テロルの決算

667円 (税別)

獲得ポイント 7pt (1%還元)

本作はもはや伝説。沢木耕太郎の最高傑作がついに電子書籍化!あのとき、政治は鋭く凄味をおびていた。ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、61歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた17歳のテロリストの激しい体当たりを受ける。テロリストの手には、短刀が握られていた。社会党委員長・浅沼稲次郎と右翼の少年・山口二矢――1960年、政治の季節に交錯した2人のその一瞬、“浅沼委員長刺殺事件”を研ぎ澄まされた筆致で描き、多くの人々の心を震わせたノンフィクションの金字塔。第10回(1979年)大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。

カゴに追加 667 円(税別)

本作はもはや伝説。沢木耕太郎の最高傑作がついに電子書籍化!あのとき、政治は鋭く凄味をおびていた。ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、61歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた17歳のテロリストの激しい体当たりを受ける。テロリストの手には、短刀が握られていた。社会党委員長・浅沼稲次郎と右翼の少年・山口二矢――1960年、政治の季節に交錯した2人のその一瞬、“浅沼委員長刺殺事件”を研ぎ澄まされた筆致で描き、多くの人々の心を震わせたノンフィクションの金字塔。第10回(1979年)大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。

ユーザー評価なし レビューを見る
書籍の詳細

書籍一覧1冊の書籍

1~1件/1件 を表示

  • 1
  • 1

書店員のレビュー

〈人間機関車と呼ばれ、演説百姓とも囃(はや)されたひとりの政治家が、一本の短刀によってその命を奪われた。それは、立会演説会における演説の最中という、公衆の面前での一瞬の出来事であった。凶器は鎌倉時代の刀匠「来国俊(らいくにとし)」を模した贋作(がんさく)だったが、短刀というより脇差といった方がふさわしい実質を備えていた。全長一尺六寸、刃渡一尺一寸、幅八分。鍔(つば)はなく、白木の鞘(さや)に収められていた。その日、昭和三十五年十月十二日、日比谷公会堂の演壇に立った浅沼稲次郎(あさぬまいねじろう)には、機関車になぞらえられるいつもの覇気がなかった。右翼の野次を圧する声量がなかった。右翼の妨害に立往生する浅沼の顔からは、深い疲労だけが滲(にじ)み出ていた。委員長になって以来、さらに激しくなった政治行脚(あんぎゃ)を、もうその肉体は支え切れなくなっているのかもしれなかった。しばらくの中断の後、浅沼は再び演説を始めた。「……選挙のさいは国民に評判の悪いものは全部捨てておいて、選挙で多数を占むると」そこで声を励まし、さらに、「どんな無茶なことでも……」と語りかけようとした時、右側通路からひとりの少年が駆け上がった。両手に短刀を握り、激しい足音を響かせながら、そのまま浅沼に向かって体当たりを喰(く)らわせた。浅沼の動きは緩慢だった。ほんのわずかすら体をかわすこともせず、少し顔を向け、訝(いぶか)し気な表情を浮かべたまま、左脇腹でその短刀を受けてしまった。短刀は浅沼の厚い脂肪を突き破り、背骨前の大動脈まで達した。〉沢木耕太郎『テロルの決算』は、日比谷公会堂の壇上で演説中の社会党(社民党の前身、自民党に次ぐ第二党)委員長・浅沼稲次郎が17歳の少年、山口二矢(やまぐちおとや)によって刺殺された、その瞬間の光景から始まります。1960年(昭和35年)10月12日――4ヵ月前の6月には日米安保改定問題によって世論が二分され、国会は反対勢力のデモに包囲され騒然としていました。国会突入をはかろうとする学生デモ隊と警察が激しく衝突する中で東大生の樺美知子さんが死亡する事件も起きました。デモ参加者は主催者発表で33万人、警視庁発表でも13万人に達しました。安保条約が参議院の議決をすることなく自然成立、批准されるのを待って岸信介首相(安倍首相の祖父)が退陣。後継の池田勇人首相が所得倍増計画を打ち出し、解散総選挙近しの情勢を背景に日比谷公会堂で開催された自民党・社会党・民社党三党党首立ち会い演説会に集まった多くの聴衆の眼前で演説中の野党政治家が刺し殺された事件は、社会に大きな衝撃を与えました。そして、一つの「なぜ?」が残されました。浅沼刺殺の犯人が17歳の元日本愛国党党員だったことが判明した時、世の識者のほとんどは、「少年は使嗾(しそう)されたにすぎない」と見なしました。事件から15年の時を経て、沢木耕太郎は『テロルの決算』にこう書きます。〈事件後しばらくして、右翼の間にひとつの説が流布されるようになった。それは、テロルの、最後の瞬間にまつわるものだった。山口二矢は浅沼稲次郎を一度、二度と刺し、もう一突きしようと身構えた時、何人もの刑事や係員に飛びかかられ、後から羽交い締めにされた。その瞬間、ひとりの刑事が二矢の構えた短刀を、刃の上から素手で把んだ。二矢は、浅沼を刺したあと、返す刃で自らを刺し、その場で自決する覚悟を持っていた。しかし、その刃を握られてしまった。自決するためには刀を抜き取らなくてはならない。思いきり引けばその手から抜けないこともない。しかし、そうすれば、その男の手はバラバラになってしまうだろう。二矢は、一瞬、正対した刑事の顔を見つめた。そして、ついに、自決することを断念し、刀の柄から静かに手を離した……。あまりにも挿話として見事にできすぎているような印象はあるが、この「二矢伝説」とでもいうべきものを通じて、初めて写真以外の山口二矢の貌(かお)が見えてくる。右翼の大物に使嗾された哀れな小羊、という以外の二矢が姿を現わす。一瞬の迷いの中に、テロリストの心情が透けてくる。それは帝政ロシア末期のテロリストたち、たとえばサヴィンコフの伝えるカリャーエフなどに共通の心情である。セルゲイ大公の馬車に幼児が乗っていたため手榴弾(てりゅうだん)を投擲(とうてき)できなかったカリャーエフの心情と、それは少しも変わらない。しかし、この「二矢伝説」は真実なのか。あるいは、二矢を神格化するための、文字通り「伝説」にすぎないのだろうか。事実が「伝説」の伝える通りであるとすれば、二矢という人間の個性と浅沼暗殺事件の全体を考える上に、極めて重要な意味を持つことになる。山口二矢は自立したテロリストだったのではあるまいか。もし、そうでないとしたら、浅沼は文字通り「狂犬」に噛まれて死んだ、ただ運の悪い人というだけの存在になってしまう。自立したテロリストに命を狙われたという事実にこそ、社会主義者浅沼稲次郎の栄光は存在し、なぜ狙われなければならなかったのかという、まさにその理由にこそ浅沼稲次郎の生涯のドラマが存在したはずなのだ。〉浅沼稲次郎の死を境に、社会党は浅沼が願った「人間解放」の日の実現に向かうどころか内部抗争が激化し、国民の支持を少しずつ失っていきます。〈浅沼の死は、平和と幸福を告げる「暁の鐘」であるより、社会党というひとつの政党の「弔鐘」そのものだったのではなかったか。それ以後、八点鐘の最後のひとつが打ち鳴らされるその刻に向かって、「弔鐘」はゆっくりと鳴りつづけているのではないだろうか。とすれば、その鐘の最初のひとつを、暗く低く鋭く打ち鳴らしたのは、「来国俊」の贋刀を手に、日比谷公会堂の舞台を突っ走った十七歳の少年、山口二矢ということになる〉山口二矢は自立したテロリストだったのではないか、という疑問から出発した沢木耕太郎は、浅沼稲次郎という政治家の愚直な一生に思いをはせることによって、「暗殺事件」のかたちに迫ります。ほんとうの姿はどうだったのか。本書「あとがき1」の述懐を引用します。〈山口二矢について書いてみたい、とながく思いつづけてきた。しかし、不意に歴史の表舞台に姿を現わし、言葉少なに走りさってしまったこの夭折(ようせつ)者を、どのようにしたら描くことができるのか、私にはわからなかった。だが、脇役にすぎないと思っていた浅沼稲次郎の存在が、次第に大きく見えるように、初めてその「かたち」が具体的なものとして浮かんできた。確かに浅沼稲次郎は偉大な人物というのではなかったかもしれない。しかし、浅沼の、よろめき崩れ落ちそうになりながらも決して歩むことをやめなかった愚直な一生には、山口二矢のような明確で直線的な生涯とは異なる、人生の深い哀しみといったものが漂っている。ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、六十一歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた十七歳のテロリストと、激しく交錯する。その一瞬を描き切ることさえできれば、と私は思った。〉1947年(昭和22年)生まれの沢木耕太郎は横浜国大経済学部を卒業して当時大手銀行の雄だった富士銀行(現在のみずほ銀行)に就職しますが、初出社の日に退社したというエピソードがあります。自著『路上の視野』(文春文庫)所収のエッセイによれば、出社途中の交差点で信号待ちをしている時に退社を決めたそうです。ルポライターとして活動をはじめた沢木耕太郎は1970年に『防人のブルース』でデビュー。1978年に初の長編として書き上げ、9月に出版されたのが本書『テロルの決算』です。『テロルの決算』は翌1979年、第10回大宅壮一ノンフィクション賞に輝き、沢木耕太郎はニュージャーナリズムの旗手として注目を集め、ノンフィクション作家としての地位を確立していきます。沢木耕太郎は「あとがき1」をこう続けます。〈『テロルの決算』は、私にとって初めての長篇である。そしてこれは、偶然のことからノンフィクションのライターとなった私が二十代の七年間に続けてきた悪戦苦闘の、ひとつの「決算」になってほしいという願望を抱きつつ取り組んできた仕事でもあった。年齢が作品にとって特別な意味を持つことは、あるいはないのかもしれない。しかし、五年前であったら、これは山口二矢だけの、透明なガラス細工のような物語になっていただろう。少なくとも、浅沼稲次郎の、低いくぐもった声が私に届くことはなかったに違いない。そして、これが五年後であったなら、二矢の声はついに私に聴き取りがたいものになっていたかもしれないのだ。五年前でも五年後でもない今、『テロルの決算』は山口二矢と浅沼稲次郎の物語として、どうにか完成した。〉山口二矢の「伝説」――二矢の短刀の刃を素手で掴んだ刑事を見つめて、短刀を引き抜いて自決することを断念、刀の柄から手を離したという「伝説」にまつわる医師の証言を引き出した沢木耕太郎が『テロルの決算』を世に送り出したとき、彼の20代は終わっていました。2015年、私たちは戦後70年の節目の年を迎えました。時代を駆け抜けた17歳の山口二矢と浅沼稲次郎の人生が交錯した一瞬は、まちがいなく戦後日本の歴史を大きく変えた瞬間でした。(2015/1/16)
  • 参考になった 2

オススメ特集

一覧を見る

ここもチェック!

コンテンツについて

  • この商品は紙書籍ではありません。すぐにご覧いただける電子書籍です。
  • デジタルコンテンツのため、商品の性質上、返品できません。
  • 紙書籍とは内容が異なる場合がございます。また、サイトに表示されているサムネイルと電子書籍の表紙画像が異なる場合がございます。予めご了承下さい。
  • 対応デバイスに記載されていない端末は、購入できても読書はできません。ご注意下さい。
  • Mac OS X 10.5/10.6をご利用で最新版のebi.BookReaderがご利用できないお客様は、サイトの表記でMacが利用可能端末となっていてもリフロー書籍が読書できません。ご了承下さい。
  • Android OS 5.0以上でebiReaderをご利用のお客様は、サイトの表記でAndroidが利用可能端末となっていても一部のリフロー書籍が読書できません。ご了承下さい。