書籍の詳細

1911年1月24日、明治天皇暗殺を企てたとして幸徳秋水ら12名が絞首刑に処された。判決から1週間後の早朝、厳冬の市ヶ谷監獄刑場だった。世にいう大逆事件である。処刑された和歌山の医師・大石誠之助と親しく、奇跡的に嫌疑をまぬかれた大正のクリスチャン作家・沖野岩三郎の娘を母とするジャーナリストが祖父の残した貴重な原稿資料を手がかりに、膨大な文献を精査して冤罪の視点から光をあてた大逆事件の真実――国権による集団催眠という戦慄すべき歴史が100年の時を経ていま、解き明かされる。

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大逆事件異聞 大正霊戦記 沖野岩三郎伝のレビュー一覧

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  • 1911年1月24日、明治天皇暗殺を企てたとして幸徳秋水ら12名が絞首刑に処された。判決から1週間後の早朝、厳冬の市ヶ谷監獄刑場でした。世にいう大逆事件です。――この「大逆事件」から100年の時が経過した2011年、本書『大正霊戦記 沖野岩三郎伝』が電子書籍となってリリースされました。沖野岩三郎は和歌山グループ6名のリーダーとされた医師・大石誠之助(絞首刑)と親交のあった新宮教会の牧師。事件当時、34歳の沖野は大石らとともに、貧しい人々を救済する運動を行っていましたが、そのことが「天皇暗殺謀議」へとフレームアップされ、大石自身も和歌山グループ「7人目の共謀者」としての嫌疑を受け、厳しい訊問にさらされました。かろうじて逮捕を逃れた沖野は、盟友だった大石医師の遺族の支援をする一方、作家として「大逆事件」の真実を伝えるための執筆活動を展開していきます。幸徳秋水、大石誠之助らの処刑から半年後に特別高等警察、いわゆる特高が設置され、社会主義関係者に対する監視・尾行・郵便物検閲といった視察体制が確立されていくなかで、世の人々に真相を伝える執筆活動が困難を極めたことは想像にかたくありません。本書は沖野岩三郎の養女を母とする筆者が祖父の残した原稿類を初めとする膨大な関係資料を精査し、沖野岩三郎の生涯を再現したノンフィクションです。「大逆事件」を国家権力による集団催眠主義(国権メスメリズム)に基づく冤罪裁判であったとする視点によって貫かれた本書は、大逆事件100周年の今、その衝撃性をさらに増したといっていいでしょう。昨年来、検察官による自白強要、証拠物改竄という司法・裁判の驚くべき実態が白日の下にさらされていますが、そうした日本の検察、裁判制度に連綿として続いてきた病根の原点ともいうべき大逆事件はわずか100年前の出来事なのです。作家・猪瀬直樹さんは本書に寄せた跋文で筆者についてこう述べています。「関根進さんは、作家としての僕の恩人です。なぜなら僕の処女作『天皇の影法師』(1983年、朝日新聞社刊)を読み、この著者にうちの雑誌(『週刊ポスト』)で連載をやってもらえないか、と編集会議で提案したことがきっかけで若い編集者が僕のところにやってきた。その後、関根編集長と夕飯を食べることになり、僕は『ミカドの肖像』の原案を口頭でお伝えした。(中略)『ミカドの肖像』が週刊ポストに連載されるのは昭和六十年(1985年)一月十八日号からでした。翌昭和六十一年八月一日号まで、七十六回である。その年の十二月に分厚い単行本として出版されたのです。(中略)週刊誌が新聞や月刊誌の水準以上の調査報道をきちんとやる前例をつくったこと。これは関根さんと僕の誇りです」本書著者・関根進さんの編集者、ジャーナリストとしてのこうした考え、姿勢はライフワークとして取り組んだ『大正霊戦記』でも貫かれています。(2011/3/25)
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    投稿日:2011年03月25日