裸婦の中の裸婦

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「裸婦の中のもっともすぐれた裸婦、えらび抜かれた裸婦」をめぐって交わされる十二の対話。作品にまつわる伝説や隠された意味が自由に語られる中で、次第に「見る」という行為の意味が明らかになってくる。バルチュス、ベラスケス、ブロンツィーノ、ヴァロットン、クラナッハ、百武兼行、デルヴォーなど、古今東西の芸術作品を独自のスタイルで読み解く美術講義。

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「裸婦の中のもっともすぐれた裸婦、えらび抜かれた裸婦」をめぐって交わされる十二の対話。作品にまつわる伝説や隠された意味が自由に語られる中で、次第に「見る」という行為の意味が明らかになってくる。バルチュス、ベラスケス、ブロンツィーノ、ヴァロットン、クラナッハ、百武兼行、デルヴォーなど、古今東西の芸術作品を独自のスタイルで読み解く美術講義。

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『悪徳の栄え』などマルキ・ド・サドの文学を日本に紹介した澁澤龍彦は、西欧の文化をめぐる数多くの著作を遺しましたが、本書『裸婦の中の裸婦』はその著作活動の締めくくりとなったエッセイ集。月刊の文藝春秋誌に好きな絵画について思うままに書いてきた澁澤龍彦が残り3回分を残して病に倒れ、見舞いに行った病室で後を託されたのは年下の友人である巌谷國士。巌谷が共著者として連載を引き継ぎ、澁澤が強く望んでいた単行本化が実現して出版されたのが本書です。もともとが月刊誌の連載で、毎回一人の画家(写真家が一人含まれますが)の一枚の絵をテーマに、澁澤龍彦と架空の人物――澁澤と同年配の男性と、年若いスーパーインテリ風の女性が語り合います。好みの「裸婦」を気ままに選び対話体という独特の形式で、融通無碍の境地に遊んでいるかのような美術エッセイです。共著者の巌谷國士はあとがきに「生涯にわたって美術を好み、美術を語り、美術を鏡にして自己を問いつづけてきた作家の行きついたところが、このように自由で、宙吊りで、ノンシャラン(筆者注:無頓着なさま。行動に熱意がなく、のんきなさま=日本国語大辞典より)で、駘蕩(筆者注:のびのびとしているさま)としていたということに、私はあらためて感動をおぼえている」と記しています。まずは、融通無碍の境地に遊ぶ、澁澤龍彦の裸婦論の一端を紹介しましょう。〈――日本人の中からだれを選ぼうか、ずいぶん迷ったんだがね。結局、明治初期の洋画の先駆者というべき異色の画家、百武兼行を登場させることにきめたよ。同時代の山本芳翠よりも五姓田義松よりも、あるいは黒田清輝よりも、ぼくはこのひとが好きなんだ。どうだね、この裸婦像は。/――すてき。すらりと手脚がほそくて、貧弱な上半身にくらべて下半身が妙に伸びていて、ちょっと先生のお好きなクラナッハを連想させるところがあります。「痩せた女は猥褻である」というボードレールのことばを、つい思い出してしまいます。でも、このモデルは日本人ではなさそうですね。どこの国のひとかしら。/――おそらくイタリア人だろう。明治十四年、ローマ滞在中に描かれたものと推定されている。きみ、この明治十四年という日付を、あたやおろそかに考えてはいけないよ。日本で最初の裸体画は、一般に明治二十六年にパリで描かれ、帰国後に公開されるや、社会問題になった黒田清輝の「朝妝」(ちょうしょう)だということになっている。しかしね、この百武の「裸婦」はそれよりも十二年も前に描かれているんだぜ。これこそ日本人の描いた記念すべき裸体画第一号なんだということを銘記してほしいね〉二人の会話はこのあと、佐賀藩出身の百武兼行が旧藩主に随行してヨーロッパに渡り、西洋画を学んでいった経緯を語り、若くして結核で夭折したため生前に評価を得ることは出来なかったものの、明治維新という精神の昂揚期に際会して、これ以上は望めないほどの幸運な星まわりを生きたのが百武兼行という画家だったのではないかと分析しています。〈たとえ当時の評価は得られなかったにしても、ぼくはそれでよかったと思っているからね。このひとの画面からは、どことなく気品というものが匂ってくるんだ。案外、これは画壇を超越していた画家の特権かもしらんよ。/――さきほど、あたしは「痩せた女は猥褻である」というボードレールのことばを引用しましたが、あの発言は不穏当でした。ごめんなさい。撤回します。/――どうしてさ、撤回する必要はさらさらないよ。少なくともぼくの考えでは、猥褻感をそそることと、気品のあることとは、ちっとも矛盾しないからね。じつをいうと、気品のない女からは、ぼくは一度も猥褻感をそそられたことがないんだ。/――あ、分かりました。気品が犯されるからこそ猥褻感がでてくるんですね。つまり気品は猥褻感が成立するための前提条件ということになります。/――なんという分かりのはやいお嬢さんだろう。一を聞いて十を知るとは、このことだね。こんな調子だから、ぼくも安心して無責任なことがいえるよ〉知を極めた澁澤龍彦が「エロス」を自由気ままに語って、高級落語の趣さえある会話体のエッセイ。一人だけ写真家としてとりあげられているヘルムート・ニュートン(作品は女優シャーロット・ランブリングを撮った「デカダンな女」)論も秀逸です。(2012/5/25)
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