書籍の詳細

前途有望な商社員の主人公が留学の地で見たものは、摩天楼の、田舎町のフェア(市)の、自由と民主主義の、テキサスの砂漠の、ゲイの、現代文明の、H・ミラーの、T・ウルフの、白人、黒人、黄色の、男と女の、そして空爆のアメリカ。それらアメリカを深く抱いた著者が、人間の性と人種差別の問題を、広大な大陸に降り注ぐ雨のように全編にわたってしたたらせた。その技巧は、世界文学そのもの。『何でも見てやろう』の生まれる前から構想、書かれていたというフィクションの巨編。

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アメリカのレビュー一覧

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  • アメリカ南部の大学町でパリ帰りの絵描きと共同生活をする日本人商社マン「私」が、友人に誘われたパーティで知り合ったシャーロットと恋におち、やがて別離の時を迎えるまでの悩み、葛藤を若き小田実が描いた小説です。二人の間には1950年代から60年代にかけてアメリカ社会、ひいては世界が直面していた様々な問題が影を落としています。その一つは、「私」が南部の町で暮らし始めてしばしば面と向かって投げつけられたり、耳に入ってきたりする「ジャップ」という言葉であり、「ニッガー」(くろんぼ)という言葉に表れる人種差別です。「私」は「ジャパニーズといえよ」と言い返すのですが、まだまだちゃんとには受けとめてもらえない時代です。初刊は1962年。その翌年1963年に故マーチン・ルーサー・キング牧師の「私には夢がある I have a dream」という名演説で知られるワシントン大行進(奴隷解放宣言から100年目にあたる1963年8月28日に行われ、黒人公民権運動の頂点となった)が行われていることからもおわかりのように、黒人差別が普通に行われていた時代でした。作品中にも「白人用待合室」や「白人用トイレット」「白人用スーパーマーケット」の存在が語られ、「黒人用公園」があったという話もでてきます。いま史上初の黒人大統領をいただく「自由と民主主義の国アメリカ」の、それが現実だったのはわずか半世紀前のことなのです。そうした時代のアメリカで出会った日本人男性とアメリカ人女性の生き方を左右する様々な問題――アメリカ(人)と日本(人)、ナチス、戦争、空襲、人種差別、ベトナム戦争――を正面からとらえて世界文学に通ずる小田文学の巨編です。上下2巻。(2010/10/29)
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    投稿日:2010年10月29日