書籍の詳細

つましい月給暮らしの水田仙吉と、軍需景気で羽振りのいい中小企業の社長、門倉修造との友情は、まるで神社に並んだ一対の狛犬のように親密なものだった。門倉は、水田の妻たみに、長年ひそかな慕情を抱いてもいる。太平洋戦争をひかえた慌しい世相を背景に、男の熱い友情と秘めた思慕が織りなす、市井の家族の情景を鮮やかに描いた、向田邦子・唯一にして絶品の長篇小説。東宝による映画化では、高倉健が門倉、板東英二が水田、富司純子がたみを演じた。

まだユーザーレビューはありません。最初のレビューを書いてみませんか?

あ・うんのレビュー一覧

絞込み条件
  • レビュアー絞込み
表示形式
  • 表示件数
  • 表示順
  • 旅行先の台湾で乗り合わせた飛行機が墜落して、向田邦子が死去して30年。2012年の正月、向田邦子原作のTVドラマや向田邦子の軌跡を女優がたどるドキュメント番組が放送されるなど、今も向田作品は私たちの中に生き続けているようです。「昭和の家族」の有り様を生き生きと描いたその作品群は古びることなく、今も私たちの琴線を刺激し、読む者に深い感銘を残してくれます。本書『あ・うん』は初版が1981年5月ですから、1981年8月の突然の死の直前に出版された代表作の一つ。日本が1937年(昭和12年)の盧溝橋事件から日中戦争、第二次世界大戦(太平洋戦争)へと突き進み、庶民の生活にも「戦争」が影を落とし始めた時代を生きた二組の家族の物語です。「寝台戦友」と称する水田仙吉と門倉修造。水田は製薬会社に勤めるサラリーマン。一方の金属工場を経営する門倉は軍需景気に乗って羽振りがいい。東京に帰任する水田のために、門倉は貸家の世話をし、二十歳近い娘のある水田の女房にどうやら二人目の子供が出来たみたいだと聞くと、その子がもし女の子だったら養子にくれと頼みこみ、水田は水田でその申し入れを女房に確かめることもせずに承諾するほどの親友同士。「寝台戦友」とは、初年兵時代をともに過ごし、苦楽をともにしたということを意味しているそうです。この二人、ただ仲がいいというだけではなく、じつは門倉は水田の女房、たみを思っている、そしてそのことを水田も門倉の女房の君子もちゃんとわかっている。わかっていながら、何事もないかのように付き合い、面倒を見合っている。微妙なバランスの上に立って暮らす夫婦がかもし出す人情の機微を描きだす向田邦子のうまさ。たとえばこんな具合です。〈その夜、門倉は、はやっている「ダイナ」を口ずさみ、ステップを踏むような足どりで君子に上衣を渡した。「子供、もらうことにした」君子は、上衣を抱えてしばらく立っていた。洗面所でシャボンで手を洗う門倉のうしろから声をかけた。「子供もらうなんて、うまい言い方、なさるもんね」水を出していたので、これは門倉に聞こえないらしかった。「もらうんじゃなくて、引き取ると、はっきりおっしゃたらどうなんです」「そうじゃないよ。もらうんだよ」「子供あなたの子でしょ」こんどは門倉が棒立ちになる番だった。「いま、なんて言った」「子供あなたの子でしょ、と言ったんですよ」門倉の濡れた手が、君子の頬で鳴っていた。「なんてことを言うんだ。おれは指一本触れたことはないよ。子供はあいつと奥さんの子供だよ」「「あいつ――」「水田のとこだよ」と言ってから、「口、大丈夫か」詫びともいたわりともつかぬ声になった。「水田さんとこ、生まれるんですか」「十八年ぶりだってさ。テレてたよ」門倉はタオルを君子に渡して、「お前が反対なら、おれひとりでも育てるからな」「誰が反対だなんて言いました」「賛成か」鏡に君子の笑い顔がうつっていた。左の頬が指の形に赤くなっている。哀しみと嫉妬はみたくない。門倉は、いつもそうするように、知らん顔をした。「いつなんですか、予定日」多分、この秋だろうという返事は、背中で答えた。寝室で着替えをしたが、君子はすぐには来なかった。やりかけの刺繍の、きりのいいところまで刺してからくるのである〉「昭和」という時代を生きる普通の人々の息遣いが聞こえてくるようです。2度にわたってTVドラマが制作され、映画化もされた名品。「昭和」の匂い漂う向田ワールドをお愉しみください。(2012/1/6)
    • 参考になった 2
    投稿日:2012年01月06日