書籍の詳細

貧しい暮らしから首相に登りつめ、「今太閤」と呼ばれた男・田中角栄。政財界に巨大な影響力もつ巨大な人脈と金脈はどのような経緯で得られたのか?田中角栄の根深い金権腐敗を、膨大なデータをもとに追及、時の首相を退陣に追い込んだジャーナリズムの金字塔的作品を初電子書籍化。不動産の登記簿謄本など膨大な資料を洗い直して、その核心部分を増補・収録!

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田中角栄研究 全記録のレビュー一覧

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  •  その時の衝撃はいまもはっきりした記憶として私の脳裏に刻み込まれています。
     1974(昭和49)年10月10日。その日発売された雑誌『文藝春秋』11月号に発表された、時の総理・田中角栄に関する二つのレポート──立花隆さんによる「田中角栄研究──その金脈と人脈」と児玉隆也さん(1975年5月死去)による「淋しき越山会の女王~もう一つの田中角栄論~」を目にしたときの、衝撃です。
     当時、私は駆け出しの週刊誌編集者。2年前の7月、日比谷公会堂で行われた自民党臨時党大会の決選投票で福田赳夫を破って総裁の座についた田中角栄は「今太閤」「庶民宰相」ともてはやされ、日本列島改造論を掲げてまさに飛ぶ鳥落とす勢いでした。その田中角栄の金づくりの詳細を徹底したデータの集積、緻密な分析とそれに基づく論理的な詰めによって解明した立花レポートと、田中角栄の金庫番かつ愛人の一人として裏舞台に君臨した佐藤昭の存在を明らかにした児玉レポート。この二つのレポートによって時の総理、田中角栄は失脚へと追い込まれていくわけで、戦後日本のジャーナリズムの金字塔といっていい超弩級のスクープでした。
     立花隆さんはその後も田中角栄の追究を続け、上下2巻の『田中角栄研究全記録』にまとめます。田中金脈追及に始まってロッキード事件による田中逮捕に至るまで、戦後日本の政治・経済・社会を一変させた「田中角栄」という存在を徹底的に追究した記録ですが、そのすべてがこのほど「電子書籍版立花隆全集」の第1弾として電子書籍リリースされました。しかも紙の書籍の内容を忠実に再現するだけでなく、紙の書籍にはない生(ナマ)の核心的資料、データ類が巻末資料として増補され、オリジナル編集の電子書籍版となったのが本書です。
     増補の一例が、田中角栄系の企業が免許を喪失しているにもかかわらず、土地取引を行っていたことを示す登記簿謄本です。
    〈私たちは、新星企業がつい最近も土地取引をおこなっている事実を知っている〉
     紙の本では立花隆さんは証拠の存在をわずか35文字の1行で匂わせていました。しかし、今回電子書籍化に際して、1974年から37年の間立花隆事務所の地下室に保管されていた大量のダンボール箱から貴重な原資料、記録類が発掘され、スキャンされてナマのそのままの姿で収録されました(上巻373ページ~403ページ、下巻383ページ~386ページ「増補資料編」)。画像方式の電子書籍だからこそ可能となった新しい編集手法です。日焼けして一部変色もみられますが、それも含めてナマ資料だけが持つ迫力、面白さがあります。
     そしてもう一つ、10月に発売された『文藝春秋』11月号に「田中角栄の恋文」と題するレポートが掲載されました。最後に愛した女性──佐藤昭に宛てた田中角栄の未公開書簡が発見されて、娘の佐藤あつ子さんによって公表されたのですが、これに解説をつけたのが立花隆さんです。立花さんによれば、今回明るみに出た佐藤昭への書簡を読み直していくと、37年前の角栄研究の時にはまだ見えてこなかった背後の関係性がわかってくるという。
    『文藝春秋』1974年11月号に始まる本書『電子書籍版 田中角栄研究全記録』と同じ『文藝春秋』2011年11月号の「田中角栄の恋文」を合わせてお読みください。37年の時をへだてて「田中角栄」なるものの真相がまたひとつ明らかになってくるはずです。

     なお、上述の「文藝春秋」掲載の「田中角栄の恋文」をきっかけに、佐藤あつ子さんは2012年3月、『昭 田中角栄と生きた女』(講談社)を出版。6月に配信が始まり、電子書籍で読めるようになっています。また、立花隆さんの『田中角栄研究全記録』は、今回取り上げた原資料増補の画像版とは別に、2017年10月27日から講談社文庫版を底本に電子化されたリフロー版の配信も始まっています。
    (2011/11/18、2017/3/5追補)
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    投稿日:2011年11月18日