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興業関係のプロダクションを経営する私は、ある日大きな企画を思い立ち、Kデパートの事業企画部長の知人を訪ねてそれを売り込んだ。フランスの「五月革命ポスター展」を催事として開催しようというもの。知人は話に乗り、旅費まで用立ててくれた。私は苦労の末にパリに潜り込み、活動中の学生たちに掛け合うが協力を得られない。たまたまデモ活動に巻き込まれて負傷した私は、仲間と勘違いされてポスターを入手しかけるが……。

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残酷な五月の朝に 【五木寛之ノベリスク】のレビュー一覧

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  • 「1968年」が内外で注目を集めています。1968年――フランス、アメリカ、そして日本と世界各国で学生の反乱が大きなうねりをまきおこし、自由を求めて立ち上がったチェコスロバキアの市民に対してソ連軍が軍事侵攻によって制圧をはかる事態に至りました。この1968年こそ1989年11月のベルリンの壁崩壊、1991年のソ連の崩壊を経て東西冷戦構造の終焉に至る戦後世界の大転換が始まった年だったというわけですが、1960年代末、五木寛之はすぐれた時代感覚によって同時代に進行している出来事の意味を感じとり、半世紀後の議論を先取りしたかのような小品を発表しています。『残酷な五月の朝に』です。タイトルの「五月」とは1968年の5月を意味しており、物語の舞台はパリの大学町カルチェ・ラタン。反ドゴール(大統領)を掲げた学生の反乱は「5月革命」といわれ、世界各地で激化していた学生運動に対して大きな影響を与えました。当時30代後半の五木寛之は、5月革命を担った美術学生たちが制作した大量のポスターに強い印象を持ったようです。『残酷な五月の朝に』は、5月革命を何よりもよく表現したポスターに触発されて、日本の百貨店の催事として5月革命ポスター展を企画した男の物語です。男の名前は北森圭司。学生運動あがりで、いくつもの職業を転々とした末に30歳の夏に独立した。イベントの構成から広告代理店の真似事まで何でもやる企画事務所で、自嘲気味に「マスコミやくざ」といってはいるが、どこか熱い思いを捨てきれない・・・・・。そんな男が雑誌で偶然目にした5月革命のポスター――鼻の大きな、誰が見てもドゴール将軍とわかる横顔の男が、パンツ一枚で天を指して立っている漫画。タンクを手の上に乗せたヒットラーのシルエット。銃剣と軍靴をあしらった三色旗。黒一色の地に、男の片手が白く浮き上がって、NON!という字を描いているもの。そこに描かれたスローガンやコピーはさらに刺激的、「自由の敵に自由を許すな」「舗石をはぐとその下は砂漠だ」「禁止することを禁止する」とウィットに富んでいる。北森は60年安保時代の仲間というか、共闘組織内のライバル関係だった西尾律雄を大手のKデパート新宿店の事業企画部に訪ねる。西尾は事業企画部長であると同時に、私鉄、ホテル、不動産会社を傘下に持つKコンツェルン創業者の孫という立場にあった。北森は反ドゴールのポスターの写真を西尾に差し出す。〈「パリ五月革命ポスター展、とうのはどうかね。まだ催涙弾の匂いがしみ込んでいるようなとれとれのを並べて、この新宿店でやれば、爆発的に受けるぞ。ジャーナリズムだって大騒ぎするだろう。京都あたりから仏さんを借りてきて下らん展覧会なんかやるのは、日本橋あたりの大デパートにまかせといたらどうだ。え?」「パリ五月革命ポスター展、か」西尾は変に沈んだ声で独り言のように呟いた。「パリの屋根の下セーヌは燃える、とでもうたうかね」「自由をわれらに、のほうがいい」と、私は言った。「キューバ革命写真展じゃ駄目だが、パリならいける」〉西武百貨店などセゾングループを築いた堤清二氏(作家・辻井喬)を想起させるかのような西尾律雄は、北森の申し入れをその場で受け入れ、費用100万円を用意する。パリに飛んだ北森は、やはり西尾が紹介した通訳兼案内役の留学生・水沢暁子が予約しておいた小さいホテルにチェックイン。水沢を案内役に学生たちへの接触を始めます。ゼネスト前夜のような緊迫状況のなかでポスター集めに奔走する北森。「おれは五月革命に関心があるのではない。それを材料にして一つの催し物を東京で行うこと、そしてなにがしかの金を手に入れ、事務所の家賃と女事務員の給料を払うのだ。それだけだ」と割り切って、ウソも方便でポスターを手に入れようと考えていた北森のなかで、なにかが変わり始めます。なぜ西尾はあっさりと企画に乗ったのか。「パリ五月革命ポスター展か」と呟いた、変に沈んだ声。西尾には商売を離れた何かがあるのか? 西尾は水沢暁子を妹の友人といっていたが、学校の友だちというわけではないらしい?そして何よりも水沢を介して知り合うことになったパリの学生たちの「革命」への熱い思いに触れた北森は「ビジネス」との割り切りと自分の気持ちの折り合いをどうつけるのか。五木寛之は、男が見た夢の物語をこう終わらせます。〈おれを酔わせた五月の光は、もう二度とこれからのおれの人生に射すことはないだろう、と私は考えながら、女の優しい翳(かげ)りに手をおいた。外ではまたあの重い戦車の地響きがきこえていた。カーテンを引いた室内は薄暗かった。なぜか日暮れのように感じられる奇妙な五月の朝だった。〉若き五木寛之の傑作短篇を堪能してください。(2013/4/26)
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    投稿日:2013年04月26日