書籍の詳細

闇深い街に多様にうごめく人間の情念を描く人生の最後を息子の復讐のために使い切ろうと灼熱の新宿を疾走する老いた父親。生きて虐げられ、死んでなお見捨てられるオカマたちが誇りをかけて立ち上がったささやかな戦闘。非情な取立てを生業とする貸金業の男が夢見た現実からの脱出と、残酷な誤算。プロ棋士になる夢に破れ、ぼったくりバーを営む叔母のもとに身を寄せた青年が見聞きした欲望と純情の谷間。仲間との束の間の友情を感じつつ、消すことのできない過去に縛られ続ける元高校教師のホームレス。失踪人の捜索をするうちに、みずから抜き差しならない状況に追い込まれていく興信所勤めの元女刑事……。違法と合法、幻と現実、正気と狂気、男と女。あらゆるものが混沌と混ざり合うこの街の、喧騒の底に沈む深い闇のなかから、宿業のように生み落とされる人間のドラマ。焦げつくような真夏の新宿を舞台に繰り広げられる8編の熱い物語。

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新宿・夏の死のレビュー一覧

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  • 『新宿・夏の死』というタイトルに、船戸与一はどんな想いを託したのだろうか。収録短篇の一つ「夏の渦」に、こんな一節があります。〈ノリピーの通夜のまえに観ていたテレビでキャスターがコメントした、アジア経済はいま完全に冬の時代を迎えたのだと。あれと同じだ。喧噪(けんそう)と狂乱。馬鹿騒ぎに明け暮れたあたしたちの熱い夜が終わり、冷え冷えとした季節に入ったような気がする。この替え唄はノリピーの死そのものにたいしてではなく、そういう日々への挽歌なのだ。涙はそれを偲んで流れだしている。 おかまよどうぞ/やさしくしてね。/昨日の夜の/ちんぽが痒い。 あたしはなおもがなるように唄いつづけた。それにしても、熱い日々が終焉(しゅうえん)したいま何をどうすればいいのだろう? 舎弟(しゃでい)っこのところは跡継ぎがいね。舎弟(しゃでい)っこの葬儀屋、継いでけろ。ふいに昨日の義父の電話の声が聞こえたような気がした。ああ、結局、そういうことになるのだろう、実際の葬儀屋が何をするのかわからないが、ノリピーの顔をメイクしたときの経験ではべつに死化粧してやるのは嫌いじゃない。帰(け)って来(こ)、故郷(くに)さ帰って来。耳の中で勝手に宮城弁が響く。流れには逆らわないほうがいいだろう。ああ、馬鹿騒ぎの時代は終わったのだ。今度の芝居をやり遂げたら、バー・ミロを畳み、荷物を纏めて東北新幹線に乗ろう。あたしは溢れでて来る涙をゆっくりと右手で拭った〉海上自衛官に捨てられて一晩、カミュXOをがぶ飲みしたあげく、心臓マヒであっけなく死んでしまった仲間の遺体を千葉の実家に届けたおかまたちがトラックの荷台で、替え唄をがなりたてる。女性歌手が「あなたがかんだ、小指がいたい・・・・・・」とささやくように唄った甘ったるい恋唄の替え唄。一時期、二丁目のおかまが好んで唄ったという、その替え唄こそは、馬鹿騒ぎに明け暮れた熱い夜、喧噪と狂乱の日々への挽歌なのだ。船戸与一は時代の移ろいを、そしてその流れに翻弄されあえぐ、生身の人間を綴ります。変貌激しい新宿を舞台に繰り広げられる「死」をめぐる8つのストーリー。冒頭に収録されている「夏の黄昏」は、父と息子の物語。〈問え、敏明が(としあき)が疲れきった表情で山北(やまきた)の自宅を訪れたとき、なぜ何かあったのかと訊(き)いてやらなかったのかを〉という、いかにも船戸与一らしい、激しく強い書き出しで物語は始まります。丹沢山系の山間にある終の棲家で余生を猪狩りに熱中して過ごしていた男にもたされた一人息子の自死の報。いま、社会問題化している「追い出し部屋」における最期の日々を綴った息子の日記を前に男は何を想うのか。四十九日の法要を数日後に控えたある日、「遅い、一切が遅すぎる」という自身への憤怒を胸の奥底に秘めて男は新宿に向かう・・・・・・。週刊誌の仕事をしていた1970年代から80年代にかけて、新宿、なかでも区役所通り、職安通り、ゴールデン街のあたりに頻繁に通っていた時期がありました。ゴールデン街に行けば、必ず立ち寄ったあるバーには、誰かしら知った顔――作家だったり、ライターやライバル誌の気のおけない編集者だったり――がいて、時間を忘れて飲んだものです。船戸与一は、『新宿・夏の死』で、かつての「風林会館」前のたたずまいや、区役所通り、職安通りの様子を物語にうまく溶け込ませていますが、そんな情景さえもが新宿から足が遠のいた私にとっては「熱い日々」を記憶の中から呼び起こす手がかりとなってくれます。いっぽう、中国人の街と化した、いまの「新宿」。「国際都市」へと変貌を遂げてやまない新宿が舞台ですから、不良外国人の「清掃」を使命とする右翼組織や、コロンビアからやってきた売春婦やイラン人のドラッグ密売人など、時代性もたっぷり盛り込まれていて冒険エンタテイメントとしても面白く読ませる力作揃いです。とまれ、最初に紹介した「夏の渦」はかつての「馬鹿騒ぎと狂乱の日々」――誰もが生きることに一所懸命で、それこそまだ隠花植物視されていたおかまだっておかまなりの意地と矜持をもって生きていた熱い日々が新宿には確かにあったのだということが描かれていて読むものの胸を少し熱くします。そんな時代はもう戻ってこないのか――「夏の死」という言葉に「熱い日々の終焉」の意味をこめた船戸与一の想いを感じます。(2013/2/1)
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    投稿日:2013年02月01日