書籍の詳細

警視庁捜査一課の横渡刑事は帰宅途中、暴漢に襲われた女性を助けようとして男と格闘し無念にも刃物で刺殺された。一方、襲われた女性も死体で発見される。殉職の訃報を聞いた棟居刑事は激しい怒りを覚え、「仇はおれがとる」と亡き横渡の面影に復讐を誓う。そして、女性被害者の身辺を調査中、遺品から28年前に起きた棄児事件を報道した古い新聞記事が見つかった……。燃える刑事魂が巨悪と対決する「棟居刑事シリーズ」第一弾!!

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「棟居刑事」シリーズのレビュー一覧

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  •  角川春樹氏率いる角川書店の文芸誌「野性時代」1975年2月号で始まった、森村誠一の連載小説『人間の証明』は衝撃的でした。連載終了後の翌76年1月に単行本が刊行され、これまでに累計770万部の大ベストセラーとなりました。
     角川春樹氏は初版100万部を主張し(実際には営業の反対にあい50万部からのスタートとなったそうです)、当時、全面展開していたメディアミックス戦略の代表的作品の一つとして77年には映画公開されました。そこで主人公の警視庁麹町署・棟居(むねすえ)刑事を演じたのは松田優作。ニューヒーロー刑事の誕生でした。以来、棟居刑事役は、林隆三、石黒賢、渡辺謙、竹野内豊ら実力派の役者によって演じられてきました。
     そして『人間の証明』の大ヒットから、新たな刑事ミステリー「棟居刑事シリーズ」が生まれます。麹町署から警視庁捜査一課に転じた棟居刑事が数々の事件に挑む、このシリーズも繰り返しテレビドラマ化され、佐藤浩市、中村雅俊、東山紀之らが魅力的な刑事を演じてきました。
     今回紹介する『棟居刑事の悪の器』(角川文庫版)も、同シリーズの一つで、2000年4月が初版。

    〈大槻麻子(おおつきあさこ)はまんじりともしなかった。昨日の午後、飼い猫のメイが家を出たまま帰って来なかったのである。いつもは長くても二時間ほどすると帰って来る。
     眠れぬまま、とうとう朝を迎えてしまった。子供たちもメイの身を案じて、よく眠れなかったらしい。腫(は)れぼったい目をして朝食のテーブルについたが、食べ物にはほとんど手をつけない。
    「駄目よ、ちゃんと食べていかなきゃ。学校から帰ってくるころには、きっとメイは帰ってきているわよ」
     麻子は自分に言い聞かせるように言った。夫だけが天下泰平にまだ寝ている。〉

     ごく普通の家庭、平和な暮らしにちょっとした異変が生じた朝の光景で、物語は始まります。飼い猫が一夜明けても帰って来ない。三日目の朝起きた時にも姿はない。その間――7月9日深夜から10日未明にかけて、麻子の家からそう遠くない場所で3件の事件が発生していました。梅雨末期の強い雨の路上をバイクで走っていた宗方聡恵(むなかたさとえ)という48歳の新聞集金人が車にはねられて死んだ。10日の朝、轢き逃げ現場から四、五百メートルの距離にあるアパートの一室で、入居者のOLが紐で首を絞められて殺されているのが、管理人によって発見された。麻子の家からは200メートルほどの距離。被害者は南里美雪(なんりみゆき)、28歳。死体には生前の情交、死後の陵辱(りょうじょく)の痕跡はなく、室内を物色した痕や抵抗した模様も認められなかった。死亡時刻は7月10日午前零時前後と推定された。第3の被害者は、身元不明の20歳前後とみられる女性。着衣に乱れはなく、死因は紐を首にかけて絞め、頸部圧迫による窒息と見られた。死体発見場所は都下狛江市の一隅に残るバブルの残骸ともいうべき、建設後放置されたままの3階建ての建物。狛江市は他の二件の現場とは隣接している。
     麻子の飼い猫・メイはいなくなってから3日目の朝、子供たちが学校に出た直後に戻ってきたが、そのメイの首輪につけられた小さなポシェットに見なれないメモが入っていた──「副島成美佐賀」の走り書き。そして、汚れた毛に残っていた、微かな血の跡。麻子の家の周辺でほぼ同時に起きていた3件の事件と関係があるのか。
     所轄署に設置された捜査本部に詰めることになった警視庁捜査一課の棟居刑事はこの走り書きを手がかりに事件の謎を解いていきますが、それにはこれ以上触れないのがルールでしょう。
     ブームの警察小説、刑事小説の元祖とも言うべき「棟居刑事シリーズ」の面白さはその謎解きの道筋と同時に、設定の社会性にあります。著者は自身の公式サイトで本書のモチーフについてこう述べています。
    「東京はあらゆるものを入れる巨大な器である。だれでも入れるが、根を下ろすのは難しい。そこに蝟集(いしゅう)するほとんどの人間は未知の他人であり、敵性とみた方が無難である。(中略) きらめくイルミネーションの底に潜む危険に捕まった若者の愛と死。東京は悪がいっぱい詰まった器であると同時に、人間を惹きつけてやまない魅力がある。それはミステリーのためにあるような器であり、ここに森村ミステリーワールドを盛りつけてみた」
     棟居刑事登場の森村ミステリーは、紹介した角川文庫版のほか、双葉文庫版、徳間文庫版)、光文社文庫版、講談社文庫版など多くの出版社から配信されています。
    (2013/4/5)
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    投稿日:2013年04月05日