書籍の詳細

東京下町の少年時代、山形米沢の高工時代――「巡礼歌」「エリアンの手記と詩」など習作期の詩作と第1詩集「固有時との対話」第2詩集「転位のための十篇」を収める。敗戦後の混乱した社会に同化できない精神の違和と葛藤を示し、彷徨する自己の生存をかけた高い緊張度により支えられる自選初期詩集54篇。

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吉本隆明初期詩集のレビュー一覧

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  • 「・・・・・・評論家で詩人のヨシモトタカアキさんが、肺炎のため、16日午前2時過ぎに東京都内の病院で亡くなりました」
     朝、仕事に出かける支度をしているとき、ニュースを読むNHKのアナウンサーの声が耳に入ってきた。
     ヨシモトタカアキ? 一瞬、誰のことかと思った。評論家で、詩人・・・・・・「吉本隆明」(ヨシモト・リュウメイ)のことだと気がつくと同時にいいようのない喪失感が襲ってきました。
     大学に入って間もない頃、吉本隆明の最初の本に出会いました。60年安保闘争と前衛党としての日本共産党の有り様を根源的に問う『擬制の終焉』です。続いて出版された『言語にとって美とはなにか』、『共同幻想論』を加えた三冊は、1960年代後半から70年代前半にかけていわゆる全共闘世代の学生の間でバイブルともいうべき本となりました。
    「国家は共同の幻想である」・・・・・・学生街の喫茶店で「ヨシモト・リュウメイ」が熱く語られていた時代がありました。その吉本隆明が87歳でこの世を去った。
     サブカルチャーを論じ、漫画を語り、音楽へも大きな興味を示し、坂本龍一や忌野清志郎を高く評価するなど、ここ最近に至るまで旺盛な評論活動を繰り広げていただけに、突然の訃報に驚かれた昔からの読者も多かったと思います。
     残念なことに、吉本隆明死去の時その著作の多くは電子書籍にはなっていませんでした。僅か2冊──『吉本隆明初期詩集』(講談社文芸文庫版を底本に電子化)と『悲劇の解読』(筑摩書房ちくま学芸文庫版を底本に電子化、本稿公開後の2013年5月10日配信)です。
     このうち『吉本隆明初期詩集』がイーブックジャパンで配信が始まっていました。書名に示されているとおり、本書は第2次世界大戦中に詩作を始めた吉本隆明が戦後、自家版として発行した『固有時との対話』、『転位のための十篇』とそれに先立つまさに初期の詩を編纂したもので、いわば吉本隆明の原点ともいうべき記念碑的詩集です。
     吉本自身、巻末の解説に自らこう記しています。

    〈『初期詩集』がこんなかたちでこの本のような範囲で編まれるのは、はじめてのことだ。それ以前の詩篇を数えようとすれば、旧制工業学校時代の手習いの童謡詩と、それにつづいて旧制の高工を卒業するころ、ガリ版で編んだ詩集『草莽』しかないとおもう。だが、この手習いとそれにつづく時期の自伝は、物語化(劇化)したかたちでこの本の詩篇「エリアンの手記と詩」を中心とした詩の背景になっている。もともとは受験勉強の補強に通っていた江東区深川門前仲町の今氏乙治という先生の私塾のところで、文学の手ほどきをうけた。(中略)だが何といっても文学の手ほどきと手習いは、今氏先生なしにはわたしには不可能だった。ここは文学の揺籃の場所であり、また勉強にきていた同年代の女生徒たちと雰囲気を接する場所だった。おおげさにいうと自由とは何かを軍国時代に教えられた稀有な場所で、ここを去ったあとは、東北の自然をのぞけば戦争にまつわる雰囲気のほか、何もない時代に突入していた。「エリアンの手記と詩」を中心にした詩篇が、物語化(劇化)して保存されなければならなかった内心のモチーフは、この揺籃の時期と場所をまばゆいものと感じていたからだとおもう。〉

     吉本隆明は生涯に出会った二人の恩師の名をあげていますが、この今氏さんがその一人で、今氏さんなしには詩人・吉本隆明はなかったとまで言っているのです。
     こうして詩人として出発した吉本隆明は戦後初めての自家版『固有時との対話』にゆきつく詩篇の時期を敗戦後の生活と心情のデカダンスを背景にしていると回顧しています。
     東日本大震災から1年が過ぎ去った2012年3月。訃報を耳にして『初期詩集』を読み返してみると、吉本隆明が残した詩の多くが、震災後を生きる私たちに半世紀の時を超えて強く訴えてくることに驚かされます。自分は一貫して詩人だと語っていた吉本隆明の肉体から発せられた声だかからこそ、時を超えて今私たちの胸を強く打つのだと思う。

     なお、吉本隆明の本の配信が少ないと述べましたが、2013年以降、多くの著作が電子書籍になって配信されています。代表作『改訂新版 共同幻想論』(角川学芸出版、2013年4月12日配信)、『定本 言語にとって美とはなにか』(I・II、角川学芸出版、2013年4月12日配信)を始め27冊もの著作が電子化されています。晩年のエッセイ『フランシス子へ』(講談社、2016年5月13日配信)、次女の吉本ばなな(作家)が巻末にエッセイを寄せ、長女のハルノ宵子(漫画家)が挿絵を描いた『なぜ、猫とつきあうのか』(講談社、2016年5月27日配信)──共に生きた猫(三世代にわたる猫の家系図まで収録されています!)について綴った2冊は、素顔の吉本隆明に出会える好著です。
    (2012/3/23、2018/2/23追補)
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    投稿日:2012年03月23日