書籍の詳細

「若者がモノを買わない」時代、唯一旺盛な消費欲を示しているのがヤンキー層だ。だが、ヤンキーとはいっても鉄パイプ片手に暴れ回る不良文化は今は昔、現在の主流はファッションも精神もマイルドな新ヤンキーである。本書では密着取材とヒアリング調査により、「悪羅悪羅(オラオラ)系残存ヤンキー」「ダラダラ系地元族」に分化した現代のマイルドヤンキー像を徹底解明。「給料が上がっても絶対地元を離れたくない」「家を建ててはじめて一人前」「スポーツカーより仲間と乗れるミニバンが最高」など、今後の経済を担う層の消費動向がわかる一冊。

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ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体のレビュー一覧

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  • 「バカッター騒動」「ミニバンで弾丸ドライブ」なぜ彼らは楽しそうなのか?
    1970年代から使われ始め、1980年代に世に広まった俗語に「ヤンキー」がある。古くは「不良」、そして「ツッパリ」などとも呼ばれ、反社会的な言動やリーゼントに金髪、暴走族などのキーワードでイメージされる若者たちを指す言葉だ。現代の日本ではかつての典型的なヤンキーは「絶滅危惧種」になっているが、その延長線上にある「マイルドヤンキー」と呼ぶべき層が一定のボリュームをもって存在すると、本書は指摘する。本書では著者がリーダーを務める博報堂ブランドデザイン若者研究所による独自調査をもとに、そのマイルドヤンキーの行動様式、消費行動を分析。地元の人間関係や生活基盤を維持することを重視し、現代の若者の平均よりも購買意欲が高い彼らの存在を意識したマーケティングを、具体的なプランも含めて提案している。
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    投稿日:2014年11月14日
  •  本書の書き出しを目にして、思わず「そういえば」とうなずいていました。〈最近、「『ヤンキー』を街で見かけなくなったなあ」と思っている方はいませんか? 今、日本全国で「ヤンキー」が減っているのです。ヤンキーと言えば、一般的には「自販機やコンビニの前でウンコ座りする怖い不良」「反社会的な言動」「金髪」「ツッパリ」「リーゼント」「パンチパーマ」「ボンタン」「シンナー」「暴走族」「改造車」「改造バイク」などをイメージされるかもしれませんし、最近の言葉では「DQN(ドキュン)」「悪羅悪羅(オラオラ)系」「タトゥー(刺青)」といったワードが思い浮かぶ方もいるでしょう。関連語として、チームでつるむ「チーマー」、ヒップホップ文化における「ギャングスタ」、チームカラーが設定された「カラーギャング」、ヤクザの予備軍を指す「輩」、関東連合の事件などで話題になった「半グレ(暴力団ほど明確な組織・拠点のない犯罪集団)」を想像する方もいらっしゃるかもしれません。(中略)そうして一般に広まっていったヤンキーは、漫画やドラマなどのエンタメコンテンツにもよく登場する存在でした。漫画『ビー・バップ・ハイスクール』(きうちかずひろ作・「週刊ヤングマガジン」に83~0年連載)は、たび重なる映画化によって1980年代における〝不良〟〝ヤンキー〟像を確立しました。また、漫画『ろくでなしBLUES』(森田まさのり作・「週刊少年ジャンプ」に88~97年連載)も、80年代末から90年代にかけて同様の役割を果たしています。ほかにも、ヤンキーをフィーチャーしたフィクションはたくさんあります。漫画では『スケバン刑事』『湘南爆走族』『ホットロード』『ヤンキー烈風隊』『今日から俺は!!』『湘南純愛組!』『ROOKIES』『クローズ』『ドロップ』(以上、ドラマ化・映画化・アニメ化されたもの多数)、ドラマでは『スクール☆ウォーズ』『積木くずし』『不良少女とよばれて』『はいすくーる落書』など。ざっと思いつくだけでも、枚挙にいとまがありません〉博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーの原田陽平さんは、この3月に出版した著書『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』で、数々のメディアを彩り、多くの作品で描かれてきた「ヤンキー」が時代を経て、ヤンキー1.0→2.0、そして3.0へと変化を遂げてきたことを、実証的に明らかにしてくれました。いまやゼロ年代のヤンキー3.0が時代の主役としてプレゼンスを高めており、かつて仲村トオルがデビュー作「ビー・バップ・ハイスクール」で演じた「ヤンキー」スタイル――リーゼント、ボンタンに代表されるヤンキー1.0は街角から姿を消してしまってもうずいぶん時間がたっているのだということを本書に教えられ、目からウロコの思いです。言われてみれば、確かにいつの間に駅やコンビニの駐車場などにその姿を見かけることがなくなっていました。となると、当然気になるのは新しく登場してきたヤンキー3.0です。著者の原田さんは、自らがリーダーとなって様々な調査や研究活動を行っている博報堂ブランドデザイン若者研究所の現場研究員(多くは首都圏の難関大学の現役大学生)を動員してゼロ年代ヤンキーの実態調査を行いました。その研究プロジェクトの成果が本書というわけですが、原田さんはゼロ年代のヤンキーを「マイルドヤンキー」と名づけています。〈マイルドヤンキーを簡単に説明するなら、「上『京』志向がなく、地元で強固な人間関係と生活基盤を構築し、地元から出たがらない若者たち」のことです。かつてのヤンキーにも地元志向はあったと思います。地元の悪い友達──たとえば同じ中学の不良友達など──とつるみ、地元での縄張り意識を持ち、結婚してからの家族・友人関係も徹底して地元で育み、地元友達と家族ぐるみで付き合う。地元のお祭りで、ヤンキーや元ヤンの若者たちが気勢を上げているのを見かけたことがある方もいると思いますが、まさにあのようなイメージです。ただ、昔のヤンキーは地元志向を持ちつつも、心のなかでは上京・上昇志向を持っていた人も多かったように思います。本当は東京でビッグになりたいけれど、いたしかたなく地元にいる。一部の自信と行動力のある人間は、矢沢永吉の著作『成りあがり──矢沢永吉激論集(*4)』(小学館・1978年刊行)のように、一旗揚げようと実際に都会へ行き、一方で大多数は密かに上京志向を持ちながらも地元にこもっていたのではないでしょうか。だから、地元に残るヤンキーは、「地元から出ようにも出られない奴」と、言わば負け組のような扱いを受けたケースもあったかもしれませんし、上京した若者をひがむ人もいたことでしょう。しかし、今は「東京か田舎か」といった単純な二項対立は成立しなくなっています。なぜなら、マイルドヤンキーの彼らは、「地元を出たくても出られない」のではなく、「絶対に地元を出たくない」からです。彼らが大事にしているのは、生まれ育った土地に根ざした同年代の友人たちと、そこで育まれてきた絆意識、家族と地域を基盤とした毎日の平穏な生活。それこそが、彼らにとって最も価値のあるものなのです。地縁を大切にするという非常に保守的な、まるで戦前の日本にでも立ち返ったようなコンサバティブな意識、マイルドヤンキーとは、かつてのヤンキーとはまた違う「新保守層」と呼ぶこともできましょう〉東京志向がなく、あくまでも地元に執着し、そこにこそ生きがいを見いだした心穏やかなヤンキー。著書のタイトル『成りあがり』どおりに都会へ出て一旗揚げた矢沢永吉とは真逆のゼロ年代マイルドヤンキーの典型例として、著者は東京都下に住む20歳前後の地元族をあげています。生まれ育った東京練馬区の南西部にある石神井(しゃくじい)という地域に住んでいる男女十数名ほどの集団で、皆、中学校時代からの同級生です。校区が同じなので住んでいる場所も近く、大半が実家暮らし。ちなみに石神井という土地は、西武池袋線の石神井公園駅と西武新宿線の上石神井駅に挟まれたエリアで、石神井公園駅から池袋駅までは急行で約9分、上石神井駅から西武新宿駅までは急行で約16分、一般道で約13キロ、20分ほどの距離です。どう考えても都心からはかなり近いエリアです。それなのに、彼らは石神井エリアにとどまります。著者はメンバーの一人、ケンタロウを例にその感覚をこう指摘しています。ケンタロウは居酒屋チェーンの社員として新宿歌舞伎町の店舗に勤めています。〈彼ははっきりと「歌舞伎町は嫌だ。練馬の店に戻りたい」と言っています。かつてのヤンキーなら、歌舞町への異動であれば、上昇感を覚えたかもしれません。彼の言う地元とは東京都や練馬区のことではなく、石神井のことです。電車で16分の新宿や9分の池袋を、彼らは「地元」とは考えていません。 (中略)私からすれば、「同じ東京だし、それほど距離も離れていないのに・・・・・・」と思うのですが、彼らマイルドヤンキーたちにとって「地元」とはせいぜい家から5km四方の範囲。一般的な中学校の校区よりちょっと広いくらいです。それより外は「外部」であり、あらゆる努力を払って、住み慣れた5km圏内で生活を完結させたいと思っているのです〉地元で自足するヤンキー3.0の新たな消費生活から目を離せません。(2014/4/11)
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    投稿日:2014年04月11日