書籍の詳細

Kiss本誌で大人気連載中のエッセイ(写真と爆笑イラスト付き)、初の単行本。大好きだったポルトガルを離れ、夫の待つシカゴへ引っ越したヤマザキさんとデルスくん。引越しのゴタゴタから、シカゴでの想像を超えた出来事の数々を、ヤマザキさんのイラストと写真とともにお送りします!

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SWEET HOME CHICAGOのレビュー一覧

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  •  映画「テルマエ・ロマエ」の大ヒット、原作漫画のベストセラー化で生活が一変したヤマザキマリさんがイタリア人の夫ベッピーノ、大学進学を控えた息子デルスとの生活を綴ったエッセイ集『SWEET HOME CHICAGO(スイートホームシカゴ)』。ポルトガルの首都リスボンからアメリカのシカゴ大学で学位を目指して学ぶ夫の元への引っ越し、住宅探しの第1巻、お風呂漫画が映画化されて東奔西走のヤマザキマリさん、シカゴに残された夫と息子の日々の第2巻、そしてテルマエ・ロマエ・ブームによる生活一変、夫の故郷イタリアへの帰郷の第3巻がありますが、今回は第3巻を中心に紹介します。どの巻もウィットに富んだ文章だけでなく、ヤマザキマリの1ページ漫画風イラストや写真が随所に織り込まれていて楽しめます。そもそもイタリア人とどうして結婚することになったのか。結婚10周年の記念日10月31日を迎えたヤマザキマリさん、その熱烈な求愛ぶりをこんな風に明かしています。〈旦那が子持ちのシングルマザーだった私に結婚を申し込んだ10年前、彼の年齢は21歳。まだ大学生でした。今思うと、なんと無謀な決意をこの青年はしたのでしょうか。結婚の決意を彼の両親に告げたとき、もともと私のことをよく知っていた義母も義父もそれぞれ全く違うリアクションをしたのが印象的でした。まず義父は大声で笑い出し、義母はその隣で両手で顔を覆って「わあっ」と大泣きを始めたのです。旦那はそんな自分の母に「嬉しいからって、そんなにむせび泣かないでよ」と言葉を掛けていましたが、私には正直単なるショックの嗚咽にしか見えませんでした。自分の溺愛する息子が、14歳も年上の、しかも子持ちの女と結婚を決意したのですからまあ、驚かない親はいないでしょうね。私の息子も今18歳ですが、3年後に14歳年上の子持ち女と結婚を決意したと告げられたら、自分のことなどすっかり忘却して私も義母のように「わあっ」と両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまうもしれません。〉ヤマザキマリの人気漫画『モーレツ!イタリア家族』そのままのイタリア家族に生まれ育った、家族優先主義の21歳は、子持ちの年上女にとにかく一途、まっしぐらでした。〈しかし、あのときの旦那は私と一緒になることに何ひとつ不安や揺らぐものを抱いていませんでした。「この広い世界、古代ローマやルネッサンスの話をここまで楽しくできるのは君しかいないんだ!」といった内容の分厚いお手紙が、初めて会ったときから毎日のように私に送られてくるようになり、中には「あなたです」なんていうキャプションまで付いたギリシャの女神像の写真まで同封されてくることもありました。私ははっきり言って息子の父親(実質この人とは一度も結婚はしていませんが)と苦渋に満ち満ちた怒濤の10年間を過ごしてきたお陰で、はっきり言ってもう一生男子とは付き合わないと心に決めていたのですが、この日々猛烈で強烈なお手紙大作戦がそれはもう刺激的で、こんな人と一緒に暮らしたら結構毎日面白いんじゃないかという変な期待や予感を感じるようになったのです。その後に旦那は恋煩(こいわずら)いで入院し(ウソみたいですが)、無菌室から掛かってきた国際電話のプロポーズを二つ返事で受け入れました。そうしないとこの人はこのまま死んでしまうんじゃないかと思ったからです。(中略)こんな旦那と一緒になったお陰で「テルマエ・ロマエ」という漫画も生み出す顛末になった私の運命ですが、このまま、またあっという間に次の10年も過ぎていくのかもしれません…。〉彼の留学先だったエジプトのカイロで結婚式を行い、その後家族でシリアに引っ越して、次にポルトガルで暮らし、そしてシカゴへ。その間、『テルマエ・ロマエ』の大ヒットがあって、ヤマザキマリさんは日本とシカゴを行ったり来たりの生活……あわただしく、ぼんやりが許されなかった10年間だったと述懐するヤマザキマリさんですが、過去4年間、実家の両親に家族全員が一緒にいる状態を見せていません。これは家族を大事にするイタリア人の旦那にとっては大きなルール違反だということで、今年はなんとしてでもイタリアに帰る時間を作るようにと前年から厳命されたヤマザキマリさん。〈なので私もそのつもりで仕事を進め、大切な猫のベレンを夫の親友であるシカゴ大学の教授カップル(ゲイ)に預け、イタリア行きの飛行機に乗り込む運びとなったのでした。〉愛猫の預け先にゲイの教授カップルが登場してくるところなど、現代アメリカ社会の文化状況をさりげなく切り取っていくヤマザキマリさんの感性がこのエッセイの魅力のひとつになっています。さて、シカゴから15時間のフライトの後、ヴェネチア空港に降り立ったヤマザキマリさん一家を舅(しゅうと)と姑(しゅうとめ)が出迎えるシーン――。〈姑はつい2ヵ月前、私が「テルマエ・ロマエ」の映画上映に伴って日本に長期滞在していた期間、はるばるシカゴまでやってきて1ヵ月近く滞在していたはずなのですが、夫のベッピを見るなり「やっと会えたわねっ!」と2ヵ月ぶりの息子との再会に涙ぐんでいます。私も彼女とは昨年、イタリアで行われた漫画の祭典で会っていたので珍しい気がしませんが、空港での再会というのは必要以上にドラマチックな感情にするようです。(中略)そんな彼らに出迎えられた久々のイタリアですが、さっそく私は自分が世界中の人々が羨望するところの美しく深みのあるイタリアではなく、漫画「モーレツ!イタリア家族」に描いた極めて異質のイタリアへやってきたという自覚を、彼らが乗ってきた車を見て痛感することになりました。30年前のシトロエン社の白い2CV。内装の合皮のシートは破れ、中から薄汚れて変色したスポンジがべろんべろんにはみ出しています。しかもボディはそれがまるで模様でもあるかのように、全体がトリのウンチで満遍なく覆われているではないですか。どこからどうみてもそれは田舎の空き地に置き去りにされた廃車以外の何物でもなく、現役で使われている動く自動車にはまるで見えないのです。〉さしもの夫も「何だよ、これっ!! なぜいつも乗っているBMWで迎えにきてくれなかったのさ!?」と表情を固まらせたとありますから、衝撃的なクルマだったことはまちがいありません。メンテナンスさえしっかりしていれば、この歴史に残る名車は十分素晴らしいアンティークにだってなり得るはず――とヤマザキマリさんはため息交じり風に書いているのですが、ともあれこのシトロエンの名車をめぐる舅と姑の対応、これがまたメチャクチャというか、ああイタリア家族というか面白い!引用します。〈「仕方無いんだよ・・・駐車場の天井にツバメの大家族が巣を沢山作ってしまって、それを取るわけにいかないから・・・」と小さな声でささやく舅。それに対して、「わたしはツバメの巣なんか箒で取ってしまえと言ったのに!」と声を荒げる姑。実家に到着する前から、既にこれから我々を待っているであろう壮絶なイタリア家族との滞在が垣間見える、そんな一場面です。〉実家――緑あふれる美しいヴェネト州の景色の中を、ボコボコの2CVで走り抜け、1時間後に到着したなつかしのアントニオ作・巨大「ビックリハウス」。〈アントニオの言っていた通り、エントランス横の駐車場の天井には無数のツバメが飛び交い、彼らが頑張って作った巣が梁のあちらこちらにくっついています。あまりにその様子が馴染んでいて、最初からツバメがそこで家族を育むであろうことを想定していたのじゃないかと思える程、何の不自然さも感じません。生き生きとしたツバメ達を見ていると、人間と動物の共存という(たとえそれが食用目的であっても)、このイタリア家族の暗黙のポリシーが彼らにもしっかりと伝わっているのだと気がしました。〉本当に忙しい人間の一人になってしまったと自覚したヤマザキマリさん。日本とイタリアの狭間で人知れず苦闘しているようです。〈漫画家がいつも白い原稿用紙を前に締め切りにおびえている。数日徹夜なんてのも当たり前。これはもう、どんな日本人でも知っている、漫画家という人間の生(い)き様(ざま)なわけです。ところが、この忙しい漫画家という仕事は、キリスト教に根ざした人道的モラルが浸透しているイタリアの国民にとって、恐らく世の中で最も理解できない職種の一つかもしれません。かもしれません、ではなく、実際そうなのです。天地を創造された神は家族愛を提唱し、そしてどんなに仕事が忙しくても7日目を休息日としましたが、それを尊重できない生き方というのはあってはいけないのです。欧米で度々日本人が働き過ぎだと話題にされるのは、多分その見解の違いによるものだと思われます。この人達の前でキリストの教えにはない時間の使い方をすると、それは一種のスキャンダルになってしまうわけです。〉ヤマザキマリさんは家族でイタリアに移ることにしました。もっとも大学に進学する息子デルスはアメリカに残りますから、夫と二人でイタリアでの生活を始めるということです。安息日無縁の忙しすぎる漫画家と100%カソリックのイタリア家族の“明日”。楽しみにしています。(2014/11/21)
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    投稿日:2014年11月21日