書籍の詳細

明治30年代、美貌のピアニスト・井ノ口トシ子が演奏中倒れる。死を悟った彼女が綴る手紙には出生の秘密が……。(「押絵の奇跡」)江戸川乱歩に激賞された表題作の他「氷の涯」「あやかしの鼓」を収録。

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押絵の奇蹟のレビュー一覧

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  •  最近、夢野久作『押絵の奇蹟』の文庫新装版が書店に平積みされ、同時に電子書籍にもなって話題を呼んでいます。表題作は雑誌「新青年」の昭和4年(1929年)1月号に発表された短編で、江戸川乱歩は「新青年」2月号に原稿を寄せて「二、三頁読むと、グッと惹きつけられてしまった。これは予期以上にいいものだぞ、という戦慄の様なものが、胸をしめた。私は読みながら度々ため息をついた。本当に脈が少し早まりさえしたかもしれない。『これはどうだ』『これはどうだ』と心の中で叫び続けていた。おしまいまで読んで、何の邪魔なものも出て来なんだ・・・・・・」と高く評価しました。夢野久作の代表作の一つとして数えられていますが、この傑作が発表から80余年を経て改めて注目を集めているというのですから、文学作品の力はすごいし、面白いと言っていいでしょう。
    女流ピアニストが歌舞伎役者に宛てて書いた長文の手紙という形式、流れるような名文は読みやすく、江戸川乱歩ではありませんが、あっという間に物語の世界に引きこまれていき、短編といっても170枚を一気に読んでいました。
    物語はこう始まります――。〈看護婦さんの眠っております隙を見ましては、拙ない女文字を走らせるのでございますから、さぞかしお読みづらい、おわかりにくい事ばかりと存じますが、取り急ぎますままに幾重にもおゆるし下さいませ。 あれから後、お便り一つ致しませずに姿をかくしました失礼のほど、どんなにか思し召しておいでになりますでしょう。どう致しましたならばお詫びがかないましょうかと思いますと胸が一パイになりまして、悲しい情ない思いに心が弱って行くばかりでございました。そうしてやっとの思いで一昨晩コッソリと帰京致しますと、すぐにあれから後の新聞を二、三通り取り寄せまして、次から次へとくり返して見たのでございますが、私の事につきましていろいろと出ております新聞記事と申しますのがまたいずれ一つとして私の心を責めさいなまぬものはございませんでした。 あの、丸の内演芸館で催されました明治音楽会の春季大会の席上で、突然に私が喀血致しまして、ほど近い総合病院に入院致しますと、その夜のうちに行方不明になりましたことにつきまして、新聞社やそのほかの皆様から寄せて頂いております御同情のもったいなさ。それからまた、最後までお世話になっておりました岡崎先生御夫妻の親身も及びませぬ痛々しい御心配なぞ、そうして、そのような中に、とりわけてもあなた様が、あの時から後、心ならずもあなた様から離れて行きました私の罪をお咎めになりませぬのみか、数ならぬ私の事を舞台を休んでまで御心配下さいまして、いろいろと手を尽して私の行方をお探しになっておりますうちに、思いもかけませず私と同じように喀血をなされました。そうして同じ丸の内の総合病院に、御入院になりまして、私の名前を呼びつづけておいで遊ばすということを「処もおなじ……」という雑報欄の記事で拝見致しました時の心苦しさ……。そうしてそれと同時にあなた様と私とがかように同じ運命の手に落ちて参りまして、同じ病気にかかって同じように血を吐く身の上になりましたことが、けっして偶然でありませぬことを思い知りました時の空怖ろしさ……。たださえ苦しいこの呼吸が絶え入るまで、ハンカチを絞って泣きましたことでございました〉演奏会の最中に喀血して倒れて後、黙って姿を隠した女流ピアニストの、歌舞伎の名優に寄せる思いの深さが伝わってくる書き出しですが、このピアニストと歌舞伎役者はフツーの恋人同士ではありません。二人の数奇なる関係こそが、夢野久作の真骨頂ともいうべきこの作品のテーマとなっています。ピアニストは九州福岡の出身、歌舞伎役者はいうまでもなく、東京で生まれ活動しています。その二人の容貌が相似形のようによく似ていることがすべての始まりです――ピアニストの手紙から引用します。〈失礼とは存じますが、あなた様と私とは、この世に生れ出ました時から、赤の他人同士ではなかったように思われるのでございます。その証拠の一つとしてあなた様は、前にも申し上げましたように、私のお母様のミメカタチをそのままのお姿でいらっしゃるのでございますが、一方に私の姿もまたあなた様のお若い時の御様子を、そのままに女になりました姿でおりますことを、まだ小さいうちからよく存じておりましたのでございます。こう申し上げましただけでも、あなた様には私の申しますことが偽りでございませぬ証拠を、たやすくお気づき遊ばすでございましょう。そうして、すぐにも私を、血をわけた妹かと思し召してどんなにか苦しみ遊ばすことでございましょう〉神社に奉納された押絵の歌舞伎役者と娘(ピアニスト)が瓜二つであることから押絵の作者である妻の「不義」を疑った父親は、妻に斬りつけて成敗。自らも自害して果てます。母親は不義を追及する父に対し、「不義を致しましたおぼえはもうとうございませぬが……この上のお宮仕えは致しかねます」と言って、この世を去りました。この言葉がのちに上京してピアノの道に進む娘を悩ませていくことになります。「不義の子」「兄と妹」・・・・・・娘は当代一の名優への複雑な思いを胸に秘めて「真相」に迫っていきます。思いもよらぬ結末は、さすが異端の作家・夢野久作作品といっていいでしょう。ほかに、『氷の涯』(昭和8年に「新青年」に発表)、『あやかしの鼓』(「新青年」の創作募集に応募じた作品。一等がなく、二等に入選し、大正15年に「新青年」に発表)が収録されています。中村河太郎氏による解説が削除されずに巻末に収録されているのがうれしい。(2013/11/29)
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    投稿日:2013年11月29日