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三面記事小説

「私は殺人を依頼しました。恋人の妻を殺してほしいと頼みました…」誰もが滑り落ちるかもしれない、三面記事の向こうの世界。なぜ、姉夫婦の家は不気味な要塞のようになってしまったのか?家出少年を軟禁する主婦の異常な執着心。「死んでしまえ」と担任の給食に薬物を混ぜる女子生徒。平穏な日常が音をたてて崩れてゆく瞬間のリアルな肌触り、追いつめられていく様子。現実の三面記事に書かれた、いわくありげな事件から著者が幻視した、6つの短篇。

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新聞の社会面にはさまざまな事件を報じるベタ記事と呼ばれる小さな記事が載っています。――区画整理による発覚を恐れて26年前に小学校女性教員を殺害して自宅床下に埋めたと自首した68歳の男、不倫相手の妻の殺害を闇サイトで依頼したとして逮捕された女性、16歳の男子高校生を自宅に誘い、みだらな行為を繰り返していたとして逮捕された38歳の女性、担任教師の給食に薬物を混ぜた女子中学生、介護疲れから86歳の母親を殺害した容疑で逮捕された54歳の長男・・・・・・10行ほどで語られる「事件」が起きるまでにはなにがあったのか。どんな人間関係が背後にあったのか。新聞が伝えない事件の隠された事実を掘り起こし、被害者、関係者の証言を集めることによって「事件」を再構築したノンフィクション作品は少なくありません。しかし、『対岸の彼女』で直木賞を受賞した作家・角田光代は事実を積み重ねることによってではなく、「事件」を幻視することによって、「事件の真相」に光をあてようと試みました。ストレートなタイトルをつけられた短篇集『三面記事小説』の6篇はすべて、ベタ記事として新聞報道された実話を出発点に紡ぎ出されたフィクションです。なにが人を殺人に向かわせ、踏み切らせるのか。数行で語られた三面記事の先に、角田光代は人間の業を、現代のリアルを描き出していきます。なかでも『赤い筆箱』は、ホラー短篇の色彩を帯びて出色です。端緒となった記事の見出しは「中一女子殺される/自室で勉強中/男が押し入り」というもの。そして記事本文がこう続きます。「五日午前六時五十分ごろ、県職員A方に若い男が押し入り、期末テストの勉強をしていた二女(市立中一年)に襲いかかり、包丁ようのもので胸など二カ所を刺した。男はそのまま逃走、警察が殺人事件として捜査している。隣の部屋にいた長女(私立高一年)が二女の悲鳴に驚いて駆けつけると、二女が倒れていたという」この三面記事を拾い上げた角田光代は、『赤い筆箱』をこう書き始めます。〈美智(みち)は赤、奈緒(なお)は青。それはもう生まれたときから決まっている。ピンクやオレンジは美智、グリーンや黄は奈緒。スカートは美智、パンツは奈緒。リカちゃん人形は共有だけれど、美智が独り占めすると奈緒にはあたらしい何かが与えられる。野球グローブとか、サッカーボールとか。その奈緒が、赤いパジャマを着ているのを美智は不思議な思いで眺める。パジャマを染めているのがほとばしる鮮血のようには美智にはどうしても思えない。てらてらと赤黒く光る特別な染料で染められた布地にしか見えない。〉赤を与えられた長女と青を与えられた次女。スカートの長女、パンツの次女。名門の私立高校に通う長女と明るく育ってきた次女――対照的な二人の姉妹の間になにが隠されてきたのか。なにが起きていたのか。話題作『八日目の蝉』で「正しい常識」の枠を超えた「母性」に生きた女の生き方をつきつけた作家の研ぎすまされた感性、ヒトを見据える想像力が描き出す、現代のリアルの怖さ。事実を超えるフィクション故の迫力に一気読みしてしまいました。(2012/2/3)
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