書籍の詳細

老年期に入ろうとする主人公たちが展開する心理や行動は,性の快楽が青年の特権ではないこと,さらには,それらの行為を通して人生の真実により深く到達するのは,若者や壮年よりも老年であることを啓示する。作者自身,また日本文学でも未開拓であった「老年」に真正面に取組んだ作者最後の傑作長篇小説。

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  • 〈銀狐のように白さを点綴したかくしげに包まれたその暗赤色の開口部は異様に猛々しかった〉――主人公の画家が六十歳を過ぎた歌人と性関係に入っての感想はじつに赤裸々です。そして、若い頃童貞をささげた女性・前山夫人と老年になって再会するシーンは性の深淵を正面から描いて衝撃的です。〈生きてゆく人間にとって、ある種の記憶は消えることがない。二十何年か前の羞らいが、共犯者の男性の前で、五十歳の女性の顔にのぼるのを、私は見ていた。五十歳という年齢の女の中で欲望が生きているのを私は感じた〉岩波文庫(近現代の日本文学を示す緑帯)所収ですが、単行本として刊行されたのは1968年、作者が64歳の時でした。画家という芸術に関わる職業をもつ主人公は作者・伊藤整自身を投影した存在で、その主人公が一人称で語る形で物語が進行していくのですが、驚くべきは、そこに描かれている六十歳前後の老人の激しく貪欲な性の行為の実態です。巻末の解説を書いている中村真一郎の言葉をかりれば「女性が六十歳を過ぎても充分に性的に活発であり、男性は老年になってもなお、年上の女性に魅力を感じるという一般の社会常識では考えられない恐るべき事実は、耳元でシンバルを鳴らされたような、脳の中枢に響く激動であった」という。高齢社会が現実のものとなり、老人ホームにおける老人たちの性の問題が週刊誌を賑わせている時代ですが、伊藤整は40年以上も前に日本社会の性意識の変化を嗅ぎとり、それを社会的現実として私たちの眼前に提出してみせたのです。〈彼女の肉体の接触感が私の腕に残った。昔のあの前山夫人は生きて、ふしぎに花やいだ老女の身体を持って私のすぐそばにいる。私の年齢が、自分に近い年齢の女の身体の実在を感じさせるのだ。やがてこの身体を持った彼女も私も死ぬだろう。しかし今触れたその肩は、彼女が生きてふたたび私のそばにいることの、焔のような証明であった〉再会した後、主人公が思いを寄せた前山夫人が病に倒れ突然の死を迎えることで、物語は終わります。己の欲望のままに生きること、それこそが正しい生であり、人間的なのだと訴えているようです。(2010/11/26)
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    投稿日:2010年11月26日