書籍の詳細

26歳のフルブライト留学生が、欧米・アジア22ヵ国を貧乏旅行したこの旅行記は、ユニークな「世界現代思想講座」である。著者が欧米のスマートな知識人と媚びることなく対等につき合い、垢だらけの凄惨なインドの貧困にも目をそむけることなく向き合う姿は、爽快で頼もしい。アメリカの豊かさとその病根、人種差別を直視する痛烈で優しい眼は、ヨーロッパやアジアにも向けられる。若者らしい痛快な笑いとセンチメンタルな涙、本物の、上等な知性と勇気のベスト&ロングセラー。

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  • 『何でも見てやろう』が電子書籍版小田実全集の第1弾として刊行されたのを機に再読しました。
     29歳の小田実は同書を、
    〈ひとつ、アメリカへ行ってやろう、と私は思った。三年前の秋のことである。理由はしごく簡単であった。私はアメリカを見たくなったのである。要するに、ただそれだけのことであった。〉
     ――こう書き始めています。とりわけ見たいと心ひそかに憧れていたのが三つあった。ニューヨークの摩天楼、ミシシッピ河、テキサスの原野。なかでもわれわれの文明が二十世紀になって行きついた極限のかたちというべき摩天楼にもっとも心をひかれていたという。
     その心象風景を小田実はこんなふうに綴っています。
    〈二十世紀のわれわれの文明が、われわれの手に負えないほどに巨大な、ばかでかいものになっている、あるいは、そうなりつつあるなら、そのばかでかさというものに、ひとつ直面したい。そいつが重圧となって私の頭上におおいかぶさってくるなら、その下で自分を試したい、コトバを変えて言えば、自分の存在を確かめたい、と。〉

     こうして小田実は1958年の夏、船で太平洋を渡ります。そして大陸を横断してボストンへ。ハーバード留学生生活が始まり、ニューヨークを歩き回ります。また中西部からメキシコにも足を伸ばします。そして滞在期限ぎりぎりの1959年10月7日、アメリカをあとにします。それ以降、60年4月に羽田にたどりつくまで、半年にわたってアメリカと日本の間に横たわるもろもろの国をブラブラ歩いています。その数二十二カ国。
     まだ日本が貧しかった時代に一人の学生が自身の足で歩き、自分の目で見た等身大の世界旅行記です。青春の旅行記としては後に沢木耕太郎『深夜特急』(全6巻、新潮社、2014年6月20日配信)が出ていますが、戦後生まれの沢木耕太郎とはちょうど一世代上の小田実の青春旅行記。陸路、ヨーロッパを目指した沢木耕太郎に対し、小田実はヨーロッパから羽田に帰ってきます。10数年の時代を隔てた二人の日本の若者が何を見て、何を感じ取ったのか、読み比べてみるのも一興です。(2010/07/02、2018/4/2追補)
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    投稿日:2010年07月02日