書籍の詳細

平野勇気、18歳。高校を出たらフリーターで食っていこうと思っていた。でもなぜか三重県の林業の現場に放り込まれてしまいーー。携帯も通じない山奥!ダニやヒルの襲来!勇気は無事、一人前になれるのか……?四季のうつくしい神去村で、勇気と個性的な村人たちが繰り広げる騒動記!林業エンタテインメント小説の傑作。

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神去なあなあシリーズのレビュー一覧

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  •  高校を卒業したあと、大学に進学する気はさらさらありません。かといって就職をするでもなく、適当にフリーターで食っていけばいいやと思っていた高校生・平野勇気が、担任教師の熊やん(熊谷先生)と母親の〝陰謀〟で卒業式のあったその日のうちに生まれ育った横浜から追われるようにしてやってきた三重県中西部、奈良との県境近くにある「神去村」が、小説の舞台です。「圏外」でケータイも使えない山奥だ。
     三浦しをん『神去なあなあ日常』(徳間書店、2014年1月4日配信)。タイトルにある「なあなあ」は、国語辞書には「《感動詞「なあ」を重ねたものから》相手と適当に折り合いをつけて、いい加減に済ませること」の意味で、「なあなあでいける」とか「なあなあの関係」などと使われるとあります(小学館『大辞泉』)。どちらかというとネガティブな意味あいなのですが、三浦しをんは神去村の住人が日常的に使う「なあなあ」にポジティブな意味を与えています。物語は、西のアクセントでしゃべる神去の住人の〝なあなあ日常〟の描写で始まります。

    〈神去(かむさり)村の住人には、わりとおっとりしたひとが多い。一番奥まった神去地区のひとたちとなると、なおさらだ。
     彼らの口癖は「なあなあ」で、これはだれかに呼びかけているのでも、なあなあで済ませようと言っているのでもない。「ゆっくり行こう」「まあ落ち着け」ってニュアンスだ。そこからさらに拡大して、「のどかで過ごしやすい、いい天気ですね」という意味まで、この一言で済ませちゃったりする。
     道で住人同士が、
    「なあなあな」(いいお日和(ひより)ですね)
    「ほんにな」(本当ですね)
    「あんたとこのひとは、もう山へ行きんさったかな」(お宅の旦那さん、もう山仕事へ行きましたか?)
    「今日は近場(ちかば)なもんで、昼からなあなあやちゅうて、まだずらついとる。掃除機かけられんで、かなんな」(今日は近くの山なので、昼からゆっくり行くと言って、まだ家でごろごろしています。掃除機がかけられないので、困ります)
     と立ち話をしていたりするが、最初はなに言ってんだかよく聞き取れなかった。〉

     24時間コンビニがあいていて、いつでも欲しいものが手に入る都会の生活に対して、夜は当たり前に暗く、何もない、ケータイも圏外でつながらない神去村の暮らし。いつもなにかに追われているように、せかせか急いでいる都会の人間に対して、100年先の木のことを考えながら、山を相手に日々をゆったり暮らしている神去村の住人たち。その違いを象徴しているのが神去村の住人の口癖になっている「なあなあ」という言葉だ。

     新横浜まで見送りについてきた担任の熊やんに「一年間は帰ってこられないぞ。体に気をつけて、しっかりやれ」と新幹線に押し込まれて、平野勇気はわけもわからないまま名古屋で新幹線を降り、近鉄に乗り換えて松坂へ。そして聞いたこともないローカル線に揺られて山の奥へ奥へと入っていった。すべて熊やんが握らせた紙に書かれていた神去村への行きかた通りだ。

    〈終点の駅に着いた。小さな無人駅で、ホームに降り立つと空気が湿っぽく寒かった。もうすっかり暗くなっていて、あたりに人家も見あたらない。隙間(すきま)なく重なりあう山のシルエットも、すぐに闇に沈んでしまった。
     どうしたもんかと、古い駅舎の外で突っ立ってたら、白い軽トラックがパッシングしながら山道を下りてきて、俺のまえに停まった。運転席から現れたのは、ガタイのいい男だ。ちょっとびびった。短髪を鮮やかな金色に染めていて、まるっきりチンピラみたいだったからだ。
    「平野勇気って、あんたか」
    「はい」
    「ケータイ持ってるか」
    「持ってますけど」
     ジーンズのポケットから携帯を出したとたん、男に奪い取られた。
    「ちょっと!」
     つかみかかったんだが、男の動きのほうが速い。携帯からはずした電池パックを、茂(しげ)みのほうへぶん投げた。沢に落ちたらしく、「ぽちゃん」とまぬけな水音がした。
    「なにすんだよ、あんた!」
    「なあなあ。どうせ圏外や、必要ないやろ」(中略)
    「乗れ」
     軽くなった携帯を返してくれながら、男は言った。「はよせえ。荷物は」
     当面の着替えを入れたスポーツバッグがひとつだけだ。男はスポーツバッグを勝手に軽トラの荷台に投げこみ、顎(あご)をしゃくった。三十歳になるかならないかぐらいだろうか。強靱(きょうじん)そうな筋肉質の体で、そのうえ敏捷性(びんしょうせい)も兼ね備えていそうだ。他人の電池パックをいきなり投げ捨てる凶暴さからしても、逆(さか)らわないほうがいい。
     どっちにしろ、朝になるまで身動きは取れないんだ。山奥の駅舎で寝て、野犬に嚙(か)まれるのはいやだ。俺はもう開き直ることにして、軽トラの助手席に座った。
    「飯田与喜(いいだよき)だ」
     と男は言った。運転中、男が発した言葉はそれだけだった。〉

     勇気は20日後に、飯田与喜――ヨキの家に住み込むことになるのですが、この段階では知る由もありません。軽トラックは山の奥を目指して、カーブした細い道を1時間ほど登り、集会所のような建物の前に停まった。男は勇気をスポーツバッグと一緒に放り出すと、軽トラに乗って去っていった。
     待ちかまえていたおじさんは猪鍋をごちそうしたあと、帰ってしまい、建物にいるのは勇気一人になった。宿直室のような4畳半に一人残された18歳の少年の心情はいかばかりか。三浦しをんは、勇気の神去第一夜を次のように描きます。

    〈川の音と、山の木々が風にこすれる音しかしない。恐ろしいほど静かだ。窓ガラスにそっと額を押しつけて外を眺めたが、ただ黒く塗りつぶされているだけで、景色はなにも見えなかった。四月も近いってのに、底冷えする寒さが押し寄せてくる。
     廊下にピンクの公衆電話があったので、家にかけてみた。
    「あら、勇気。無事についた?」
     母ちゃんのうしろで赤ん坊の笑い声がする。兄貴夫婦が遊びにきているようだ。
    「うん。猪(いのしし)の肉を食べた」
    「いいわねえ。お母さん、食べたことない。おいしかった?」
    「うん。つうかさあ、なんなんだよ、ここ! 俺、ここでなにをやらされんの?」
     帰りてえよ、と言いたかったが、意地で飲みこんだ。
    「なにって、仕事でしょ」
    「どんな」
    「まあ、あんたに就職先があったってだけで奇跡なんだから。わがまま言わないで頑張りなさい。どういう職種でも、やってみなきゃ向いてるか向いてないかわからないものだし」
    「だから、どんな仕事をさせられんの俺は」
    「あらら、お風呂沸(わ)いたみたい」
     わざとらしい言葉とともに、電話は切れた。ちくしょー、鬼母め。仕事の詳細を調べもしないで、俺を家から追いだしやがったな。
     灯油ストーブをつけたまま布団にもぐりこむ。不安と混乱で泣きそうだった。一滴ぐらいは、実際に涙も出たかもしれない。〉

     朝になって、そこが林業組合の事務所だとわかった。そして猪鍋のおじさんによる研修が始まった――「山で起こりうる危険」や「山仕事用語」についての講義。チェーンソーの扱いかたも習った。「腰をもっと入れるねぃな!」「腕下がってきとるねぃな!」と怒られまくりだ。
     林業の現場に放り込まれたらしい、とようやく理解した勇気。「冗談じゃない、林業なんてかっこわるい」と脱走を試みるが、山で雄猪を投げ飛ばしたことがあるというおじさんに首根っこをつかまれて連れ戻されること3回。初期研修の20日間が終わった日、ヨキが軽トラで迎えにきた。
     手のひらは豆だらけ、全身筋肉痛で、がに股でしか歩けない勇気を乗せた軽トラが停まったのは、「神去」地区にある一軒の家の庭先。森林組合の事務所がある「中」地区からさらに30分弱もかかる、村の最奥部です。
    「おやかたさんに挨拶に行くで」と言って、ヨキが緩やかに傾斜する道を歩き出し、勇気は慌てて後を追った。おやかたさんの家は高台に生えているという形容がぴったりするような、重厚な日本家屋だった。ようやくたどりついた玄関には2枚の特大の表札――「中村」と「中村林業株式会社」がかかっている。

    〈「おーい、清一。新米(しんまい)が来たぞ」
    「ああ、上がってもらってくれ」
     予想に反して若い声が答えた。ヨキにうながされ、靴を脱いで座敷に上がる。(中略)
    「ようこそ、平野勇気くん。これからよろしく」
     と、男は言った。「中村清一だ。これは息子の山太」
     中村林業株式会社で働くのは、すでに決定していることらしい。こんな山奥じゃ、ローカル線の駅に出るのだって難しい。どうすりゃいいんだ。とりあえず、勧められた座布団に腰を下ろした。ヨキは俺の隣であぐらをかいた。(中略)
     祐子さん(引用者注:おやかたの清一の妻)がいれてくれたお茶を、みんなで飲んだ。山太とヨキは出された羊羹(ようかん)をすごい速さで食べた。
    「いま、裏の茶畑を見てきたんだけど」
     と祐子さんが言った。
    「雪でちょっと枝先がやられてた」
    「今年はよく降るな。山はどうだった、ヨキ」
    「西の山の中腹あたりが特にまずい。あのへんはまだ若い木が多いでな」
    「じゃあ、明日は雪起こしだ」
     清一さんが言うと、俺を除く一同はうなずいた。山太までがうなずいている。〉

    「雪起こしってなんだろう」と思った新米の勇気ですが、給料は月給制であること、社会保険完備、勤務時間は原則として朝八時から夕方五時まで、現場がどの山かによって、そこまでかかる時間を考えて集合時刻が早められる場合があること、など一通りの説明を清一から受けて、「いや、俺は林業に興味ないんで」とは言い出せないまま、居候することになっていたヨキの家へ――。

     神去地区は山に囲まれた小さな集落で、平坦な土地はほとんどありません。神去川沿いに、数十軒の家がぽつぽつとあり、百人ぐらいが住んでいます。家の裏手の小さな畑で、家族で食べるぶんだけの野菜が育てられている。川べりのわずかな平地を利用して、水田が拓けています。
     住人の大半は六十歳以上。生活用品を売っている店は一軒しかありません。郵便局も学校もありません。切手を買ったり小包を出したりしたければ、手紙を配達しにくる郵便局員に頼む。宅配便は、中地区まで行って出すしかない。ちょっとした買い物をしたいときは、山をいくつも越えて久居という町まで車で行かなければなりません。

     不便を絵に描いたような場所「神去」で、勇気の林業生活が始まった。
     勇気をとりまく主要登場人物は――、
     ・おやかたの中村清一、妻・祐子、息子・山太。
     ・ヨキの家の住人:華奢で小柄、エキゾチックで人目をひく顔立ちの妻・みき、祖母の繁(しげ)ばあちゃん、それにどうしてだか「ノコ」と名付けられた雄犬。
     ・清一班のメンバー――ヨキの他に、50歳ぐらいの田辺巌(たなべいわお)、74歳だという矍鑠(かくしゃく)たる老人、小山三郎。子どもの頃から山に入っている強者(つわもの)の二人です。
     ・中村祐子の妹、神去小学校の先生をやっている直紀(なおき)。男のような名前でバイクを乗り回すが、若くてきれいな先生だ。勇気にとって特別な存在になっていきます。

    「中」地区に住む直紀を除いて、みんな神去地区の住人です。彼らの中に放り込まれた平野勇気の林業生活は、翌日の雪起こしから始まりました。失敗を繰り返し、脱走を図ったこともありました。それでも一歩、また一歩と林業に慣れ、神去になじんで成長をしていく勇気。
    〝隠れ文学青年〟勇気が眠っていたヨキのパソコンを使って綴った日記風記録の形で描かれる林業物語――手に汗握る悪戦苦闘あり、拍手したくなる頑張りあり、そして恋の悩み(健気で、ちょっと笑える〝恋愛〟ですが)もちょっぴり。
     地についた職業として「林業」が若い世代の間で注目されているそうです。そんな時代の空気が後押ししているのか、本書は映画化され、ロングセラーとなっています。そして先頃続編『神去なあなあ夜話』(徳間文庫、2016年6月3日配信)も出ました。中村林業株式会社の見習いから社員から正社員になった平野勇気、20歳の成長した姿と神去の秘められた歴史が明かされていきます。(2016/9/26)
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    投稿日:2016年09月16日