書籍の詳細

80歳の母を祝う花見旅行を背景にその老いを綴る「花の下」、郷里に移り住んだ85歳の母の崩れてゆく日常を描いた「月の光」、89歳の母の死の前後を記す「雪の面」。枯葉ほどの軽さのはかない肉体、毀れてしまった頭、過去を失い自己の存在を消してゆく老耄の母を直視し、愛情をこめて綴る『わが母の記』三部作。〈老い〉に対峙し〈生〉の本質に迫る名篇。ほかに「墓地とえび芋」を収録。

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わが母の記 花の下・月の光・雪の面のレビュー一覧

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  • 〈「来月、また来ますよ」私は言った。「そう、来月ね」母は笑顔を見せたが、私が誰であるかも、来月来るというがそれがいつのことであるかも判らない風であった。十時にくるまが来た。「じゃ、おばあちゃんも元気で」私が言うと、「もうお帰りですか」母は玄関まで送って来た。土間に降りようとしたので留めると、「では、ここで」と母は言って、玄関の上り框の上に立っていた。くるまに乗る時、母の方へ眼を遣ると、母はこちらに顔を向けたまま、両手で襟を合わせていた。一生懸命に襟を合わせているといった、そんな仕種に見えた。着物の乱れを直して送ろうと思っていたのであろう。これが私が見た母の最後の姿であった。〉昭和の文豪・井上靖は自伝的作品『わが母の記』三部作の、3作目にあたる『雪の面』に、母との別れの時を静かな筆致でこう書き残しています。アフガニスタン、イラン、トルコの旅から6月末に戻った井上靖が、夏を過ぎてようやく郷里の家に母を見舞った9月のことです。半年ぶりに同じ屋根の下に二泊した井上靖と89歳になる母。二人は明日東京に帰るという前夜、こんな会話をします。〈「雪が降っていますね」母は言った。雪など降っていないと私が言うと、非を咎められでもしたように神妙な顔になったが、こんどは声を低くして呟くように、また、「雪が降っていますね」と、同じことを言った。私は母を寝室まで送り、自分はそこにはいらないで洗面所へ行った。雪が降っていよう筈はなかったが、洗面所の窓を開けて、戸外を覗いた。戸外は暗かったが、空の一部には星が見え、裏庭の叢ですだいている虫の声が聞こえていた。私は二階の部屋に戻る途中、母の寝室を覗いた。寝床は敷かれてあったが、母はそこにはいらないで、昼間の母のように炬燵の前に坐っていた。(中略)私は母の錯覚が何によって引き起こされたか、それを知ろうと思って、母の前に坐ったのであったが、私が口を開く前に、「雪が降っていますね。一面の雪」と、母はまた言った。「雪が降っているような気がするの?」「でも、降っていますもの」「雪なんて降っていない。星が出ている」すると、母はそんな筈はないといった表情で何か言おうとしていたが、いい言葉が思い浮かばないのか口を噤み、暫く間を置いてから、「ほら、雪が降っています、ね」恰も戸外の雪の音にでも耳を傾けているようなしんとした表情で言った。私も母を真似て耳を澄ましてみた。戸外からも、家の内部からも、何の物音も聞こえていなかった。〉もう四十年以上も雪の夜を知らないはずの母。その脳裡にはかつて暮らした地の記憶があるのか。旭川、金沢、弘前・・・・・確かめるように聞いていく井上靖に、母は「みんな忘れてしまいましたね。惚けてしまって」と言う。「もういいの、思い出さなくても」母が昔のことを思い出そうとしている表情や、首をかしげたり、顔を俯けて自分の膝の上に目を落としたりしている仕種に、何か懺悔でもさせられているような虔(つつま)しさと痛ましさを見た井上靖は母に昔のことを思い出させる権利はないと思い至ります。『花の下』で80歳の母を初めて書き始め、85歳のときに『月の光』を、そして89歳の母を『雪の面』に――老い、壊れていく母を見つめた作家が綴った『わが母の記』三部作。家庭の事情から、幼くして父や母と離れて祖母(実際には曾祖父の妾で、血のつながりはなかった)の手で育った井上靖と妻、孫、そして兄弟姉妹たち――井上家の人々は、自らの記憶を消していくように壊れていく老母(祖母)にどう向き合っていったのか。井上靖没後21年の2012年、井上靖自身が「小説とも随筆ともつかぬ形で母の老いた姿を綴った」という作品は、原田眞人監督の手によって映画化され(4月28日公開)、再び脚光を浴びています。「老い」をどう生きるのか、親と子の絆とは? 私たちに突きつけられている永遠のテーマを抑制のきいた文章で綴った名編です。(2012/4/20)
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    投稿日:2012年04月20日