書籍の詳細

昭和16年、陸軍徴用員として従軍した著者は翌年2月シンガポールに入り、昭南タイムズ、昭南日本学園等に勤務。市内の一家族の動向を丹念に描いた長閑で滑稽で奇妙に平和な戦時中の異色作「花の町」をはじめ、「軍歌『戦友』」「昭南タイムズ発刊の頃」「シンガポールで見た藤田嗣治」「或る少女の戦時日記」「悪夢」など、この体験に関わる文業を集成、9篇収録。

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花の町/軍歌「戦友」のレビュー一覧

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  • 通勤電車の座席にすわってiPod Touchで再読しました。大きくてきれいな文字、組版で、非常に読みやすい点を特徴とする講談社電子文庫のなかでとくにiPhone.での使用を許諾されている文芸文庫収録の作品。パソコンに最適化されたサイズでiPodではやや文字が小さいものの、電車内で読むのに苦になるほどではありません。快適なモバイル読書をした本書は太平洋戦争中、陸軍に徴用されて宣伝班員としてシンガポールで過ごしたときの経験に基づく短篇によって編まれています。シンガポール体験はその後の井伏文学に大きな影響を与えたといわれていますが、たとえば表題作の一つ『軍歌「戦友」』。軍歌「戦友」といわれてもピンと来ない人でも「ここは御国を何百里・・・・・・」と聞けば、あああれか、と思い当たるのではないでしょうか。井伏鱒二はこの軍歌を二つの場面で登場させています。一つは〈このごろ陸軍では「ここは御国を何百里」という軍歌が禁止になったそうですね〉という玉砕直前の硫黄島に物資を運び込んだ海軍中尉と守備隊の陸軍大佐(ロサンジェルス五輪の馬術で金メダルをとった西大佐)の会話。そして二つめが、戦後、サラリーマンになった元海軍中尉が定年で子会社に移籍し熱海で開かれた新人歓迎宴会の場面。部屋に残しておいた財布の現金が盗まれてしまうが、そのころ熱海では「ここは御国・・・」の間に盗難が多発していた。14番まであってたっぷり30分はかかるので、合唱が始まるのを待って泥棒に入ることが横行しているというのが、話の顛末。ゆっくりとすすむ軍歌合唱の間は誰も席をたたない、たてない、という当時の日本人の心情、それを逆手にとる人間模様。ユーモアにくるんだシリアスな仕掛が読み取れる秀作です。(2010/3/19)
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    投稿日:2010年03月19日