書籍の詳細

ええ、はい。あの事件のことでしょ?えっ?どうしてわかるのかって?そりゃあ,わかりますよ。だってあの事件が起きてからの一年間、訪ねてくる人来る人みんな同じことを訊くんですから。――幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。池袋からほんの数駅の、閑静な住宅街にあるその家に忍び込んだ何者かによって、深夜一家が惨殺された。数多のエピソードを通して浮かび上がる、人間たちの愚行のカタログ。『慟哭』の作者が放つ、新たなる傑作!

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愚行録のレビュー一覧

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  •  まるで釘を使わない日本の伝統建築のような作品だ。周到な仕掛けが隅々にまで埋め込まれたミステリー。終盤になってその全貌が見えてきた時、予想もしなかった犯罪実行者に驚きの声も出ず、ページを遡って埋め込まれている布石・痕跡を探し読み返していた。そして、精緻に組み上げられたストーリーに納得していった。
     個性的でトリッキーな仕掛けに定評ある貫井徳郎、初めての直木賞候補作『愚行録』(東京創元社、2012年11月24日配信)。単行本刊行は2006年3月、3年後の2009年4月に文庫化され、つい先日2月18日に映画が公開された話題作です。昨年4月に書店で買い求めいま手元にある文庫本は2013年12月2日6版でしたが、2017年3月初旬、書店に平積みされている、妻夫木聡や満島ひかりなど出演俳優の顔が並んだダブルカバーの奥付には2017年2月17日20版とあって、この1年の間に急ピッチで売れ行きが伸びたことがうかがえます。

     物語は、幼児の死亡と母親の逮捕を報じる新聞記事スタイルのプロローグで始まります。

    〈3歳女児衰弱死
      母親逮捕、育児放棄の疑い〉
     見出しの後に以下の記事本文が続きます。
    〈3歳の女児を衰弱死させたとして、警視庁は24日、母親の田中光子容疑者(35)を保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕した。母親には虐待の一つであるネグレクト(養育の怠慢・拒否)の疑いがある。死亡時の女児の体重は1歳児並みだった。警視庁は虐待が長期にわたっていたとみて調べている。(34面に関係記事)〉

     プロローグに続く第1章は、こんな風に書き出されます。
    〈ええ、はい。
     あの事件のことでしょ? えっ? どうしてわかるのかって? そりゃあ、わかりますよ。だってあの事件が起きてからの一年間、訪ねてくる人来る人みんな同じことを訊くんですから。最初は警察と新聞記者でしょ。次にはテレビ局の人と週刊誌の記者。それが落ち着いたら、その次はルポライターよ。やっぱりこんな派手な事件だと、ライターさんたちも書く意欲を掻き立てられるんでしょう。それこそ何人ものライターさんに会ったから、もう見ただけで何やってる人かわかるようになっちゃったわよ。で、当たりでしょ。あなたもライターさんでしょ。
     やっぱりあの事件について本を書きたいの? ふうん、みんな考えることは同じなのね。〉

    「あの事件」から1年が過ぎて話を聞きに来た「ライター」を前に語られる“証言”。アンカーシステムをとる週刊誌では取材内容を話し手のニュアンスが正確に伝わるように語り言葉をそのまま再現するデータ原稿にまとめます。何人もの取材記者がまとめたデータ原稿を読み込んだアンカーが最終稿にまとめるわけですが、ちょうどそのデータ原稿のように話し手の言ったままが再現されていく「あの事件」はしかし、プロローグの「育児放棄事件」ではありません。
     1年前の深夜に起きた一家4人惨殺事件。池袋から4駅とはいえ、木が鬱蒼と繁り畑も多く残る土地に建つ新築住宅に入居してまもない、大手不動産会社に勤務する早稲田出のエリートサラリーマンの夫、慶応出身、清楚で非の打ち所のない美人の妻、小学校に入ったばかり、7歳の長男、物怖じしない母親似のかわいい妹の4人――彼らの「幸福な生活」がなにものかによって突然、理不尽に奪われた。
     一家皆殺しの惨劇に遭遇して1年――ある種マスコミ慣れして語る一人目の証言者は、少し離れた隣家というか、一番近い家に住む主婦。惨劇の様子をなまなましく再現してみせます。

    〈カーテンの血は旦那さんのだったらしいわよ。旦那さんは窓際で倒れてたから。正面から刃物でめった刺しだって。心臓をまともに刺してるから、刃物を引き抜いたときにブシューっと血が噴き出したんでしょう。たぶんその一撃で死んでるのに、その後も何度も何度も刺してたっていうんだから、酷いわよねぇ。犯人は全身血塗れだったはずよ。
     かわいそうなのは子供よ。七歳になる上の男の子は、たぶんテレビを見ててそのまま寝ちゃったんでしょうね。リビングのソファで寝てたらしいのよ。でも、そんなところで寝てたせいで、どうも二番目に死ぬことになっちゃったみたい。旦那さんを刺しすぎて使えなくなった包丁を犯人は捨てて──、あ、凶器が包丁だってのは知ってるわよね。それは犯人が自分で持ってきた物らしいわよ。で、それが使えなくなっちゃったもんだから、子供のことはテーブルの上にあったガラス製の灰皿で殴り殺したんだって。それも、何度も何度も頭を殴ったようなのよ。ああもう、想像しただけで震えてきちゃう。(中略)
     で、家の中の話ね。次に殺されたのは奥さんと下の女の子がほぼ同時だったらしいわ。ふたりは二階にある夫婦の寝室で死んでたんだって。今度の凶器はまた包丁なんだけど、台所にもともとあった物を使ったって聞いてるわ。ひとりを殺しただけでもう使い物にならなくなると学習したらしくて、二階に上がる前に二本持っていったみたい。一本で奥さんをめった刺しにして、もう一本で女の子を──。ああ、話してて気持ち悪くなってきちゃった。おんなじことは何度も話してるのに、酷い話にはとても慣れることなんてできないわねえ。
     かわいそうなのはね、奥さんは自分の体の下に女の子を庇(かば)うようにしていた痕跡があったんだって。奥さんはほとんど、背中しか刺されていないのよ。でも結局そんな努力も空しく、奥さんが息絶えた後に女の子は引きずり出されて、犯人に……。ああ、想像するのもいや。〉

     惨殺事件の概要を語る近所の主婦に続いて、長男の同級生の母親、入社同期の夫の友人、妻と慶応でグループだった外部生の女性、夫と早稲田のスキーサークルで一緒だった女性、慶応時代に妻と交際のあった慶応内部生の男性――6人の“証言”が積み重ねられ、一見何の問題もない夫婦に、他人には見えない、もうひとつの顔があったことが浮き彫りになっていくのですが、「ライター」によって聞き書きされた“証言”の合間に、兄を相手に自らの生い立ちを語る妹のモノローグ(独白)が挟み込まれています。つまり、惨劇の被害者一家を語る友人たちの“証言”とモノローグが交互に綴られていく構成です。
     1年たっても未解決のままの一家4人惨殺事件を取材する「ライター」の名前はおろか、“証言者”が言い直す質問、問いかけ以外、その姿、表情や声が描かれることはありません。そこに映像表現とは異なる貫井ワールドの魅力が隠されているのです(映画より先に小説を読むことをおすすめします)。
     一方、自らの悲惨きわまりない生い立ちをどこか乾いた視線で見つめ語るモノローグは、惨劇と直接の関わりがあるようには見えませんが、実は重要な意味をもっていたことが徐々に明らかとなっていきます。
    〈お兄ちゃん〉という呼びかけで始まる書き出しの一文を以下に列記しておきます。

    モノローグ1
    〈お兄ちゃん。
     秘密って楽しいよね。
     あたし、秘密って大好き。〉

    モノローグ2
    〈お兄ちゃん。
     お父さんとお母さんの馴(な)れ初(そ)め、聞いたことある? ないか。あたしは知ってるんだ。お父さんから聞いたから。お父さんね、けっこうあたしにはいろいろ喋ってるんだよ。〉

    モノローグ3
    〈ねえ、お兄ちゃん。
     お母さんがいつ頃から浮気してたか、見当つく? ううん、そんな後のことじゃないよ。お兄ちゃんが二歳くらいのときから、もう他に男を作ってたんだって。早いよねー。まだあたしが生まれる前じゃん。そうそう、だからあたしの本当の父親はお父さんじゃなくてもおかしくない〉

    モノローグ4
    〈お兄ちゃん。
     じゃあさ、お父さんがあたしに手を出したのがいつ頃だか、見当つく? ううん、大丈夫。ぜんぜん辛くないよ。だって、大したことないもん。あの頃はいやでいやでしょうがなかったけど、誰でもすることだしね。それに、誰としてもおんなじだし。いい男でもそうじゃなくても、うまくても下手でも、〉

    モノローグ5
    〈 お兄ちゃん。
     お母さんはどうして、あたしとお父さんのことに気づいたんだろうね? お父さんはもちろんのこと、あたしもなんとなくこれはまずいと思ったのでバレないように気をつけてたのにさ。〉

    モノローグ6
    〈それにさ、お兄ちゃん。
     お父さんが家を出ていったのは、あたしたちにとってすごくいいことだったじゃない。あたしにとってはもちろんだけど、お兄ちゃんにとってもね。だって、お父さんがいなくなったお蔭で、またおじいちゃんと一緒に暮らせるようになったんだから。すごく嬉しかったな。〉

     自らの生い立ちを順を追って淡々と語る妹の独白には、〈親の自覚のない〉父と母のもとで生きてきた兄と妹の哀しさが漂っています。〈お父さんがあたしに手を出したのがいつ頃だか、見当つく?〉と兄に問いかけた妹は、こんなふうに自答するのです。〈中学の頃だって? 残念、外れ。もっと早い。五年生? まだまだ。正解言ってあげようか。三年生のとき〉

     慶応特有の幼稚舎(小学校)、中学、高校からの内部進学者と大学で入った外部生との間にある歴然とした“差別”構造の中を外部生ながら清楚な美しさを武器に巧みに泳ぎ「幸せ」を手に入れた被害者。一緒に惨殺された夫もまた、早稲田を出たエリートサラリーマンだが、徹底した合理主義者として他人(ひと)を利用、踏み台にすることを厭わずに生きてきた。その末に手にした「幸せ」とは何だったのか?
    「ライター」の求めに応じて二人の被害者との関わりをとうとうと語った証言者たち。彼らは、被害者のもうひとつの顔以上に、自らの愚かさをこそ語っていたのではないか。
     そして――悲惨きわまる境遇のなかで生きてきた女が「恵まれた生活」を夢見た。兄は、その妹を最後の最後まで庇(かば)いつづける・・・・・・。

    『愚行録』――英語タイトル“A CATALOG OF FOLLIES”の「カタログ」という言葉に、著者の意図がより鮮明にこめられているように思えます。(2017/3/10)
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    投稿日:2017年03月10日