書籍の詳細

アレルギー専門のお医者さんと健康な家づくりを実践している建築家が、実際に住んでいる家で行ったダニ、カビ、花粉、ホルムアルデヒドの調査を通して見えてきたものは……。お医者さんと建築家による、心とからだが安らぐ住まいのつくり方と住まい方の処方箋。

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お医者さんが書いた住まいの本のレビュー一覧

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  • 『お医者さんが書いた住まいの本』に印象的な言葉があります。「日本の夏は美しい。ゆかたの袖も、風鈴も、すだれもみな動く」――著者のお医者さん、耳鼻咽喉科の専門医としてアレルギー問題に取り組んできた服部芳樹医師が、「あかり」と名づけた提灯づくりのために岐阜に滞在していた彫刻家のイサム・ノグチ氏から直接聞いた言葉で、服部医師は、このイサム・ノグチの言葉に「風」を感じ取ります。そのとき、イサム・ノグチが制作に取り組んでいた「あかり」も、岐阜提灯の特性を和紙と竹で活かしながら、風を感じさせるものだったそうです。日本では視覚的に風を見ることができるというわけです。こうしたイサム・ノグチの考え方の背景にはいうまでもなく日本の気候風土があると著者はいいます。そして、この「風」こそが私たちの住まいを考え直すうえで極めて重要なキーワードだというわけです。少し長くなりますが、引用します。〈平安朝貴族の理想的な住まい寝殿造りが、高床で天井が高く、御簾(みす)、几帳(きちょう)、屏風などの間仕切りを使っているワンルーム形式であったことや、吉田兼好法師の『徒然草』第五五段に「家の作りようは、夏を旨とすべし」と書かれていることは有名です。これらの建築様式は、その時代の日本人の体験的価値観から生まれたものであり、第二次世界大戦まではかなり一般的であった。(中略)ところが第二次世界大戦を境にして、急速に日本人の価値観が変わり、欧米型居住環境というより寒冷地型の閉鎖的住居が多くなり、次第に機密性の高さがよりよい住居の指標となってきた〉平安朝の寝殿造りは使用目的に応じて可動間仕切りで囲い、一定の区画が何にでも使える流動性をもっていて、なによりよく風が通る住居でした。それが次第に使用目的別の部屋に固定され、ふすま、障子、板戸などの固定した間仕切りになっていきました。書院造りです。それでも江戸時代までは、時代の主役であった武士の住居が基本的には開放型住居であったことに変わりはありません。明治期に入って近代西欧文明 が入ってくると日本人の住居も和洋折衷型へと変化していきます。大正、昭和を通じて和洋折衷型の住宅が一般的となっていき、昭和30年代以降、新建材、コンクリート、アルミサッシなどの登場によって、畳の家までが密閉化されるようになります。機密性の高さがよりよい住宅といった誤った価値観が植えつけられたというわけです。個室が重視され、子供が自立心を育てるには個室(密室)がいいという考え方まででてきました――つまり日本の住居は開放型から閉鎖型へと“進化”を遂げたというわけですが、問題はここから始まりました。アレルギー問題の発生です。この時期(2月)になると大半の家庭が花粉に悩まされているのではないでしょうか。私の家でもこれまでは、いかにして花粉を家の中に入れないようにするかということを第一に生活していました。ところが、本書では花粉対策として換気の重要性を説いていることを知って、目からウロコの思いです。暮らし方、住まい方の中に「風」を取り戻そうというわけです。なにも平安朝時代の寝殿造りへの回帰を薦めているわけではありません。今の私たちの暮らしにあった「高密度開放型の住まい方」への転換を図っていこうという提案です。それは新築やリフォームをしなければできないことではありません。まず、暮らし方を開放型に変えていくために、著者は一日4回の換気を提案しています。花粉症の悩み解消の一歩というわけです。新しい住まい方、暮らしの知恵満載の書です。(2012/2/10)
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    投稿日:2012年02月10日