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出会い系メディアを利用して行われる現代型売春“ワリキリ”。100人超の“彼女”たちへのインタビューから、その実像=変わらぬ排除と貧困の構造が明らかに。気鋭の評論家、初のルポ。

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彼女たちの売春(ワリキリ)のレビュー一覧

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  •  私たちの社会についての、驚くべき数字がある。
     日本では今、少なくとも、1日に1万件以上の“ワリキリ”(フリーの売春活動)が成立し、月に1度以上の頻度でワリキリを行う女性が、少なくとも10万人前後は存在していると考えられる、というのだ。
     100人超のワリキリを行う女性たちの証言を集めて記録した『彼女たちの売春(ワリキリ)』著者の荻上(おぎうえ)チキが、出会い系サイトでやりとりされているメールの件数から確認した数値です。「少なくとも」とことわっていることに示されているように、一時期はワリキリを行っていたものの、「卒業」した女性の数は、その何倍にものぼるだろうし、出会い系サイトを使わず出会い喫茶(デカフェ)を利用している女性を含めれば、その数はさらに膨らむだろう。
     それでも、〈風俗、裏風俗、たちんぼ、援デリ、裏デリ、愛人契約など、形態や濃淡がさまざまな売春〉があり、ワリキリは売春市場全体の、ある一角を占めるものでしかありません。ニュースサイト「シノドス」編集長であり、気鋭の評論家として注目される著者はなぜ、売春市場の一角であるワリキリにこだわり、出会い喫茶、出会い系サイトの利用者へのインタビューを重ねたのか。「特殊な職業」を選んだ(選ばざるを得なかった)彼女たち。百人百様の、それぞれの事情から浮かび上がってきたのは、けっして個人には還元できない現代日本社会の「貧困」問題である。
     著者はタイトルの『彼女たちの売春』の「売春」に「ワリキリ」とルビをつけ、副題を「社会からの斥力、出会い系の引力」としました。彼女たちを社会からはじき出す圧力が働く一方で、行き場をなくした彼女たちを引き込んでいく出会い系メディアの存在が、ワリキリの背景にあるという問題意識を示しているように思えます。

     あず、25歳。高卒。風俗経験なし。離婚準備中――著者が地方都市の出会い喫茶で出会った女性だ。彼女がワリキリを始めたきっかけは、出会い喫茶店員の一言だった。プロローグから引用します。

    〈彼女は子どもの頃から、親からの理不尽な罵倒と暴力を浴びせ続けられて育った。高校を卒業してすぐに家出をし、放浪中に出会ったひとりの男と結婚をしたが、夫となったその男もまた、激しい暴力を振るうようになった。そんな生活にも耐えられなくなった彼女は、再び家を飛び出すことになる。わずかなお金をもとに漫画喫茶(マンキツ)で暮らし、街をさまようなかで見つけたのが、出会い喫茶(デカフェ)だった。
     出会い喫茶の店員から、彼女は「ワリキリ」という言葉を教わる。お金だけで割り切った、大人の関係。カジュアルな言い回しを装ってはいるが、ようは売春行為(ウリ)のことだ。
     セックスをすれば、まとまった額のお金になる。お金に困った女の子で、ワリキリに手を出す子は多い。君なら、そこそこ稼げるようになるはずだ――。そう聞かされた彼女は、その日からワリキリを始めることにした。
     緊張と不安感を押し殺し、喫茶で相手方となる男性をつかまえ、ただ淡々とセックスをし、お金をもらう。彼女にとってそれは、とても簡単で、とても不快な「作業」だった。初めてのワリキリを終えた彼女は、大きくため息をつき、手にしたお金をそそくさと財布の中にねじ込んだ。そして漫画喫茶に帰るのではなく、その足でまた、出会い喫茶へと戻っていった。すぐにでも次の客をつかまえるために。〉

     住むところさえない貧困の中で出会った「君なら、そこそこ稼げるようになるはずだ」の一言。“ワリキリ”への一線を越えた彼女はそれから4か月間、漫画喫茶と出会い喫茶を往復する日々を続けたという。

    〈彼女の売春価格は、セックス一回1万円。この価格は、地域相場と比べても、格段に安い部類に入る。彼女は決して見た目が一般の女性よりも劣るというわけでもなく、どちらかといえばコケティッシュなほうだと思う。だが、彼女はそもそも、「相場」を知る機会がなかった。彼女が利用していた出会い喫茶が、極端に利用者が少ない店舗だったため、女性同士が交流する機会がなかった・・・〉

     著者は、あずの話は現代では実にありふれた話のひとつだ、と続けています。冒頭で触れた“1日1万件以上のワリキリ”の推計からわかるように、日本には今、「ワリキリ」と呼ばれる、フリーの売春活動を行っている女性が山ほどいる。あずはそのなかのひとりで、けっして特別な人生を歩み特殊な職業に辿り着いたわけではありません。

     彼女たちがワリキリを選んだ理由とは? 多くの肉声が記録されていますが、ここでは二人だけ紹介します。

    ・まい 22歳
    〈非風俗の男性向けエステ店の面接に行ったところ、「君にはこっちのほうが向いているのでは」と、系列店の出会い喫茶を勧められた。しばらくは茶飯だけで稼いでいたが、次第に本番も行うようになった。〉
    ・チカ 32歳
    〈この年だし、病気だし、働く場所なんてないし。でも東京に来て、私でもこれなら人にご奉仕できますよっていうのが、これ(ワリキリ)で。(中略)自信をなくしている男の人とかもいるから、奉仕活動みたいな感じ。自分に向いている仕事、みたいな。ただ、自分が服脱いだりしなきゃ、最高なんですけど〉

     まい、チカの二人はもともと昼職で働いていたが、精神を患って以降、昼職で働くことが困難になったという共通項があるという。長時間の労働は困難だが、お金は必要だ。高収入を得られて、短い時間ですむという、「ワリがいい、キリがいい」の両方が揃った条件の仕事は、ほかにはそうそうない。そこに出会い系メディアの引力が発生するわけですが、これを社会問題として捉えることを回避して、個人の問題として切り捨てようとする考え方が根強く残っています。かつての貧しかった時代ならともかく、豊かな先進国である今の日本で「売春をしている者」は、「道徳」や「気持」に問題のある例外的な存在だとの主張だ。
     実際、どうなのか? この疑問から出発した著者の荻上チキは、風俗店には所属せずにフリーランスで働く女性たちの肉声を集めました。出会い喫茶や出会い系サイトで実際にアポを取り、100人を超えるワリキリ女性にインタビューし、アンケートを行った。その取材・調査活動は、東京や大阪といった大都市だけでなく、北海道から沖縄まで全国規模に拡がった。
     そうして集められたワリキリ女性個々の事情を徹底的に掘り下げ、検証したミクロ情報(肉声)と、地域ごとの価格差や売春形態の差異、学歴構成などを統計分析したマクロデータによって、本書は単なるワリキリ女性のルポではなく、私たちの社会についての優れたフィールド調査の報告となりました。巻末に収録された「ワリキリ白書」は、著者の独自調査と戦後に行われた売春調査から主要なものをピックアップして比較した資料性の高いものとなっています。なお、このフィールド調査は、もともと雑誌『週刊SPA!』(扶桑社)の連載として始まりました。連載の共著者である経済学者の飯田泰之(明治大学准教授)が、経済学的・統計的アプローチでまとめた『夜の経済学』(扶桑社、2014年1月10日配信)も注目です。著者は〈この二つの本は双子の関係にある〉としています。

     異色のフィールド調査に多くの時間を費やしてきた著者の、次の言葉でこの稿を閉じようと思う。
    〈ワリキリという売春形態は、現代の日本社会がいかなる状態にあるのかをあぶり出す。売春の内実は多様であり、ひとくくりにできるものではないけれど、ある傾向が見いだせることもまた事実だ。つまり、いくつかのリスク要因が、彼女たちの行動に大きな影響を与えている、ということだ。
     この社会はとても脆弱なもので、いかにも頼りない。だからこそ彼女たちは、生き延びるための手段として、ワリキリを選択した。彼女たちの人生には、とても複雑な物語がある。ただ、物語は一人ひとり異なるけれど、その展開などは似通っている部分も非常に多い。
     彼女たちがなぜワリキリを続けるのか。その理由に耳を傾けることは、すなわちこの社会がどのような状態にあるのかを明らかにする作業でもある。彼女たちの営みは、あなたが生活しているこの世界のすべてと地続きにある。〉
    (2017/12/29)
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    投稿日:2017年12月29日