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街道をゆく (43) 濃尾参州記

名古屋については、信長から書きはじめたい──戦国の世に多くの武将を輩出した美濃、尾張、三河。桶狭間への道で信長と今川義元を思い、徳川発祥の地、松平郷で家康の生涯を考えたが……。著者急逝のため未完となったシリーズ最終巻。

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司馬遼太郎は先島(さきしま)へゆく思いを、こう綴っています。〈飛行機が那覇空港を飛び立って針路を南西の石垣島にとったとき、いかにも黒潮のふるさとへゆく思いがした。黒潮は本土にむかい、太古以来昼となく夜となく北上しつづけている。われわれはその流れにさからって南下している。ただし窓に顔をくっつけて下を見ても、海は黒くは見えない。黒潮はこの飛行機の航路からいえば右の沖合を走っているらしい。時速三ないし五ノット、幅五、六〇キロといわれるこの巨大な流れは、われわれ日本列島の住民の歴史と生活を、もっとも基底において決定しつづけてきている。このことは、繰りかえし思いたい。われわれが、八重山諸島の最南端から北海道の最北端にいたるまでの島々に住み、その生産文化の内容と形式をきめてきた重要な要素が、古くは沿岸のひとびとから「黒瀬川」という親しみをこめた名称でよばれてきたこの暖流といえる。北上する黒潮の本流は奄美大島あたりでちょうど鉄道が分岐するように左右にわかれ、本土の両岸をつつみこんでいるが、そのもともとの始発駅は、私の勝手な思いこみだが、八重山諸島もそのなかにふくまれる海域ではないか。私どもの旅の目的は、要するにその始発駅付近にゆくことなのである。〉1ノットは時速1,852メートルですから、3ノットないし5ノットという黒潮の流れは、時速6キロから10キロといったところ。人間の歩く速さは時速4キロ~5キロと言われていますから、少し早足という感じでしょうか。いずれにしても、幅50キロから60キロ、日本列島に沿うようにゆっくりと流れていく黒瀬川と呼ばれてきた暖流。その源となる海域で、人々はどんな営みを続け、生活文化を育み、歴史を刻んできたのか。同行するのは、挿絵担当の洋画家、須田 剋太(すだ こくた)氏と連載誌「週刊朝日」編集部のH氏。司馬遼太郎は南の海域に、稲がもたらされた海の道を重ねています。柳田國男の『海上の道』(昭和36年)を援用しつつ、以下のように書いています。〈柳田の『海上の道』によれば、稲は沖縄の島々をつたって本土にきたという。「やヽ奇矯に失した私の民族起原論」と遠慮しつつも、「四面を海で囲まれた国の人としては、今はまたあまりにも海の路を無視し過ぎる」とし、この視点につよい執着を示している。「今は」という言葉には、「騎馬民族説」が世間で盛行しているということへの反発が秘められているといっていい。稲と稲作と稲作による思想が、日本の四百の島々の社会を存立させてきた決定的な要素であることはまぎれもないことだが、これがどういう経路でやってきたかということで、柳田國男が明快にいうように、民族の起源も仄明(ほのあか)るくなるということが言えるかもしれない。稲の故郷は、周知のように華南、東南アジアである。古代、揚子江以南にいた越人とかびん人(引用者注:機種依存文字のため、ここでは平仮名で表記しました。元の字は「門構え」に「虫」)とかというのは、華北の漢民族からみれば風俗といい、言語といい、あるいは体格の小ささといい、どこからみても異民族のあつかいをうけていた。この連中(大ざっぱにいって江南人)が稲をもたらしたであろうという推測はほぼ定説化している。コメという言葉も、江南語に遺(のこ)っているクメとかクミとかを語源とすることも、定説にちかい。〉ここで言及されている江南人の身体的特徴や言語、風俗は沖縄人に通じるものがあるという。その意味で、本書『街道をゆく (6) 沖縄・先島への道』と同シリーズの『街道をゆく(19) 中国・江南のみち』を併せて読んでみるとさらに面白くなるはずです。さて司馬遼太郎は以前、宮古島の老漁師から聞いた――「若いころはね、浜から急いで舟を出すときにでも、籾(もみ)の袋をポンと舟にほうりこんで櫂(かい)で漕(こ)ぎだしたものだ」という話を紹介して、搗(つ)いた米でなく籾であるというのは、ちょっと想像を大きくすれば、万一漂流して無人島に着いた場合、耕作して余命を長らえることを考えてのことだと言えまいか、と、海の道の成り立ちに思いをはせます。さらに『坂の上の雲』を書くために、バルチック艦隊の最初の発見者である宮古島の漁師たちのことを調べていたときに、籾ではなく粟が登場してきたという。漁師たちは石垣島の電信所に報せるべく浜から丸木舟に飛び乗ったとき、周囲が何事かと思うほど急いでいたにもかかわらず、彼は粟を詰めた袋を舟底にほうりこむことを忘れなかった。そこから司馬遼太郎は、「むろん籾も粟も漕いでゆく途中の食糧である。しかし単なる携行食糧だけではなさそうに思える。たとえ単に携行食糧であるとしても、こういう穀物を種子のままで持ってゆけば途中不幸にして漂流漂着する場合、暮らしに役立つ。古い時代から海上生活者がこうしてきたとすれば、稲の島づたいの北上というのは、情景として想像しうる」との思いを胸に石垣島に降り立ちます。きっすいの石垣生まれで、外界に出たのは那覇に行ったことが唯一の経験でありながら、日本各地の方言に通じているタクシー運転手Mさんとの言葉をめぐる会話から石垣探訪が始まりました。〈「・・・お客さんが、わっちとおっしゃったでしょう。だから、東京というより関東のどこかかなと思ったんですよ」「よくわかりますね」「そうでもないです。関東の田舎からきたお客さんを乗せたりすると、言葉がまったくききとれないときがあります」「それは東北のお客さんじゃないですか」と、私が横から口をさしはさんだ。「おなじようなものでしょう?」関東も東北も、という意味である。なるほどはるかに石垣島からみれば関東も東北も地理的には似たようなものかもしれない。「お客さんは関西なまりですね」と、私にいった。「関西弁はうまく聞きわけられるんですよ。これは、沖縄(八重山諸島の人は、那覇および沖縄諸島を沖縄とよぶ)でも、この八重山(石垣島がその主島)でも、おなじです。よくわかります」「ラジオの大阪漫才の影響じゃないですか」「ちがいます。似ているんです。関西弁と、沖縄言葉、八重山言葉は、感じが似ています」と、Mさんはいった。このMさんの感想は、私にはひどくおもしろかった。〉司馬遼太郎は、薩摩出身の作家・海音寺潮五郎の体験話を紹介しています。東京の地下鉄車内でのことです。遠くで声高に薩音(さつおん)を話している人がいた。故郷のものがいると思って懐かしくなった海音寺潮五郎が近寄ってみると、それは薩摩ではなく沖縄の言葉だった、という。司馬遼太郎が薩摩言葉と沖縄言葉とは音の調子が似ていますね、といったら、海音寺潮五郎は――抑揚(イントネーション)が似ていますね、と答えたそうです。〈上方(かみがた)――近畿地方と四国をふくめて――の言葉における抑揚、アクセントといった音(おん)としての調子は、中国地方や北九州ともひどく異なっていて、いわば日本の方言群のなかでは孤立しているにちかい。音の調子が似ているといえばかろうじて鹿児島弁が仲間といっていい。(中略)

 奄美諸島も、琉球(りゅうきゅう)列島も、私が耳でその方言をきいているかぎり、音の調子としては仲間であるといっていい。〉上方と琉球の音の近似性は、歴史や生活文化とも絡み合って興味が尽きません。石垣島をふくむ八重山諸島にとって最寄りの大都会といえば台湾の台北なのです。司馬遼太郎一行がその事実に思い至ったのは、石垣の市場に並んでいた青ネギと赤カブが本土のものより小ぶりだったところからです。「本土にあるものと同じものですか」と聞かれた店番のおばさんは「さ、どうですかね」とあいまいに笑うだけ。「台北にはありますか」と聞き直したら、おばさんは「ありますよ」勢い込んで答えたそうです。八重山諸島にとって那覇は遠く、台湾は近いのだ。商店街の建物もだいたいが簡素なコンクリート造りで、この粗っぽくて白けた感じは台北か、もしくはベトナムのサイゴン(現在のホーチミン)に似ていなくもないと司馬遼太郎は書いています。なにしろ与那国(よなぐに)島は、緯度でいえば台北よりもずっと南に位置しています。そんな遠い、南の海域の言葉と上方の音がどこか似ているというのです。その島々をゆく司馬遼太郎の思索の旅が電子書籍で追体験できるようになりました。11月12日、司馬遼太郎夫人で、司馬遼太郎記念財団名誉理事の福田みどりさんが亡くなりました。産経新聞記者として司馬遼太郎と同僚だった福田さんは結婚・退社後、夫の作家活動を支え、司馬の死後は記念財団の理事長として司馬遼太郎の仕事の顕彰に尽力してきました。私たちがいま、司馬遼太郎が心血を注いだ多くの著作を電子書籍で読めるようになったのも、その結果です。ご冥福を祈ります。(2014/11/14)
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