書籍の詳細

女にもてない「私」がようやく女とめぐりあい、相思相愛になった。しかし、「私」の生来の暴言、暴力によって、女との同棲生活は甘いどころか、どんどん緊張をはらんだものになっていく。金策に駆け回り、疎遠な友をたずね、断られれば激昂し…金をめぐる女との掛け合いが絶妙な表題作に、ぬいぐるみを溺愛する女との関係を描く「焼却炉行き赤ん坊」を併録。爆笑を誘うほどに悲惨な、二つのよるべない魂の彷徨。新しい私小説がここから始まる。

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小銭をかぞえるのレビュー一覧

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  • ちょうど1年前の2011年1月、第144回芥川賞受賞の記者会見で「そろそろ風俗に行こうかなと思っていた」と発言して、一躍時の人となった西村賢太が初めて芥川賞候補(第138回)となったのが本書表題作『小銭をかぞえる』で、初出は「文学界」2007年11月号。藤沢清造という作家の全集を出すことに執着する男の借銭にあがく姿に著者自身が投影された私小説。あられもない金策に奔走する男には卑屈さと厚かましさが同居している。その行き場のない感情が噴出する同棲する女との諍い――出前ピザに支払う金がなく、女が茶葉の空き缶にためた五円や十円の硬貨をフローリングの床にぶちまけるシーン。〈おそらくは百円単位ずつに積んでいるのであろう、ひとつまみ分にした硬貨を何か必死な感じで床に並べている姿を、私はひたすら苦々しい思いで眺めていたが、ふいとそんな彼女に妙ないじらしさみたいなものを覚えてしまうと、突如猫撫で声を上げて背後から力一杯抱きしめてやりたい衝動にも駆られてくる。だが、指先を狂わせた女が、積んだジャラ銭の小山をガチャリと崩すと、この、一瞬の耳ざわりな音がわけもなく私の神経に突き刺さり、再度癇をたかぶらせてもくるのだ。(中略)「――薄みっともねえな。これでこの家じゃ、出前の代金を全部ジャラ銭で払ってくるとの評判が立ってしまうなあ。珍妙な格好をした若づくりのおばさんがよ、十円玉抱えて出てきますってな。おまえのおかげで、ここもすっかり変わり者の巣窟扱いにされちまうよ」〉意地悪い言葉を女は聞こえぬふりをし、無視をする。癪にさわった男はさらに悪罵を投げつける。〈「――おい、その臭せえのは、おまえが全部食えよ。もし残して、そんなものを明日のぼくの昼食なんかに出してきたら、その瞬間に張りとばすからね。それで警察呼びたきゃ、呼んでみろ。どうで呼ぶんならもう面倒だからよ、お巡りが来るまでにはおまえを殴り殺しといてやるから」「・・・・・・」「馬鹿が。なら一生聞こえねえフリをしてろい。えらそうに澄ましてやがると、卵巣を蹴潰してやるぞ」「・・・・・・」「そうだ、それからよ、明日は糞がしたくなったらどこか外へ行って、公園の便所とかで済ませてくれよな。僕の家の後架に、そんな臭せえ食い物が更に悪化したやつをひり出されるのは、随分と迷惑なことだからなあ。これだけは、くれぐれも頼んでおくぜ」〉言い放って4畳半の自室に移動して一人になった途端、男の内部である感情が噴出する。涙を浮かべてジャラ銭を漁っていた女の惨めであさましい姿に、自分自身のケチな稟性、歪んだ性根を図らずも見てしまったような寂しさが、女への憫情となって現れてくる。芥川賞選考委員の山田詠美は西村賢太の受賞作『苦役列車』を「私小説が、実は最高に巧妙に仕組まれたただならぬフィクションであると証明したような作品」と評していますが、本書は自分自身をモデルに人間のいやしさ、あさましさをこれでもか、これでもかと表現する新しいタイプの私小説家の登場を告げた秀作です。西村賢太が『苦役列車』で芥川賞に輝くのは、この作品から4年後のことです。表題作のほかに、「文学界」2008年6月号に発表された『焼却炉行き赤ん坊』が併録されています。(2012/1/13)
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    投稿日:2012年01月13日