書籍の詳細

「不思議物語の伝統は、歴史とともに、古代から脈々と流れていると言ってもよいであろう」(「前口上」)。ポルターガイスト、言葉を話す人形、百鬼夜行、姑獲鳥(うぶめ)など、古今東西の世にも不思議な物語四十九編。著者が最も心ひかれたテーマが満載、軽妙な語り口で、驚きと夢とシンボルの一大宝庫へと読者を誘うエッセイ集!

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東西不思議物語のレビュー一覧

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  • 『悪徳の栄え』に代表されるマルキ・ド・サドの文学を日本に紹介したことでよく知られる澁澤龍彦は、西欧の文化や芸術、宗教に通じた作家として多くの小説やエッセイを残しています。今回紹介する『東西不思議物語』は、「鬼神を使う魔法博士のこと」「肉体から抜け出る魂のこと」「空中浮遊のこと」「女神のいる仙境のこと」などなど古今東西の不思議物語を思いつくまま、気ままに書き綴った新聞連載をまとめたエッセイ集です。著者自身、「もっぱら驚いたり、楽しんだりするために五十篇近い物語を集めた」と前口上に書いているとおり、どのページを開いても「おや、まー、へぇー」と新鮮な驚きがあり、「なるほど、そうだったのか」と感心したり・・・・・・とにかく本を読むことの楽しさを改めて教えてくれると言っても、決して過言ではありません。たとえば、「15 天女の接吻のこと」――。大田南畝の随筆『半日閑話』の「天女降りて男に戯るる事」という項から、何ともユーモラスな奇談を紹介しています。〈松平陸奥守忠宗の家来であった番味孫右衛門という者が、自分の家で昼寝をしていると、天女が空からさっと舞いおりてきて、自分の口を吸ったような気がした。つまり接吻したわけである。目をさまして周囲を見まわしたが、もちろんだれもいない。ずいぶん妙な夢をみたものだな、と孫右衛門は思ったが、武士の身ではあるし、何となく小っぱずかしいので、だれにもいわずにだまっていた。ところが、それからというものは、孫右衛門が何かしゃべるたびに、口からぷーんと良い香りが発するので、みんな不思議に思うようになった。孫右衛門自身も不思議で仕方がない。親しい同僚のなかには、こんなことを言う者もあった。「あなたはじつに身だしなみのよい方ですな。いつでもお口が良い香りです。まるで匂いの玉をふくんでいるかのようだ。まことに奇特なことでござる」〉周囲から好奇と不審の眼差しで見られた孫右衛門、「天女に接吻された夢の顛末」を汗をかきかき告白します。しかし、思いがけない告白を聞かされた同僚たちはまるで狐につままれたような顔をした。というのも、孫右衛門という男、べつに水際立った美男というわけでもなく、どこといって天女に好かれそうなところのない、ごく平凡な男にすぎなかったからなのですが、結局、孫右衛門の口中の香りは一生涯消えることはなかったという話で、澁澤龍彦は、男であるならば、孫右衛門のような経験をしてみたいとだれしも思うだろうと軽くしめたうえで、江戸時代のエピソードからヨーロッパの「キリストやマリアの接吻をうけたという話」へと連想し、彼我の差異を発見します。日本ではこの種の話に宗教的な色彩はまったくないが、ヨーロッパに目を転じると、そこでは必ず宗教的な恍惚感の体験が結びついているというわけです。〈性的オルガスムスと見分けがつかないような、強烈な恍惚感である。〉ジュール・ボワ著『悪魔礼拝と魔術』(1896年刊)によれば、キリストの接吻をうけた娘が恍惚となって口中から甘いシロップやボンボンを吐き出す様が目撃されているという。19世紀末の革表紙の古本を書棚から引っ張り出した澁澤龍彦は東西文化の興味深い差異――西欧の不思議物語では単なる心理や生理の錯覚ではなく、シロップやボンボンのような物質が現れてくる――を発見して「とても科学では説明できない奇怪な話」と締めくくっているのです。49の不思議な物語を紡ぐ澁澤龍彦の豊かな発想力が魅力です。(2012/1/27)
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    投稿日:2012年01月27日