千年の愉楽

600円 (税別)

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熊野の山々の迫る紀州南端の地を舞台に、高貴で不吉な血の宿命を分つ若者たち―色事師、荒くれ、夜盗、ヤクザら―の生と死を、神話的世界を通して過去・現在・未来に自在にうつし出し、新しい物語文学の誕生と謳われる名作。

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熊野の山々の迫る紀州南端の地を舞台に、高貴で不吉な血の宿命を分つ若者たち―色事師、荒くれ、夜盗、ヤクザら―の生と死を、神話的世界を通して過去・現在・未来に自在にうつし出し、新しい物語文学の誕生と謳われる名作。

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書籍の詳細
  • 書籍名: 千年の愉楽
  • 著者名: 中上健次
  • eBookJapan発売日: 2014年08月29日
  • 出版社: 河出書房新社
  • 電子書籍のタイプ: リフロー型
  • ファイルサイズ: 1.2MB
  • 関連ジャンル: 小説・文芸
  • 対応デバイス: WindowsMaciPhoneiPadAndroidブラウザ楽読み

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書店員のレビュー

〈明け方になって急に家の裏口から夏芙蓉の甘いにおいが入り込んで来たので息苦しく、まるで花のにおいに息をとめられるように思ってオリュウノオバは目をさまし、仏壇の横にしつらえた台に乗せた夫の礼如さんの額に入った写真が微かに白く闇の中に浮きあがっているのをみて、尊い仏様のような人だった礼如さんと夫婦だった事が有り得ない幻だったような気がした。
 体をよこたえたままその礼如さんの写真を見て手を組んでオリュウノオバは「おおきに、有難うございます」と声にならない声でつぶやき、あらためて家に入ってくる夏芙蓉のにおいをかぎ、自分にも夏芙蓉のような白粉のにおいを立てていた若い時分があったのだと一人微笑んだ〉

 中上健次の最高傑作の一つに数えられる短篇連作『千年の愉楽』――巻頭作「半蔵の鳥」の書き出しです。
 オリュウノオバは、中上健次が描く物語世界の舞台「路地」――被差別部落を表象しています――に住みつづける、路地のただ一人の産婆。路地の親たちのあらかたはオリュウノオバがとりあげてきた。
 この路地、いわゆる被差別部落に生まれた男たちの生き様、死に様をオリュウノオバの「記憶」をたどる形で組み上げられた6篇の長大な物語で、1992年、肝臓癌のため46歳の若さで死去した中上健次がそのちょうど10年前に出版した連作集です。
 この『千年の愉楽』が没後20年を過ぎた今、中上ファンのみならず、出版界、読書人の間でホットな話題となっています。突然の交通事故で昨年急死した若松孝二監督が中上文学に挑んだ遺作『千年の愉楽』が近くロードショウ公開されるとあって、書店には映画のスチール写真によって構成されたカバーをかけられた文庫本が並べられ、ときならぬ中上ブームの予感が漂い始めています。
 映画でオリュウノオバを演じるのは、寺島しのぶ。同じ若松映画『キャタピラー』でベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)を受賞した寺島しのぶが「オリュウノオバ」をどう演じるのか、「路地」に生まれた男たちを、高良健吾、高岡蒼佑らがどう演じるのか、中上文学は若松孝二の最後の映画でどう映像化されているのか。
「半蔵の鳥」の半蔵、「六道の辻」の三好、「天狗の松」の文彦、「天人五衰」のオリエントの康、「ラブラタの綺譚」の新一郎、「カンナカムイの翼」の達男。いずれの男たちも思うがままに行動し、奔放な性を生きたあげくのはてに若死にしていきます。
 たとえば、「半蔵の鳥」にこんなくだりがあります。

〈(半蔵は)女の帯をほどいて着物をむき、裸にした。女は情の強い質で紐で縛っても縄で縛っても半蔵が口に含ませた物を神経を逆なでするような音を立てみだらな姿で舐め、いつぞや仏壇からみつけた半蔵のものより太いろうそくを与えて自分で慰めさせても羞かしがる事もせず一心不乱に行い、一たび手足の束縛を解くと声を上げんばかりの勢いで半蔵に取りすがって、半蔵の体に馬乗りになってよがり声を出す。今度は上になってくれと言い、女の体の中心がめくれ上がり半蔵を体ごと呑み込んでしまうというように尻をつかみ、そのうち、半蔵から逃げようとする。時どき半蔵は女の騒ぎように鼻白み、他のおんなのほとんどがそうなように半蔵が腰を強くうちつけるなら遠く逃げ、逃げつづけているうちにもうそこから先が袋小路で行きどまりだというところに迷い込み、半蔵がふと浅く引くなら所在なくじりじりとこがれ、そうやっているうちに遊びに耐えきれず首にしがみつき、唇を胸に押しつけ身を固くし次々襲ってくる身震いのうちに半蔵が気を放つのを待つ方がよいと思う事があった〉

 半蔵は25歳であっけなく直情怪行な人生の幕を閉じます。
〈二十五のその歳でいきなり絶頂で幕が引かれるように、女に手を出してそれを怨んだ男に背後から刺され、炎のように血を吹き出しながら走って路地のとば口まで来て、血のほとんど出てしまったために体が半分ほど縮み、これが輝くほどの男振りの半蔵かと疑われるほど醜く見える姿でまだ小さい子を二人残してこと切れた。九かさなりの九月九日。流れ出てしまったのは中本の血だった〉

「路地」に生きる人々の「血」へのこだわり。生まれ育った紀州熊野の風土のなかではぐくまれた中上文学――文芸評論家の江藤淳は巻末の解説で「路地でのフィクションはフィクションではなく、人々の“生きた記憶”なのだ」と指摘していますが、まさに人々の“生きた記憶”が何であったかを問いつづけた中上健次が紡ぎ出した長大な物語に圧倒される思いです。
 最後に、電子書籍化の際に省かれる事の多い解説――吉本隆明、江藤淳による中上論が巻末にちゃんと収録されていることは、読者にとってはなによりうれしい、ということを記しておきます。(2013/2/15)
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