書籍の詳細

「大学は出たけれど」、新興宗教ブーム、10銭均一売り場……「暗い時代」の明るい日常生活。「十銭均一売り場」に足を運ぶ消費者、女性の地位向上を推進するモダンガール、新興宗教ブーム、就職難にあえぐ学生──。現代社会の原点=戦前を生きた人びとの実像を描き出す一冊。(講談社現代新書)

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戦前昭和の社会 1926-1945のレビュー一覧

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  •  第二次世界大戦が終わって69年の2014年。日本は安倍政権のもとで戦後社会の枠組みを大きく変える道に踏み出しました。その「いま」を読み解くために、戦前昭和をちゃんと見直していくと、示唆に富む新たな「発見」があったとして、注目されている電子書籍があります。講談社現代新書『戦前昭和の社会 1926-1945』です。1926年12月25日大正天皇崩御によって「昭和」へと改元されましたが、元年は1週間だけで、昭和時代は実質的には1927年(昭和2年)に幕開けしたといっていでしょう。この年、4月に鈴木商店が破産、全国で銀行取り付けが激化。昭和恐慌の嵐が吹き荒れ、飢饉もあって東北地方では農家の娘たちが売られていくという悲話が珍しくもない時代でした。そして活路を中国大陸への進出に求めた日本は、1932年(昭和7年)に満州国建国、1937年(昭和12年)には盧溝橋事件を引き起こして中国との全面戦争に突入。さらに1941年(昭和16年)12月8日に真珠湾を奇襲してアメリカとも戦端を開きました。日中戦争の開始から数えて8年もの間続いてようやく1945年(昭和20年)8月15日に終焉の時を迎えた戦争の時代――戦後生まれの私にとって「戦前昭和」のイメージは「暗い時代」でした。ですから、本書の副題に〈「暗い時代」の明るい日常生活〉とあるのをみて、初めちょっとした違和感がありました。戦前の昭和に「明るい日常生活」があった?著者の学習院大学教授、井上寿一氏は「戦前昭和の社会」についてこう書いています。〈電球にはじまり、扇風機、アイロン、コタツなどの家庭電化製品が一般家庭に広まっていた。高価ではあっても、今と変わらない機能の冷蔵庫を手に入れることができた。洗濯機も同様である。新しいメディアのラジオが飛躍的な普及をみせていた。デパートは出店ラッシュだった。売り場には最先端の商品が並んでいる。アメリカ製の家庭電化製品から「一〇銭均一」商品まで、何でもそろう。映画(活動写真)は大衆の最大の娯楽だった。洋画はハリウッド映画である。一番人気はチャップリンだった。このような大衆消費の進展の一方で、社会の格差が拡大していた。鉄筋コンクリート造りの集合住宅(「アパートメント・ハウス」)でモダンな生活を送る人びとがいた。他方でプロレタリア小説が描くように、労働者や農民は苛酷な生活を強いられていた。高学歴エリートの大学生の就職難は、「大学は出たけれど」が流行語になるほどだった。格差是正の期待を担って成立したはずの二大政党制は、党利党略に明け暮れた。テロとクーデタよりも前に、政党政治に対する国民の懐疑の念が強まっていた。国民は政党よりもカリスマ性のある政治指導者が直接、社会を変革することに賭けるようになる。他方で社会の閉塞感は、性的な享楽と醜悪で不可解な事件が頻発する「エロ・グロ・ナンセンス」の風潮を生む。新興宗教が興隆する。〉これに対し、いまの日本を世界でもっとも豊かな国のひとつだとしたうえで、著者は以下のように分析しています。〈家にはあらゆる電化製品があふれている。パソコンの普及率も高い。デパートに行けば、海外の高級ブランド品からファスト・ファッションのカジュアル衣料まで、選り取り見取りである。帰りがけにシネマ・コンプレックスで観る映画は、ハリウッドの大作の3D映像だ。それなのに社会の格差が拡大している。富裕層の暮らすタワーマンションの眼下には、ブルーシートや段ボールの家が立ち並ぶ。非正規雇用の労働者と戦前昭和のプロレタリアが二重写しになる。『蟹工船』ブームの記憶も新しい。大学生は就職氷河期の再来に襲われている。社会の格差を是正すべき政治の動きは鈍い。民主党の自民党化がめだつ。何のための政権交代だったのか。代表民主制に対する国民の不信は深刻である。小泉(純一郎)政権以来、カリスマ性のある政治指導者の待望論が強くなっている。
    政治不信と社会の閉塞状況のなかで、人びとは心のよりどころを求めて、スピリチュアル・ブームがつづいている。パワー・スポット巡りが奇異な目でみられることはない。新興宗教への関心は、たとえば村上春樹『1Q84』、あるいは新興宗教ビジネスを題材にする小説(荻原浩『砂の王国』、篠田節子『仮想儀礼』)が表現している。
    〉戦前昭和と平成の現在の間に見られる類似点をどう考えればいいのか。こうした問題意識から、著者は戦前昭和の社会に関する多種多様な文献を精査し、様々な角度から光をあてていきます。そのキーポイントは――アメリカ化、格差社会、大衆民主主義の3つです。(1)アメリカ化:〈政治・経済・社会・文化のあらゆる分野で、日本のアメリカ化が進む。戦前昭和の二大政党制は、イギリス型ではなくアメリカ型である。政友会対民政党は保守党対労働党ではなく、共和党対民主党と類似している。昭和のデモクラシーはアメリカのデモクラシーがモデルだった。日米の経済的な相互依存関係の進展がアメリカ化を促進する。アメリカは日本にとってもっとも重要な輸出市場だった。他方で日本はアメリカにとって、非欧米の市場において、もっとも安全・有利・確実な投資先となっていく。〉(2)格差社会:〈大企業の役員賞与と一世帯当たり年間個人所得の比率は一九三六(昭和一一)年には二七・九倍だった。戦後の一九五五(昭和三〇)年の一・五倍と比較すれば、格差は一目瞭然である〉(3)大衆民主主義:〈大衆は社会の改革をカリスマ性のある政治指導者に期待するようになる。大衆とカリスマとを直接、結びつけたのはマス・メディアの影響下、大衆が期待したカリスマ性のある政治指導者とは近衛文麿(このえふみまろ)のことだった。近衛は戦前昭和において何度も首相として登場することになる。〉先日、テレビのバラエティ番組が10代から20代前半くらいの若者に対し「日本が戦争をした相手国を知っていますか」というアンケートをしていました。驚くべきことに「アメリカ」という正解を言えたのはひとりだけでした。テレビに映ったのはひとりだけでも、実際にはもっと多くの若者がかつてアメリカと日本が戦争をしたことをちゃんと知っていると思いますが、いずれにしても問題は日本人にとってアメリカとは何か、です。著者は、作家の安岡章太郎の発言を引いて、次のように指摘しています。〈戦時体制下ではあっても、国民を戸惑わせたのは「鬼畜米英」の政治プロパガンダである。昭和戦前期をとおして形成された親米感情は、途絶えることなく、日本社会の底流として存在しつづけた。以下は作家の安岡章太郎(やすおかしょうたろう)の回想である。「『鬼畜米英』という言葉は、軍人や右翼イデオローグたちの造語に過ぎないだろう。戦時中、どこかの奥さんが、捕虜になった米兵を見て『お可哀そうに』と言ったので軍人たちが憤慨したというエピソードがあるくらいで、一般の日本人には、アメリカ人を鬼畜として憎む気持はなかったのではないか。/戦前から私たちは、むしろアメリカ文化に対する羨望の気持の方が強かった」(『歴史読本 臨時増刊』一九九〇年一二月増刊号)。アメリカは日本に最大の戦禍をもたらす。それでも国民の親米感情は消えない。戦時体制が一度はアメリカ化した昭和の社会を作り変えることは、容易ではなかった。〉来年、戦争が終わって日本中が廃墟と化した1945年(昭和20年)8月から70回目の夏を迎えます。なぜ、戦争を始めたのか。そして、廃墟から立ち上がった戦後社会の意味はなにか。その価値とはなにか。戦前と戦後、どこが共通し、どこに差異があるのか。本書を手に、私たち自身の歴史――昭和から平成―を読みなおしてみてはどうでしょうか。(2014/8/29)
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    投稿日:2014年08月29日