家の宮部みゆきも「ハイレベルな短編の連打に魅せられました。表題作の『満願』には、松本清張の傑作『一年半待て』を思い出しました」との賛辞を寄せています。二人の作家をうならせた短編集に収録された六編――「夜警」「死人宿」「石榴」「万灯」「関守」、そして表題作の「満願」――はどれも意外性に富み、想定外の結末が用意されていて、読者を米澤ワールドにぐんぐん引きずり込んでいく力があります。巻頭収録の「夜警」を見ていきます。舞台は緑1交番。主人公は交番長の「俺」こと、柳岡巡査部長。殉職した23歳の新人警察官の警察葬の回想から物語は始まります。〈川藤浩志巡査は勇敢な職務遂行を賞されて二階級特進し、警部補となった。気が合わない男だったが、写真が苦手な点だけは俺と同じだったらしく、祭壇の中央に掲げられた遺影は不恰好なしかめ面だった。弔辞は署長と本部長が読んだが、ろくに話したこともない相手の死を褒めるのはさぞ難しかったことだろう。スピーチで描かれた川藤警部補の輪郭はやりきれないほど実像とずれていて、そんなに立派な警官だったらあんな死に方はしなかったのだと腹を立てているうちに、焼香と献花の順がまわってきた。おかげでまた随分、無愛想の評判をばらまいたらしい。遺族は俺のことを知っていたようだ。浅黒く日焼けした男が物問いたげにこちらを見ていることには気づいていたが、茶番の席であいつのことを話すのが嫌な気がして、出棺を見送るとすぐに斎場を出た。警察葬に仕立てたせいで、斎場の中にまでテレビカメラや新聞記者が入り込んでいた。騒がしい葬式にしてしまったことについては、謝ってもよかった。俺が手配したわけではないにしても。開けたままのガラス戸から、いつものように車が行き交う国道60号線を見る。しばらく目の前で道路工事をしていたが、それも終わり、普段の景色が戻っている。今日一日だけで幾人がこの道を通るだろう。彼らは、道の傍らに建つこの交番の巡査がひとり死んだことになど気づきもしない。それは当然のことで、二十年も警官をやってきた男がいまさら持つ感慨ではない。だが今日に限って、なぜだかそれが癪に障って仕方がなかった。こんな日は交番が禁煙になったことが無性に恨めしい。デスクの上には地図とファイルと電話が並ぶだけで、ずいぶん前に灰皿はなくなった。そしていまは写真入りの茶封筒が置かれている。〉「俺」はいったい、何に腹を立てているのか。マスコミは、交番に配属されたばかりの新人警察官が殉職に至った経緯を概ねこう報じます。11月5日午後11時49分頃、市内に住む40代の女性から、夫の田原勝(51歳)が暴れていると110番通報があった。現場に駆けつけた警官3人が説得を試みるも、田原は短刀(刃渡り30センチ)で警官たちに切りかかったため、川藤浩志巡査が拳銃を計5発発砲。胸部と腹部に命中し、田原はその場で死亡した。川藤巡査は切りつけられ病院に搬送されたが、6日午前零時29分、死亡が確認された。警察では「適正な拳銃使用だったと考えている」としている。当初、新米巡査が暴れている男を制圧できずに射殺してしまった不祥事と見るか、勇敢な警察官が自分の命と引き替えに凶悪犯をやっつけて女性を救ったと見るか、戸惑っていたマスコミ報道は田原の行状が明らかになるにつれて後者に傾いていきます。警察批判を封印するために、警察葬での弔辞は川藤巡査を擁護する嘘に塗(まみ)れていた。「俺」の胸中をよぎる「そんなに立派な警官だったらあんな死に方はしなかった」との悔い――。〈見れば梶井(引用者注:同じ交番に勤務する2年後輩の警察官)は煙草を指の間に挟んだままで吸う気配がない。まだ何か言いたいのだとわかって、水を向ける。「どうした」「ああ、いえ。いまの話で思い出したわけでもないんですが」「言ってみろ」梶井は、自分の手元から立ち上る煙を見ながら答えた。「川藤、ちょっと、厳しいですね」「そう思うか」「ええ」「理由は?」そう訊きはしたが、答えはあまり期待していなかった。俺自身、川藤のどこに危なさを感じているのか、言葉では説明出来なかったからだ。しかし梶井は、「『さゆり』の喧嘩ですが」と切り出した。〉50メートルも離れていないスナック「さゆり」から交番に直接通報があった。午後11時31分のことで、客の男二人が口論となり、一方がウィスキーの角瓶を振り回しているという。交番にいた柳岡たち3人が駆けつけてみると、50代とおぼしき二人が取っ組み合っている。一方が呂律(ろれつ)のまわらない声で凄み、もう一方は「ああ? ああ?」と繰り返すばかり。喧嘩慣れしている様子はなく、せいぜい飲み過ぎて箍(たが)がはずれてしまったといったところです。角瓶はカーペーットの床に転がっていて、見たところどちらにも外傷はありません。駆けつけた交番長の柳岡も同僚の梶井も、一目見て、これは事件化しなくて済むと判断できた。梶井が割って入り警察だと名乗ると、二人はたちまち大人しくなった。柳岡巡査部長が型どおりの説教をして、次は引っ張るぞと脅して終わり。難しい喧嘩ではなかった。〈「どうかしたのか」「いえね」梶井の煙草が灰皿に押しつけられる。吸殻が溢れそうな、真っ黒に汚れた灰皿。「あいつ、腰に手をやったんですよ」煙を浅く吸い込み、ふっと吐き出す。「そうか」「じゃあ、お先に」梶井は最後まで、俺と目を合わせようとはしなかった。まともに取り上げれば面倒な話だとわかっていたからだろう。腰に手をやったと言うが、触ったのが警棒だったなら、梶井はわざわざ俺に注進したりはしない。あの程度の騒ぎで拳銃に手が伸びるようでは、確かに厳しい。煙草が不味かった。〉短刀を持って暴れている男をやむを得ず射殺した正義の警察官。自らの命を犠牲にした適正な拳銃の使用だったと認められて新米警官は殉職後に2階級特進しました。しかし、著者・米澤穂信は「表向きの決着」とはまったく違う真実を用意しています。通報を受けて駆けつけ、殉職した新米警察官に何があったのか。彼は何をしようとしたのか。表題作「満願」――人を殺害して懲役8年の判決が確定。模範囚ではあったが身寄りがなく、身元引受人がいないために仮釈放を受けられずに刑期満了で出所した鵜川妙子(うかわたえこ)。3年がかりで控訴審まで進んだとき、自ら控訴を取り下げ刑務所に入った彼女は長い年月、何に囚われていたのか。学生時代に彼女の家に下宿していて、弁護士となった「私」は、予想もしなかった彼女の真意に辿りつきます。この恐るべき落差こそが、本書『満願』収録6編に共通する魅力です。579枚、本格ミステリーを書ききった若手の筆力を堪能してください。(2015/1/9)
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    投稿日:2015年01月09日