著:米原万里

文藝春秋

ジャンル:エッセイ

593円 (税別)

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eBookJapan発売日:2013年03月22日

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ガセネッタ&シモネッタの内容

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『ガセネッタ&シモネッタ』は2006年に56歳で亡くなった米原万里さんがロシア語同時通訳業から執筆業に軸足を移し始めた時期のエッセイ集。国際会議の知られざる舞台裏や外国の賓客の意外な素顔など同時通訳者だけが知り得たハナシ、その悩みや苦労、失敗談・・・・・・の数々が開陳されていて、一種の国際文化論になっています。
 少し長くなりますが、一例を引用してみます。

〈「ここに、つい最近わが研究所が入手した不気味な数字があります。ひとつは、閉鎖都市Kに所在する第××工場から昨年度出荷した核弾頭の数を示す出荷伝票の写し。もうひとつは、納入先の極東軍管区○○基地の納品確認伝票の写しです」
 その道では著名な軍事問題専門家だという壇上のアメリカ人は、かなり興奮した様子で一気にここまでしゃべると、口をつぐんで聴衆の反応を確かめるように会場全体に目を走らせた。それから、ことさらゆっくりと、一つ一つの言葉を噛みしめるように言った。
「いいですか。工場の出荷伝票に記された核弾頭の数は三六。基地の納品伝票に記された核弾頭の数は三二なんです」
 ここでまたスピーカーは、小休止。会場の人々が、「ハーッ」と息を呑む音が、壇上のマイクを通して、同時通訳ブースに陣取るわたしの耳にも入ってくる。まさか。嘘は大きいほど信用される、とヒットラーの宣伝相ゲッベルスは言ったそうだが、真実は大きすぎると信じられなくなる。
「三六マイナス三二は四。そうです。四つもの核弾頭が、跡形もなく消えているんです!」
 横流し、盗難……聞き手の頭の中で次々と物騒な連想が広がっていく効果を計算したかのように、スピーカーはここで突然話を打ち切り、着席した。
 一九九三年の夏、モスクワで開かれた会議でのことだ。日本、ロシア、米国の研究者が参加する核軍縮に関する意見交換を目的とする。主催者が英→露、日→英、日→露と、三つのブースを設けてくれたおかげで、重訳のリスクがない。日英通訳が和訳したものをロシア語に転換する必要がなくて、本当によかった。こういうヤバイ話をリレーするのは、心臓に悪い。文字どおり命が縮む。賢明なる主催者よ、ありがとう。と呑気に構えていたら、
「いや、そんなこと、心配するにおよびません」
 いきなりロシア人研究者がしゃべりだしたのだった。
「アメリカや日本の方にとっては、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、社会主義計画経済の現実を知るものにとっては、ごく当たり前のことなんです。どの工場も計画達成のノルマってのを課せられてます。達成できないと、減給、左遷処分など嫌な目にあう代わり、超過達成すると、ボーナスや昇給などいいことずくめ。ソ連邦が崩壊して、はや二年となりますが、この計画経済の慣性はまだ続いとるんですなあ」
 ここで、スピーカーは得意気に先ほどのアメリカ人の方を見やると、結論した。
「だから、当然の成り行きとして、わが国では冷蔵庫も、車も、テレビ受像器も、生産工場はどこも出荷数量を水増しして届けるんですよ。核弾頭だって、同じことです」
 あわてて訳しながらも、耳から入ってくるロシア語、自分の口から出ていく日本語の内容が信じられなくて、何だか夢の中にいるような気がした。同僚のSさんに確かめ、露→英ブースの通訳者に確かめ、会議終了後、発言者自身に確かめたので、そういう発言があったのは間違いない。
 でも、これを聞いて余計心配になってしまったわたしは、やはりまだロシア修業が足りないのかもしれない。
 あれから五年。民需転換しなかった軍需工場は、国営のままだから、きっとまだ……いや、まさか。〉

 このアネクドート(小咄)のような、ぞっとするエピソードに、駄洒落好きの米原さんは「空恐ロシヤ!」と見出しをつけています。
 随所に米原流のユーモアが溢れる、実は大真面目な本。ユーゴ内戦を描いた坂口尚の名作漫画『石の花』(潮出版、全6巻、2008年11月21日配信)に感動した米原さんが20セットほどを買い込んで友人たちに配ったことがきっかけとなって天皇陛下が『石の花』を取り寄せたとか。伝聞で心許ない話と断った上で、良い本が自分で読者を開拓していくいい例として米原さんは紹介しています。同感です。
(2011/9/2、2018/3/8追補)
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