書籍の詳細

忍者×マキメワールドの大大長篇!伊賀の国をクビになった忍びの者、風太郎。謎の「ひょうたん」に誘われ運命は流転し始める!奇才マキメの超絶戦国絵巻、開幕!天下は豊臣から徳川へ。度重なる不運の末、あえなく伊賀を追い出され、京でぼんくらな日々を送る「ニート忍者」の風太郎。その運命は一個の「ひょうたん」との出会いを経て、大きくうねり始める。時代の波に呑み込まれる風太郎の行く先に漂う、ふたたびの戦乱の気配。めくるめく奇想の忍び絵巻は、大坂の陣へと突入する!

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とっぴんぱらりの風太郎のレビュー一覧

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  •  主人公の名は、風太郎。「ふうたろう」ではなく、「ぷうたろう」。
     秋田では民話を読み聞かせる時、「とっぴんぱらりのぷぅ」と締めくくるそうです。これで終わりだよ、という結句で、「めでたし、めでたし」と同じです。万城目学は、この秋田流の結句に想を得て「風太郎(ぷうたろう)」という名の伊賀忍者を創りだしました。1402枚の大長編歴史小説『とっぴんぱらりの風太郎』(文春文庫)――初出は「週刊文春」(2011年6月23日号~2013年5月30日号)で、約2年に及ぶ長期連載でした。2013年9月に単行本、そして2016年9月に上・下2分冊して文庫化。この文庫を底本に電子書籍がつくられ、紙・電子ほぼ同時に発売されました。

     時代は、血で血を洗う争いに明け暮れた、忌まわしき天正の時代ははるか昔、日々平安なる慶長の世です。ちなみに明智光秀の謀反によって織田信長が本能寺で自害したのが天正10年(1582年)。太閤に登りつめた豊臣秀吉がその生涯を閉じたのが慶長3年(1598年)。秀吉の死から2年たった慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いで秀吉の腹心だった石田三成が徳川家康に完敗し、徳川の時代へと歴史が大きく動いていきます。そして14年後――慶長19年(1614年)の大坂冬の陣、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣で豊臣は滅び、すでに慶長8年(1603年)に将軍職に任じられていた徳川家康が江戸を本拠とする幕藩体制を確立していきます。
     いわば戦乱が収まった平穏な時代に生をうけた風太郎は、伊賀・柘植(つげ)屋敷で修練に明け暮れする地獄の日々を生き残ったものの、旧世代の評価は低い。こんな一節があります。

    〈柘植屋敷で修行に明け暮れていた頃、ときどき顔をのぞかせた、そろそろ八十になるかという村の長老は、俺が文禄生まれだと聞くと、
    「忍びの連中がまだ何とかまともだったのは永禄生まれまでだな。あとはもう、どうしようもないハズレばかり。天正生まれはとにかく腕が悪い。文禄生まれはそれに加えて頭まで悪い」
     と口の中に一本だけ残った歯を天に突き立て、ずいぶん辛辣な評を授けてくれたものだが、蓋(けだ)し慧眼(けいがん)と言うべきだったろう。
     時は過ぎゆき、万物は流転する。古きは新しきに生まれ替わり、大事な教えもやがてないがしろにされる。らっきょうはいつしかにんにくに変化し、忍びの頭も悪くなる。いずれも長き平穏無事の時間がもたらした、致し方ない副産物である。〉

     忍びがまだまともだったとされる「永禄」(1558年~1570年)は室町時代末期で、織田信長が今川義元を破った桶狭間の戦い、織田信長の上洛などがありました。永禄生まれには、石田三成、福島正則、加藤清正、伊達政宗がいます。
     永禄の次、天正(1573年~1593年)時代――12年にスペイン船が平戸に初来航しているのですが、これは本作品の時代状況にも関連しています。刀狩りが行われ、一方朝鮮半藤に攻め入り、小西行長、黒田長政らが平壌を占領したのは、天正20年(1593、ユリウス暦では1592年)の12月のことです。
     風太郎が生まれた「文禄」は1593年~1596年と短い。秀吉による太閤検地が行われ、なにより大阪城で淀殿が捨(豊臣秀頼)を出産したのが文禄3年のことでした。秀頼は本作品で重要な人物の一人として登場しています。
     引用文中〈らっきょうはいつしかにんにくに変化し〉とあるのは、18歳になって柘植屋敷を出た風太郎が、人を容易に眠らせる柘植毒をらっきょうにしみ込ませるところをあろうことかにんにくを使ったことをさします。天守への侵入をはかった時、風太郎はにんにく柘植毒を城の見張り番に用いたのですが、遅番をしていた男がひとり死んでしまった……。
     城の天守への侵入には実は重要な意味がありました。藤堂家が4年前に伊賀の地にやってきてからというもの、忍びはすべて柘植屋敷の采女様が統括し、さらには萬屋の人間を装って諸国へ商いに出かけ現地で仕事を行うのが定型となった。店の人間は、すべて忍びの筋のもので固められています。風太郎に命じられた天守への侵入は、表向きは城の守りの弱点を見極めるためということになっていましたが、本当の狙いは、彼が萬屋で働けるかどうかを試すもの、いわば〝就職試験〟だったのです。
     南蛮帰りの忍者、黒弓と組み、柘植屋敷でしのぎを削ってきた蝉左右衛門(せみざえもん)と百市(ももいち)が城に詰めている日を選んで侵入を企てた風太郎。二人は天守まで辿りつくのですが、結果は〝不合格〟、どころか、伊賀から追放の身となってしまいます。
     柘植屋敷の采女様からの伝言を預かってきた萬屋の主人、義左衛門が風太郎と黒弓に語り聞かせるシーンです。

    〈……おぬしらには、采女様から伝言を預かってきたわ。しばらくの間、大人しくしておけ、とのことじゃ」
     俺は「は」と板間に平伏し、次の言葉を待った。ならばその間、たとえばこの萬屋で下働きでもせよ、と指示があるかと思ったが、待てども続きが聞こえてこない。
    「あ、あの……、では、我々は何の仕事をすれば」
     と俺はおずおずと面を上げた。ロクに住む家もなければ、明日の食い扶持すら定かではない身である。何か仕事をしないと、飢え死にしてしまう。
    「仕事? 何の話だ?」
     と義左衛門は心底、訝(いぶか)しそうな声で返してきた。
     予想しない反応に、俺は言葉の接ぎ穂を失った。戸惑う俺の顔を、義左衛門はしばらく見つめていたが、
    「わからんか。二人とも伊賀を出ていけ、という命じゃ」
     と幾分、声の調子を落として告げた。
    「え?」
     と俺は思わず素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を上げてしまった。〉

     采女様の命に従って城に忍びこみ、その役割をまともに果たした結果が伊賀からの追放だった。やっと手のひらにつかみ取ったと思った采女様の信頼が、音もなく崩れ去るのを感じながら、深くうなだれるよりない風太郎。平穏な社会となって忍びの存在そのものが不要だとする考えが広まっていき、〝リストラ〟によって可能性を閉ざされてしまったのです。そして義左衛門の〈慌ただしい話だが、今夜のうちに出立せよ、との命じゃ」〉と告げる声に背中を押されるようにして伊賀を後にした。義左衛門が用意してくれた餞別を懐(ふところ)に、さしたるあてもなく近江から京に向かう風太郎の姿に、非正規雇用にあえぐ平成世代の姿が重なります。

     京都郊外、吉田山の麓のあばらやに住みついて2度の冬を越えた。20歳になった風太郎のもとを黒弓が訪れた。30はあるひょうたんを風太郎の眼前に置いた黒弓は、萬屋の義左衛門からの「清水に行く途中、産寧坂(さんねいざか)にある瓢六という名のひょうたん屋に届けて欲しい」との伝言を預かってきたという。

     その夜――風太郎の前に因心居士(いんしんこじ)が現れ、物語は動き始めます。

    〈「ずいぶん、長い小便だな」
     と突然、背後から声がした。俺は咄嗟に前に跳んだ。むささびが飛び去ったばかりの木の幹の裏に回りこみ、とにかく足元に転がっている太めの枝か石を拾おうとしたとき、
    「慌ただしい奴だ」
     と呆れるような声が聞こえてきた。(中略)
     因心居士と相手は名乗ったが、どう見てもその格好は居士ではない。居士衣を着るわけでもなく、ただ粗末な野良着姿で立っている。背中も曲がっていて、身体も小さい。頭も禿(は)げている。殺気も感じ取れず、どこまでもただのじいさんだ。なのに、俺は動くことができない。冬の間にさんざん積もった落ち葉が、今も地面を隙間なく覆い尽くしている。にもかかわらず、老人はいっさい音を立てずに近づいてきた。これほど見事に背中を取られたことなど、柘植屋敷の頃からも覚えがない。〉

     箱を一つ、ひょうたん屋の主人に届けてくれ、という。明日、ひょうたん屋に行くことも、何より大事な忍び道具類を埋めた場所も、風太郎のありとあらゆる事を承知している不気味な相手だった。そのまま黙って帰すわけにはいかない。

    〈相手が年寄りであろうと容赦なく、俺は野良着からのぞくごぼうのように細いすねを、蹴りでもって払った。
     しかし、俺の一撃はあっさり空を切った。
     寸前までそこにあったはずの貧相なすねが突然消え、枯れ葉が虚しく風を受け靡いた。「こっちじゃよ」
     背後から響く声に首を回そうとしたとき、尻の上のあたりにトンと何かが当たった。
     それで終わりだった。〉

     深い眠りの底に落ちた風太郎が目覚めたのは、陽が昇ってからだった。左手が1個のひょうたんをつかんでいた。そして、すぐ近くに箱の入った巾着も残されていた。

     いうまでもありませんが、ひょうたんは太閤・豊臣秀吉の馬印です。今風にいえば、豊臣家のシンボルで、ひょうたん屋「瓢六」は、秀吉の正妻・ねね様が亡き太閤の菩提を弔って住む高台寺にひょうたんを納めています。
     瓢六の主人の指示で、高台寺に荷物を受け取りにいった風太郎はそこで、思いがけない人物と再会します。伊賀の柘植屋敷でともに修行した忍び、常世(とこよ)です。
     高台寺に出入りするようになった風太郎が、いつものようにひょうたんの受け取りに来た旨を伝えると、案内されたのは池に面した東屋。しばらくして舟で尼僧と常世が現れ、尼僧――ねね様は直々に初対面の風太郎に極秘の命を告げます。
     断れば、この屋敷から生きて出ることはない――と、常世。

     数日を経て、洛中でも値段のはることでは一、二を争う宿屋に、白塗りのかぶき者に扮した風太郎、黒弓、常世、そしてひさご様の姿がありました。ひさご様――ある高位の公家の御曹司で、一度でいいから祇園会(ぎおんえ)を見てみたいと望んでいた――の希望をかなえてあげようと動いたのが高台寺のねね様だったのです。
     祭りで賑わう京の街へ、かぶき者の装束を纏ってくりだしたひさご様と3人の忍び。祇園社は蹴鞠に興じるひさご様の祝祭空間となった。しかし、一歩外へ出た瞬間、すべてが暗転した。
     ひさご様を狙う忍びの一団、月次(つきなみ)組との死闘は、大阪冬の陣、夏の陣まで続く、風太郎の命を賭けた戦いの始まりです。人は何のために戦うのか。なぜ戦うのか。
     万城目学が描く戦国物語は一気に加速し、緊迫感漲るシーンの連続で読者をぐいぐいと引き込んで離しません。そして――まさかのラストシーンが胸を熱く撃つ。(2016/11/4)
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    投稿日:2016年11月04日