誉田哲也

光文社

ジャンル:ミステリー

600円 (税別)

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eBookJapan発売日:2013年03月29日

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 No Man’s Land――相対峙する軍隊の間のどちらの支配下にもならない中間地帯、緩衝地帯(小学館『ランダムハウス英和大辞典』より)。
 誉田哲也はなぜ、累計400万部突破の「姫川玲子シリーズ」の最新作(9作目)のタイトルに、戦争によって生じた空白地帯を意味する「ノーマンズランド」という言葉をもってきたのだろうか。
 波が打ち寄せる海岸に一人立つ女性の後ろ姿のイラストに白抜きのタイトル文字。最初にブックカバーを見た時、「なぜ、ノーマンズランド?」の疑問が湧き、その疑問は次第に大きな興味に変わっていった。
 ノーマンズランド――ボスニア戦争を描いてカンヌ国際映画祭(脚本賞)、アカデミー外国語映画賞などに輝いたフランスの反戦映画(2001年公開)がよく知られていますが、誉田哲也はこのタイトルで何を描こうとしたのか。ちなみに電子書籍本文を全文検索しても、「ノーマンズランド」は出てきません。本文中では使われていない言葉です。

「警視庁捜査一課の死に神」の異名を持つ姫川玲子を主人公とする警察小説シリーズ最新長編。物語はこう始まります。

〈初海(はつみ)が一体、何をしたというのだ──。
 俺はそればかり、何年も問い続けている。
 俺が、最初に彼女のことを知ったのはいつだったか。正確なことは覚えていない。でも、中学二年か三年のときにはもう、知っていたように思う。〉

 同じ中学のバレー部の女子たちが「南中の庄野さんは、ほんと凄い」と言っているのを聞いていた俺――江川利嗣(えがわ・としつぐ)は、バレーボールの強豪校として知られる埼玉県立朝霞東高校でその庄野初海と一緒になる。二人は徒歩通学組で家も近かったことからぎこちない会話を交わすようになり、早朝に待ち合わせて陸上自衛隊朝霞基地の周りを一周するのが日課になった。
 ともに期待の選手としてインターハイ出場を目指していた高校2年の冬休み。初海が練習中に足首の靱帯断裂の大怪我を負い、選手を続けることを諦めて男子バレー部のマネージャに。3年になって江川利嗣はスポーツ推薦で大学に入れそうだったが、初海は同じ大学を目指して猛勉強に取り組む日々――日課の早朝ジョギングは続いていたし、二人には高校生らしい“青春”があった。

 初海の入院中、江川は一日おきに見舞いに行った。病室での会話――。
〈「いや、だから……好きだから」
 初海は真顔で、黙って聞いている。
 俺が、続けるしかなかった。
「その……誘ってきたのは、初海、だったかも、しんないけど……好き、だったから……初海のこと、好きだったから、一緒に、走れて……嬉(うれ)しかったっていうか……まあ、そういう気持ち……です」
 すると、今度は口を尖(とが)らせ、初海はちょっと斜め上を見上げた。俺の方ではなく、反対の窓の方だ。
「それなら、まあ、いいけど……私も、江川くんのこと、好きだったし……もう、バレーは、選手としては、無理だから……少なくとも、三年の引退までに、今までみたいな、今までと同じスパイクを打てるようには、戻せないと思うし……」
 初海の目に涙が浮かんでくる。でも同じように、たぶん俺の目にも、浮かんできていた。〉

 部活引退後の二人――。
〈「私も一応、長谷田(はせだ)受けるよ。そしたら、一緒に通えるし」
「ああ。そしたらさ、また初海も、バレー始めりゃいいじゃん」
 そんなこともサラッといえるくらい、あの怪我からは時間が経(た)っていた。初海の足も回復していた。
「えー、もう無理だよ。全然、体が追いついていかない」
「そんなことないって。初海ならできるって」
「えー……私それより、大学入ったら、なんか楽器やってみたい。フルートとか、オーボエとか」
 初海が楽器をやるなんて、考えてみたこともなかった。でも、悪くない気はした。
「フルートはともかく、なんでオーボエなんだよ。っつか、オーボエってどんなんだっけ」「こういうの。縦笛の、なんかもっと複雑なやつ」
「ほんとはよく知らないんだろ」
「知ってるよ。っていうか、普通みんな知ってるから」
 あの頃の俺たちは、バレーボールというそれまでの共通言語を抜きにした、新しい関係を模索していたのだと思う。新宿に映画を観にいったり、渋谷に美味(おい)しいものを食べにいったり、原宿に服を買いにいったりした。同じ年頃のカップルと比べたら、少し幼稚だったかもしれないが、でもそれで充分、俺たちは楽しかった。幸せだった。時間はいくらでもある。ゆっくりと今を楽しみたい。そんな気分だった。〉

 大学生活への夢を語り合い、若者として“青春の日々”を普通に生きていた二人――。
〈それなのに──。
 ある日突然、初海は俺の前から、姿を消した。〉

 江川利嗣は大学2年の夏で大学を辞め、陸上自衛隊に入隊する。
〈初海は……北朝鮮の工作員に、拉致された可能性がある〉
 埼玉県警の警察官である初海の父からもたらされた情報が頭から離れることはなかった。

〈俺は大学に通い始めたものの、勉強にもバレーボールの部活にも、まるで身が入らなかった。先輩や同級生と話していても、頭の中はいつも初海のことで一杯だった。
 今こうしている間も、初海はあの、貧しい北の荒野で泣いているに違いない。何をされ、何をさせられ、どんな思いをしているのかなど、想像したくもなかった。ただ、泣いていると思った。
 ずっとずっと、初海は海の向こうで泣いていた。
 いつもいつも、初海は俺の中で泣いていた。
 泣きながら、俺に訴えてきた。
 江川くん、助けて。早く、助けにきて、江川くん──。
 こんなことをしている場合ではないと思った。大学もバレーボールも、もうどうでもよかった。初海を助ける、拉致被害者を救出する、そのことばかりを考え続けた。〉

 自衛隊唯一の空挺部隊であり、当時、最も特殊部隊に近い性質を持つといわれた第一空挺団を目指した。そのために極限状況下で90日間続くレンジャー課程の訓練に耐え抜いた。

〈初海をこの手で救出する。日本に連れ帰る。必ず連れ戻す。(中略)
 今も初海は俺を待っている。俺が助けにいくのを、泣きながら待ち続けている。こんなところで諦めて堪るか。倒れて堪るか。死んで堪るか。俺は、たとえ一人でも初海を助けにいく。背負ってでも、そのまま海を泳いで渡ってでも、初海をこの日本に連れて帰る。〉

「初海を日本に連れ帰る。必ず連れ戻す」特別な思いを胸に秘めた江川利嗣の闘い。それと並行するように、警視庁葛飾署に設置された「青戸三丁目マンション内女性殺人事件」特別捜査本部に入った姫川玲子班の捜査が動き始めます。
 被害者は、長井祐子、21歳。協立大学文学部、英米文学科4年で、1DKの自宅マンションのベッドに、仰向けの状態で死亡していた。顔面、胸部、腹部に複数、殴打されたような生活反応のある打撲痕があるものの、骨折等はなかった。死因は、頸部に扼痕があることから、扼頸による脳循環不全及び窒息と考えられる。つまり、殴られた挙句に首を絞められて殺された、ということだ。
 採取された現場指紋に「当たり」が出ます。大村敏彦、32歳。21歳のときに、傷害で前科一犯、3年の執行猶予となった男。写真はどう見ても元ヤン丸出しの顔で、大村の住まいは被害者のマンションとは500メートルと離れていない。
 幸先いいスタートだったが、すぐに意外な壁に突き当たります。大村がまったく別の殺人事件の容疑で逮捕され、警視庁本所署に留置されていることが判明。被害者が「サクマケンジ」という50がらみの男性だということ以外、情報はなにもありません。姫川はコンビを組む湯田康平(元姫川班、亀有署)と本所署に出向く。しかし、応対に出た刑事課長はけんもほろろの対応で、単なる縄張り争いではなく、裏になにかあると直感する姫川。何を隠しているのだ?

 姫川と湯田が本所署を訪ねた後、警視庁捜査一課殺人犯捜査第八係の勝俣健作に電話が入り、こんなやりとりがあった。勝俣警部補は、公安上がりの衆院議員、鴨志田勝自民党広報本部長につながる曰く付きの刑事だ。
〈『死神がこっちにきましたよ。大村に会わせろって』
 死神? 姫川玲子が、本所署にいったのか。
「なんだそりゃ」
『勝俣さんが入れ知恵したんでしょう』
「知らねえよ。なんの話だ」
『姫川は今、葛飾の特捜で女子大生殺しを調べてます。そっちでも大村の名前が出たようです。今、下手な横槍(よこやり)入れられたくないんですよ。しっかり処理しといてください』
 フザケんなよ、こら。
「おい、人にものを頼む態度か、それが」
『よろしくお願いしますよ、勝俣先輩』〉

 そんなことを知る由もない姫川玲子は、大村敏彦が被疑者となっている「佐久間健司殺害事件」の情報を求めて、東京地検公判部の武見諒太検事に接触を図ります。警察と検察の間のルールを逸脱した単独行動だ。姫川らしい動き方ですが、受ける検事も普通ではありません。ちなみに武見検事は、玲子と初めて会う場所として西麻布のバーを指定するなど、並の検事とは異なる言動が際立つイケメン。シリーズ初登場の新キャラクターです。

〈「姫川さんは、大村について知りたいんだよね。俺は、申し訳ないけど、彼について多くを知らない。でも、ちょっとクサい事件だなと、思ってはいたんだ。刑事部に……もちろんウチのね、地検刑事部に、少し丁寧に見るようにはいっておいた。ただ、結局のところ……下手な証拠と調書を喰わされて、恥を掻くのは俺自身だからね。ある程度、自分で納得できるところまで調べてみようと思ってたんだ。俺、刑事部が長かったからさ。捜査は、決して嫌いじゃないんだ」
 武見が、ぐっと身を寄せてくる。
「……あなたにその気があるなら、俺は、組んでもいいと思ってるんだ。どうする」
 検事が、別件を捜査している刑事と、組む?〉

 翌朝7時。武見からメールが送りつけられてきた。検視のときに撮影された、佐久間健司の遺体の顔写真が添付されていた。正面と横顔、というか、仰向けに寝かされているのを真上から撮影したものと、左側から撮影したものの二種類だった。
 姫川玲子はそれらの遺体写真から似顔絵を起こし、聞き込みに回ると同時に、繁華街で指名手配犯の顔がないか、毎日、何時間も何時間も見続けている「見当たり捜査班」の協力を仰ぐ。数百の手配犯の顔の特徴を頭にたたき込んだ職人集団だ。
 さらに武見検事から全身の遺体写真を手に入れます。20枚以上のそれを、特捜に持ち込んで密かにプリントアウトするのはさすがに難しい。要町の自宅に帰り、携帯をパソコンに接続。プリンターから1枚、1枚排出されてくる写真を床に並べていく。
 首、左右の肩、上腕、前腕、拳、胸部、脇腹、下腹部、股間、男性器、大腿部、膝、脛、足。引っ繰り返して、背部を収めた写真もある。最初に入手した頭部の写真――短髪、白髪交じり。額、眉、鼻、頬骨、耳、もみ上げ、口の周りには無精ヒゲ。

〈待って、まさか、そんな──。
 恥ずかしながら、玲子に男性経験というものは、まったくゼロではないものの、極めてそれに近いといっていい。なので、男の体をよく知っているとは、とてもではないがいえない。
 ただし、死んだ男の体ならよく知っている。全裸で、身動き一つしない、全体に変色した男の体なら、冗談でなく腐るほど見てきた。
 その経験からいうと、これらの遺体写真には大変な違和感がある。〉

 姫川玲子は、今年の3月で東京都監察医務院を定年退職した國奥定之助(くにおく・さだのすけ)を訪ねます。お気に入りの玲子を「姫」と呼ぶ國奥に「違和感」を確かめる。はたして名監察医の判断は?

 姫川の前で「事件」はまったく異なる姿を見せ始めます。
 国家の思惑が絡み、事件の隠蔽に動く与党政治家。その指示を受けて動く刑事。
 それでも、真相に迫ることをやめない姫川玲子。
「彼女を必ず日本に連れ帰る」と思い続け、日本海に向かった自衛官は?

 ノーマンズランドを覆う、言いようのない寂寥感が読むものの胸中に広がってくるようだ。
 永田町の深い闇に光を当てる社会派ミステリーの新たな傑作の誕生です。(2017/12/22)
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